海の声

漆湯講義

167.綿菓子

祭ってのはその土地の神様にお礼とかお祈りとかする為ってのは勿論だとは思うけど、それよりもこうやって町中のみんなで何かをする事が大切な役割なんじゃないかな。それがこれだけ人の居ない島なんかだと特にそうなんだと思う。そして今の世の中でもそういう事が大切だって思…

『ヒトの話聞いてんのッ?』

気がつくと美雨が振り返って立ち止まり、俺の顔を見上げていた。

「えっ…えと、何だっけ?」

『なんか今のセイジの顔…キモかったぞ?』

「はぁ?!るせーよ別にいいだろっ、俺がどんな顔してたって!」

「分かったからさぁ、この先に綿菓子の出店あるんだけどってハナシ♪」

そう言って美雨はぎこちないウィンクをすると、俺の言葉を待っているようだった。
こいつ…俺におごれって言うことなのか?
『そこの綿菓子美味しいんだよ?何年か前に美雨ちゃんが持ってきてくれたことあって、なんだろ、すっごい大きくてフワフワしてて美味しかった♪』
海美にまでそんなこと言われると俺が買わなきゃいけないような空気になんじゃん…

『ほらっ、あそこ!』

美雨が指差した方を見ると、山道の坂を登りきった辺りに黄色い幕を下ろした出店が顔を覗かせている。そこから響く発電機の音と共にふんわりと甘い香りが漂ってくる。俺はその雰囲気に、子供に戻ったかのような胸の高鳴りを覚えた。それはまるでお気に入りの小説に自分がよく知る場所が出てきたときのような感覚に似ていた。
俺の足が自然と早くなり、気がつくと出店のお兄さんに「ひとつください」と言っていた。俺が買ってやったってのに隣からは『えぇー、ひとつだけぇ?』という声が聞こえる。俺は冗談交じりに美雨を睨み付けると木陰に隠れて「海美にもやれよ」と綿菓子を美雨に渡す。そんな何でもない事でも、俺は"楽しい"と思えた。


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