海の声

漆湯講義

9.夏の少女

"そうだよ、俺の勘違いだったんだ"そう自分に言い聞かせペンダントを元の場所へ返そうとするも、悩んだ結果そっとポケットにしまうことにした。

そして気分転換に見晴らしの良さそうな岩の上によじ登り海を見下ろす。

ゼリーみたいに透き通った沖洲の海は、俺が見てきたどんな海よりも綺麗だった。

後ろを振り向くと、誰もいない砂浜と真っ直ぐに伸びた階段。見渡す限りに伸びるガードレール。その少し上には"新しい俺の家"も遠慮がちに顔をのぞかせている。

容赦なく熱線を送り続ける太陽に額から汗が"つぅーっ"と顎に向かって滴り落ちていく。

「それにしても暑いな…この島は…」

『キミは…誰?』

急に背中に響いた"か細い声"に驚き、振り向こうと身体を捻った反動でバランスを崩して海へと投げ出される。
鼻の奥にツンとした痛みが走る。
ゴポゴポと篭った音をかき分けてやっとの思いで水面から顔を出した。
泳ぎが不得意な俺はパニック状態に陥るも、なんとか砂浜へと辿り着いた。

海水でしみる目をこじ開けて声の主を探す。

すると同い年くらいの白いブラウスを着た長髪の女の子が麦わら帽子を手にゆっくりと歩いてくるのが見えた。

「な…いきなり声掛けんなよ!!」

女の子は俺を凝視しつつも、同じ質問を投げかける。

『キミは…誰?』

俺は自分でもよく分からないまま咄嗟にその質問に答えた。
「誰って…俺は誠司。今日この島に引っ越して来たんだけど…あ、よろしくお願いします…」

『なんで…』

「え?あぁ、父さんの転勤で…」

すると女の子は急に何かを思い出したように突然走り出して行ってしまった。

「急に引っ越すことに…なったん…だよ…ってなんだよ!!変なヤツ!!」



これが俺と海美との出逢いだった。
この瞬間、忘れることのできない夏の思い出が幕を開けた。

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