海の声

漆湯講義

178.ふたりのジカン

そして艶のある髪が弛(たゆ)むと、涙を蓄えた瞳が俺を見て言った。

『渡し子…やらなかったの??』

「当たり前だろ…美雨が、教えてくれたんだよ。勝手な事…すんなよ」

海美は静かに微笑むと、その顔をまた埋(うず)めた。

『良かったじゃん…ボク…なんか買ってくるよ…ほら、お腹空いたでしょ?んじゃ待ってて!!』

『美雨ちゃん!待って!』

海美がそう呼び止めたが、美雨は走って行ってしまった。
俺は切なそうに美雨の後ろ姿を見つめる海美に「すぐ戻ってくるよ」と微笑んだ。
俺たちは手摺の側の小さなベンチへと並んで腰掛けると、視界に広がる小さな光の粒を見つめた。

『本当に…会えて良かった』

ふと突然、海美がそんな事を呟いた。俺はその横顔を見つめて再び安堵する。
そして、やっぱり俺は海美と不思議な何かで繋がっている。そんな事を思ってしまう。
と、何故か俺はその横顔…いや海美に違和感を覚える。その違和感が何かは分からないが、妙な胸騒ぎのような、自分でもよく分からない変な感じがした。しかし、きっとそれは俺自身の海美に対する不安の余韻なのだろう。そんな簡単なモノとして、俺はその感覚をしまい込むことにした。
そして再び海美は遠くの光を見つめたまま、静かに口を開いた。

『どうして来てくれたの?』

その質問に、俺は自分の整理しきれていないキモチを伝えるべきか悩んでしまう。しかし、俺は今までの"嫌いだった自分"の手をそっと離すことにした。
だって…美雨はあんなにも真剣に…いや、あん時はパニックになってて記憶が曖昧なんだけど…
俺は顔の温度が増していくのを感じて追憶をやめた。

「どうしてって…俺はその…海美のコト…別にそんな深い意味は無いけどさっ、その…好き…なんだと思う。だから、当然だろっ?」

俺の精一杯の言葉だった。深い意味なんてないとは言ったけど、自分でも確信は持ててないけど、俺は海美が好きなんだと思う。それが俺の結論だった。
海美は俺の言葉に一瞬俺の顔を見たが、すぐにまた遠い光へと視線を戻し"うん、嬉しい"と呟いた。

『私もね…』

海美がそう言いかけた時だった。






コメント

  • 漆湯講義

    Σ(。°ロ°。)ハッ!!www
    (´。-ω-)いっつもほんとーにありがとーございますー(*`・ω・)ゞ

    0
  • あいす/Aisu

    あぁ…気になる…

    1
コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品