初めての恋

神寺雅文

解き明かされる過去18

「去年の秋、拓哉がケガをしたときに、寺嶋も膝を悪くしたんだってさ」「どれくらいの怪我だ?」「さあ、分からない。毎年恒例の一カ月合宿に一週間も顔だしていないんだから、相当なケガだとは思う。毎年この一戦に優勝の機運がかかっているとも言える道明学園との練習試合もぶっちゃけ怪しいらしい」
 僕の言葉に拓哉が目を見開く。
「このクソ大事な五月の合宿に一週間も参加してないだけでも相当なに……、道明学園との試合に寺嶋がケガで欠場ってただ事じゃすまないぞ」「どういう意味?」「プロになるには、ケガをした経歴がどうしてもネックになるんだ。器械でも一度故障した箇所が何ども壊れるのと人間の故障も一緒だ。我が学園と道明学園の伝統の一戦には、様々なクラブのスカウトも見に来るし、変な噂が広がったら寺嶋の選手生命に響く」
 だから、自分は潔く辞めたとでも言いたげな声色だ。
「だから、拓哉は辞めたの? 優香さんや寺嶋たちに何も言わず?」「……ああ、俺は裏切り者だからな。どうせ、もうチームには貢献できないほどのケガだったしあれでよかったんだよ。それに――」
 拓哉が廊下に飾られている一枚の写真に目を向ける。そこには、中等部のユニホームを着た拓哉と寺嶋が肩を組んで満面の笑みを咲かせる写真が一番立派な額に飾られていた。
 その写真を懐かしそうに見上げ、拓哉は蚊の鳴くような声で言うのだ。
「ケガが原因で辞めることを周りに言えるわけないだろ。将来を有望視されているあいつに“チームメイトを故障に追い込んだ張本人”なんて不名誉なレッテルはふさわしくない。それにな――」
 拓哉が自分の怪我をした利き足である右ひざに手を置き続ける。
「あいつは優しい男だ。自分ん家に経済的な余裕がないことを知っていたから、小さいころから努力して死ぬ気の思いでうちの学園に特待生として入学したんだ。特待生は授業料とかいろいろタダだからな。そこを見越して昔から寺嶋は努力してきたんだよ。そんな男の努力を俺は奪いたくないんだ」
 振り替えた拓哉の瞳にはいつもの光はない。とても弱弱しく今は濁った光を出している。
「だから、少しでもあいつの俺に対する責任を減らすために、退部することにしたんだ。これが間違いだと言うのか雅は?」
 なるほど、確かに僕も仮にそんな状況になったら拓哉と同じことをするに違いない。何も言わず“英雄気取り”で退部を英断するだろう。
 でも、僕は真田拓哉ではない。ましてや寺嶋でもない。僕は僕であり、僕が拓哉にそんなことをされた間違いなくこうするだろう。
「勝手なこというんじゃねー! 俺はお前とサッカーしたいんだ! ほかでもない、バカでチャラくてアホな真田拓哉とサッカーがしたいんだよ! 勝手にいなくなるんて、友達の俺が許さねーぞ!」
 スリーパーホールドからのコブラツイストである。勝手なことを言う拓哉に僕は僕なりの鉄槌をくらわすのである。柄にもなく“俺”って一人称を使うほど、僕は頭に血が上っていたのかも知れない。

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