初めての恋

神寺雅文

解き明かされる過去27

 一瞬でその場の雰囲気が変わり、隣の奈緒も春香も居住まいを正すのが分かった。おふざけはここまでか。僕も覚悟を決めて訳を説明する。
「気持ちは分かる。が、彼の怪我は真実じゃし、寺嶋君たち部員たちの憤りも本物じゃ。ただでは済まないことが起きるかもしれないぞ? それでもやると言うのじゃな?」
 言葉だけでその人の凄みが伝わってくるのは、校長先生が本当にすごい人だからであろう。奈緒が僕のわき腹を肘で突いたのはそれが伝わってきたからだ。
「でも、拓哉も寺嶋達も前に進むには拓哉がもう一度グランドに立つしかないと思うんです! もちろん、今年の選手権や今後の選手生命に関わるかもしれません」「じゃ、なぜ君は友達やその仲間の未来を奪うようなことをわしにお願いするのじゃ?」
 大の大人、僕より五倍も六倍も生きてきた酸いも甘いも知る校長先生がそう問うてくる。じりじりと壁際に追い込まれる犯罪者が警察から事情聴取されるときの気持ちってこんな感じなのだろうか?
「僕は拓哉を信じたいです。それに、寺嶋やサッカー部の実力を。おかしいじゃないですか、一度のミスで全てがおじゃんになるなんて。誰が決めたんですか? 拓哉がもうサッカー出来ないこと、拓哉、寺嶋抜きじゃ選手権優勝できないことを? 先生も思ってるんですか?」
 少ない時間でもサッカー部の練習を見てきた。僕にはできないボール裁きはどれも神業だった。彼らが怒号を出し合いお互いに切磋琢磨する姿は、誠に頼もしかった。だから、たった二人が抜けただけで選手権を諦める一方的な意見など、僕は信じたくない。
「若いのう。じゃが、そうじゃな子供たちの力を信るのも教職者の使命じゃな」「協力してくれるんですか?」「じゃが、条件がある」
 仙人杖を僕ら三人に一回ずつ指さす。
「雅君はどんなことがあっても拓哉君や寺嶋君たちから逃げるんじゃないぞ? 君は主犯なのだ、最後まで責任もってこの問題に取り込むことじゃ」
 続いて奈緒と春香に言い渡されたのは「臨時マネージャーとしてサッカー部に入部すること」であった。もちろん、奈緒と春香は首肯でそれに答えた。
「そうじゃ、奈緒ちゃんちょっといいかね? 君にはもう一つ条件を出すぞ」「は、はい」
 奈緒を傍まで呼び寄せた校長先生が、自身の身長に合わせて前かがみとなる奈緒に何かを耳打ちした。
「え、どうしてそれを?」「ふぉふぉふぉふぉふぉ、わしの名字は木村じゃ。あとは聡明な奈緒ちゃんなら分かるじゃろ?」「――はい、あたしでよければとお伝えください」「後日、改めて使いを出すからの、よろしく頼むよ我が孫を」
 僕と春香をしり目に何かの商談がまとまったらしい。奈緒の顔色がマジな方向に染まったのを僕は見逃さない。
「どうした? もう一つ条件ってなんだ?」「ふぉふぉふぉ、雅君には内緒じゃ。奈緒ちゃん、頼んじゃよ」
 そう言い残し、校長先生は春一番の様にものすごい勢いで走って行ってしまった。どこにそんな元気があるのか知らないが、ものすごく軽快な身のこなしで遠ざかっていく。
 その後ろ姿を見送り、奈緒にもう一度聞いてみる。
「何を頼まれたんだよ?」「みやびには内緒って言ってたじゃん。どのみちこの条件はあたしの問題だからみやびには関係ないわよ」
 関係ない。妙に引っかかる言い方である。が、ここは我慢しよう。内緒ならしかたないし、僕に関係ないのであるなら無理に詰問することもないだろう。奈緒が話してくれるまで待つのが幼馴染の流儀である。
「じゃあ、二人とも明日からがんばろう!」
 奈緒に言い渡されたもう一つの条件が胸の底にわだかまりを残しているものの、今の問題は拓哉とサッカー部の問題でありそれ以上は追及を止めた。その代わりに三人で手を合わせて「えいえいおー」って円陣を組み気合いを入れる。
 本当はどうころがるか分からない賭けだった。それでも、僕らはその賭けに全身全霊、持ち得る力をすべてを質屋に入れても賭けないとイケないのだ。どうにでもなれである。
 次の日、三人でサッカー部のグランドへ行き、そこで初めて寺嶋と顔を合わせることになりひと悶着起きるとはまだ誰も思ってもいなかった。

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