海の声

漆湯講義

106.乗船

待合室はガランとしていて、フェリーを待つ人の姿は無い。

解放されたままの扉から吹き込む潮風に壁のポスターがパタパタと音を立てているだけだ。

美雨はポケットから"筆談ノート"を取り出すと、可愛らしい文字で"なんか旅行行くみたいで楽しいね♪"と書き出した。

海美はそれに"うん、すっごい楽しい♪このまま旅行に行っちゃいたい♪"なんて返している。

筆談を楽しむ2人の会話とは裏腹に、海美の表情がやはりぎこちなく思える。

そこで、美雨がトイレに立ったタイミングで俺は海美に尋ねた。

「もしかして…怖い?」

海美は『えぇ?そんな事ないよッ♪みんなでお出掛けみたいで楽しいよ?』と答えたが視界の隅でギュッと握られた拳が海美の気持ちを表していた。

「大丈夫、俺たちが付いてるからさ。」

キラキラと眩しい海原を見つめて柄にもない言葉を呟いた俺に小さく"ありがとう"と海美の言葉が潮風に乗って届く。

『おっ待たせー♪…なんだセイジ黄昏ちゃって。』

すると遠く水平線の方から"ボゥーッ、ボゥーッ"と汽笛の音が響いた。

『来たみたいだね♪』

キラキラと輝く水面の上に小さな白い点が
だんだんと近づいてくる。
次第にそれは大きくなり…あれ?そんな大きくなってねぇじゃん!!

「フェリーってコレ??」

俺は呆然としたままその"大きめな漁船"を指差した。

『はぁ?フェリーなんて来るわけないじゃん!!あれは毎月第1日曜だけッ。普段はこの船しか出てないよー。』

「マジ??ま…いいや、とりあえず乗ろ。」

期待を裏切られた感じするけど島の交通手段なんてそんなものか…



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