転生屋の珍客共〜最強の吸血鬼が死に場所を求めて異世界にて働きます〜

和銅修一

第60話 霧の魔法と漆黒の魔女

 獣の魔女、キルケに打ち勝ったルインは早々に元に戻るとそこには思いもよらぬ展開 となっていた。
「あら、お戻りになったのですね。迎えに行こうかと思っていたのですが、お強いんですね」
 イバラに囲まれていた部屋は本来の姿である本棚に囲まれて部屋となっていた。
 それは幻影魔法をかけていたクロアムに何かあったという事を示している。
「これは……」
 部屋の中心にある土の筒状の何か。
 これは土から出来ているからアルチナが魔法で作ったものだろうが。
「お墓ですよ。死んだのですからこのくらいはしてあげないと」
 それにしても薔薇の魔女に土の墓とは随分と皮肉なものだ。
 本人が知ったらどう思うだろうか。何にせよ、そうなってしまっては確かめようはない。
「殺したの間違いだろ。魔女に墓なんて必要ないっていうのに」
「勝ったのか。それでアズリエは何処に?」
 気配は近くから感じられる。
 クロアムを問い詰めればと思っていたが、死者に何を質問しても答えは返ってはこない。
「貴様らが探しているのはこの女か」
 どうしたものかと頭を悩ませていると背後から声がした。
 その声の主は今回の珍客であり、一番の問題である須藤隼人。
 店で見た時とはまるで別人のようで鋭い闘気が感じられる。
「須藤隼人……なのか」
「その名は捨てた。ここでは黒霧のネロだ。それよりも貴様らが探しているのは女かと聞いている」
 前は無理をしていた口調も今ではそれも違和感はない。
「し、師匠〜」
 その側に囚われている死神は涙目で助けを求めているがそれは後回しにしよう。まずは説得だ。
「俺たちはただお前を迎えに来ただけだ。争う必要はないだろ」
「迎え? そんなもの頼んでいない。とっとと立ち去るのだな」
「つまり転生する気はないと」
「どう捉えるかは自由だが邪魔はするな。今はまず裏切り者を処分する」
 彼のは標的になったのはアルチナ。
 身に纏った黒いマントを翻すと彼はその場から姿を消した。
 しかし、そう見えただけで実際は自身の体を霧に変えて急接近しただけに過ぎない。
 ほとんどの者にはそれは瞬間移動のような錯覚を覚えるがルインにはそれは通用せず、彼が出した短剣を腕で防ぐ。
「邪魔はするなと言ったはずだ」
「協力者は見殺しには出来ない。それにこれ以上、この世界に影響を与えては色々と問題なのでな」
「そっちの事情など知らん。ここで生きると決めたのだ」
 名を変えたのはその決意の表れ。
 ただ淡々と変化のない毎日を過ごしていた彼からしたら大きな決断で、それは彼を大きく成長させた。
「力が使えるからか。しかし、力があっても幸せは掴めんぞ。むしろ力があるせいで戦いに巻き込まれてしまうかもしれない」
 持たざる者は持つ者を羨むが持つ者は持たざる者を羨む。
 俺の不死身が良い例だ。
 死にたくないと願う者なら魅力的に思えるだろうが、実際に体感してみれば死ねない悲しさが分かってきっと死にたくなる。そうなると不死身の体質は邪魔でしかない。
「お前に何が分かる」
 そして彼は持たざる者から持つ者となった。
 まだ時間が経っていないので力がある優越感に浸っていられる段階なので俺の意見はまだ伝わらないだろう。
 力があればそれを利用しようとする者などが現れたりと厄介な事になる。
「分かるさ。だから少し頭を冷やすんだな」
 頭を地面に叩きつけ、気絶させようとしたがルインの手は空を切った。
「捕まってたまるか。俺はこの世界で、この霧魔法で生きていくと決めたんだ」
 霧化されてしまうと触れなくなるので攻撃のしようがない。
 だが焦るルインではなく、冷静に彼の口調が普通になっていることに気づく。
「ふむ、ようやく本性を出したか。だがあまり遊んでやる気はないぞ」
 厄介な魔法ではあるがルインを殺すものには至らない。それなら脅威はなく、ただ攻めに回るルイン。
 霧化による瞬間移動にも対応できるルインでは決定的な一撃をアルチナに与える前に阻害されてしまう。
 これでは平行線だと判断し、ネロは人質を取ることにした。その人質とはアズリエ。
 死神が人質になるとは前代未聞だろう。
「もう面倒だ。この女を殺されたくなかったらお前の手でその裏切り者を殺せ」
「小狡い手に走ったな。アズリエ、そいつを離すなよ」
「はい、師匠!」
「出来ないと思ってるのか。この世界に来て、人を殺す覚悟はとっくに出来ている」
「殺させはしないさ。お互いの為にもな」
 攻撃の際は霧化を解いていた事から物を持ったり、触ったりする時は魔法を解除しなくてはいけないとなると触られていると霧化出来ないと考えたルインはこの時を待っていた。
 ルインは瞬時に距離を詰め、霧化の条件が満たされる前に顎に拳を当て脳を揺らして気絶させる。
 こうなればもう魔法は発動は出来ないはず。
「ありがとうございます。どうやら私たちの動向は伝わっているみたいですね。こうも早く刺客が送り込まれてくるなんて」
「ああ、しかし本当にお前を狙っていただねなのか。それならわざわざアズリエをここに連れて来る必要性はないだろうに」
 触れていると霧化出来ないネロにとって彼女はただの足枷にしかならなかったはずだ。人質の役にも立っていないし。
「師匠、この人は命令されて来たんじゃありませんよ。私を逃がそうとしてたらたまたまここで師匠の声が聞こえたので案内してもらっただけです」
「逃がそうしてくれた? こいつは一体何を考えてるんだ」
 逃がそうとしていたならあれは脅しだったのだな。逃がそうとした奴を人質として殺すだなんて間抜けな事は流石にしないだろうし。
「本当だよね。男って奴は何を考えてるか分からないよね。だからこそ面白いんだけど」
 魔女は横から割って入ってくるのが好きなのか、その黒髪の少女も突然現れた。
「うひゃあ⁉︎」
 安心しきっていたアズリエが甲高い悲鳴をあげる。
「驚かせて済まない。僕は漆黒の魔女、メディア。一応、ここの責任者だ」
 前頭部から後頭部に向けて頭の周りをぐるっと囲いながら編まれているという女性らしい髪型をしているがその一言には他の魔女にはないプレッシャーが感じられた。

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