海の声

漆湯講義

129.再び

おじさんは無言で車を降りると玄関の呼び鈴を押し、暫くの無言の後に村長の姿が玄関の磨りガラス越しに見える。そしてガタガタと建て付けの悪い引き戸が開いた。

おじさんは挨拶を終えると"車で待っている"と戻っていき、俺たちは、引越しの挨拶の時に来た"この部屋"へと腰を下ろす。
此処はエアコンがついているわけでも無いのに少しひんやりとした風が仄かな線香の香りを運んできている。

そして村長が腰を降ろし、ふと背後の襖を見ると、タイミングを見計らっていたかのように奥さんが急須とお茶を運んでくる。

…なんかすげー。なんて思いつつ、"どうも"と目の前に置かれたお茶を受け取り口に含む。

「あっつ!!」

夏なのにホット?!

『あら…大丈夫?若い子は冷たい方が良かったかしらね。』

心配そうにそう言ってくれる奥さんとは反対に『手に持った時点で分かると思うけどなフツー。』と美雨が呆れ顔で湯呑みを触りながら冷たい視線を送ってきた。

ヒリヒリとする舌を歯の裏に当て"フツーじゃなくて悪かったな!!"と美雨を睨むと、ニカッとした笑顔が返ってきて、俺の中の感情が溜息と共に消えていった。

『私もお茶飲みたいなぁー…』

横から聞こえる声を流しつつ俺は「それで聞きたい事なんですけど…」と口火を切った。

"自由研究として、リゾート開発によってどんな良いコトがあるのかを聞きたい"というのが俺たちが村長に話を聞くために考え出した口実だ。

村長は"島の子供にも理解を深めてもらえる"と気分良く話を始めてくれた。

リゾート開発の当事者である村長に直接話を聞けるのは、海美の事を除いても貴重なことなのだ。

話は順調に進んでいき、俺たちから質問をする事もなく村長は詳しい話を自ら語ってくれた。

その話の中で俺は、村長ほどこの島の将来の事を考えている人はいないんじゃないかって思った。


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