海の声

漆湯講義

166.彩島

支度を終え外へと出ると、家の前の道を法被姿の子供達が騒ぎながら走っていくのが見えた。何も変化のないこの島も今日だけはまるで別世界のようだ。

「それにしても美雨のやつ遅いなぁ」

『それはー、きっと頑張ってオシャレしてるんだよ♪』

アイツが?ふっ…似合わねーなッ、祭りでオシャレって何すんだよ。

そう思っているとコツコツという足音がこちらへと近づいてくる。

『お待たせーッ、さっ行こッ♪』

夏の日差しの中颯爽と現れた美雨に俺たちの視線が固まった。

『ほらねっ♪』

そこに立っていたのは見慣れた美雨とは別人のような、綺麗な浴衣を身に纏った、キラキラと輝く髪留めが似合う女の子だった。

『さっ、早く行こッ♪』

そう言って俺の手が引かれる。コツコツという足音に俺のゴモゴモとした返事が混ざり俺たちは歩き出した。

『美雨ちゃん可愛いねっ♪』

「う…うん、まぁ」

潮風に靡くその髪は、俺と出会った時よりも少しだけ長くなっている気がする。そして風にのり運ばれてくる甘い香りが俺の心臓をノックした。

提灯の並ぶ海沿いの道から、前に通った山道へと進路を変える。潮風の匂いに森の香りが混ざり始めると、照りつける夏の日差しが木漏れ日へと変わり、辺りがふっと涼しくなった。道の両脇の杉の木の高い所には長いロープが道と並行に張られており、そこにも幾つもの提灯が静かに風に揺れている。元気に俺たちを追い抜く子供達も色鮮やかな法被を纏い、立派な飾り付けの一部のようだ。
思えば俺は祭なんてテレビでしか見たことがなかった。あんな大勢で騒いで何が楽しいんだろ、そんな事しか思わなかった。けど今は祭ってものが何なのか少しだけ分かる気がする。

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