海の声

漆湯講義

163.オトナの話

『あっ、ゴメン。美雨ちゃんと勝手に入らせてもらっちゃった。』

あっそっか、なら良か…って何勝手に入ってんだよ!どうせ美雨が"入っちゃおッ"とか言ったんだろーけどさ。
ベッドの上の美雨はとても気持ち良さそうに寝ている。その寝顔を見て"まぁ許してやるか"って気持ちになってしまうのは美雨が産まれ持った愛嬌のせいだろうか。
それともこの家の住人である俺が先に寝てしまったせいで風呂に入れなかったかもという罪悪感?
まぁそんな事はいい。兎に角、美雨が起きたらお礼言わなくっちゃな。

そして俺は美雨を起こさないよう静かに扉を閉め、一階へと降りていく。すると、リビングから明かりが漏れている。そして普段は早い時間に寝るはずの二人の話し声が聞こえたのだ。
俺はゆっくりとその明かりの側まで行くと、暗闇の壁にそっと背中を合わせた。

『やっぱり嫌がるかしら』

『いや、どうだろうね。その時は嫌でも後になって会って良かったと思うんじゃないかなぁ』

そんな会話が耳へと届く。この声の感じは何か大切なオトナの話し合いをする時の声だ、そう思った。

『誠司には言わないって事でいいのよね?』
 
その言葉に、つい声が漏れてしまいそうになるが、両手でそれを押し戻した。

『そうだね。折角のチャンスも訪れなくなってしまう可能性もあるからねぇ』

二人が何か隠し事をしているのは確かだ。俺は何だか悲しくなって胸の奥がぎゅぅっと締め付けられるような感覚を覚えた。それは学校での"あの出来事"から続いた感覚と同じだった。

『それが誠司の為よね?』

『俺はそう願いたいね。ちょっとトイレ…』

俺はすぐにトイレと逆方向へと隠れた。それから再び二階へと登ると、今度はワザと音を出すようにして階段を降りたのだった。

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