恐怖の家

天狗風

ある道路にて

「またここで事故か....」
ウィリアム巡査長が眉を潜める。
この辺りの事故の後始末を担当するデイビス氏とはよく居合わせるのだが、こうも顔を合わせると良い気分ではない。
とはいえ、事故が嫌いなだけでデイビス氏を嫌っている訳ではない。
レッカー車で事故車両をどかしたデイビス氏は黙ってウィリアムに缶コーヒーを差し出した。
手に取った缶コーヒーからは、眼が覚める苦味と共に暖かさが伝わってくる。
暫しの沈黙の後、デイビスがフッと口を開いた。
「この場所での事件は6件目ですね。」
「本当に勘弁して欲しいよ。見晴らしのいいこの荒野が広がるだけの道で、事故は起こらないはずだ。大雪や寒さでの路面凍結が原因ならまだしも、雨さえ降っていないしな。上の方は対策に頭を抱えている。」
「ああ、僕の職場でも話題になってますよ。一部では幽霊の仕業じゃないか、なんて話もあるほどでしてね。なんでも、ここら辺の事故の生存者は『道に人影が見え慌ててブレーキを踏むとなぜか加速した。』とか何とか訳の分からんことを言うらしいんですけどね。馬鹿げた話だと思いませんか。」
「馬鹿げた話....君はそう思うのか。」
「あれ、なんだか顔色が悪いようですけど。どうかしたんですか?」
「ああ。しかし、アレは幻かもしれないしな...今から話す事は俺もまだ実際あんな体験をしたとは信じられん。君も話半分に聞いてくれ。」
そう前置きして、ウィリアム巡査長はとある話を語り始める。
「この話は、前の夏の事故が発生して少し経った時のことだ。
俺はかなりの汗っかきなんだ。
野次馬を追い払い、事故現場の周りを交通規制をしていた俺は、その時も汗をかき、仕方ないから服でふきつつ近くにあるベンチに少し座っていた。
そんな俺の様子を見かねたのか、どこからともなく女が現れてハンカチを貸してくれた。断る理由も無いから、お礼を言ってハンカチで汗をふいた。
そして、ハンカチを返そうとしたんだが、女は既にその場を離れていた。
今思えば不思議なことだが、その人は『女』と言うこと以外は何故か分からなかったな。
とにかく、ハンカチを返そうと思った俺は女を追って歩いて行った。」
ウィリアムはそこで言葉を切り、缶コーヒーを飲んだ。
そして声を小さくする。
「ほら、あそこに古い家があるだろう。
住人が次々移り住むと噂の家。」
デイビスは釈然としない思いを抱えながらも、小声で会話に応じた。
「『あの家』は何か曰くのある家らしく、『南北戦争で死んだ兵士が現れる。』だとか、「倒産した企業の社長が首吊りした。』とか『振られた女が飛び降り自殺をした』とかいろいろな噂がありましたね。だから住人がすぐに入れ替わるとか。」
「分かっているなら話は早い。女はその家の敷地に入って行ってな。俺はその家のインターホンを押した。
すると何故か旦那さんであろう男が出てきて...
いきなりこう言った。
「また冷やかしか、いい加減にしろ!家の周りを徘徊しやがって この野郎、訴えるぞ!警察を呼ぶ。」
「あの、警察なんですけれども...」
「なんだ、そうか。なんの用で警察がわざわざここに来たんだ。」
「実はここに住んでおられる女性からハンカチをつい先ほどお借りして...」
ハビエル氏はその言葉を遮り罵る。
「やはり冷やかしか!帰れ!とっとと失せろ、この税金泥棒め!」
そういってドアが乱暴に閉められた。
「そこにな...居たんだよ。」
「女がですか。」
「違う。男だ。彼の後ろから私を見て嗤っていた...」
「なんだ、僕はてっきり、フランケンシュタインみたいな化け物がバッと襲って来るような話かと思ったんですが。」
デイビスは冗談交じりにそう言った。
「ふん、いくら化け物といえど襲ってきたら逮捕してやろう。過失致傷未遂だとな。」
ウィリアムはニヤリとしてそう言った。
「話を戻そう。ここの辺りは事故が多いだろ。その事故の時、一度『あの家』の主人であるハビエル氏の庭に車が突っ込んだ事があった。が、その時のハビエル氏は温厚そうな男でな。とても今のような感じじゃなかった。詳しくは知らんが『あの家』に入居してから急に奥さんと離婚したという話も聞いた。つまりハンカチを返しに行ったあの時、一人暮らしで当人も居ると認めてないはずの女が家に入って行ったことになる。そこでな、気になった俺は事故の後始末を終わらせた後、こっそりと『あの家』を監視することを決めた。あんなこと普段なら仕事でも絶対したがらないのに、な。
そして忘れもしない20時12分、突如雨が降り出し、俺もさすがに帰ろうと思い背を向けた。

するとな、聞こえたんだよ。女性の叫び声が。
弾かれるように後ろを振り向きすぐに帰らなかった事を後悔した。
男だ。
ボロボロの服、張り付くような笑み、血しぶきを浴びた顔、腹から流れ出る血。ヤツは2階バルコニーから外に出ると頭から地面に落下していく。そして頭が潰れ血が噴き出す寸前、こちらを見てニヤリと笑った。 怖かった。アレが元人間とすら思えなかったよ。しかもその時、家からハビエル氏の絶叫が...
「大丈夫ですか?」
はっと我に帰る。
「顔、真っ青ですよ。」
私にはよく分からないが、酷い顔をしているらしい。
咄嗟に手に持った缶コーヒーをすすろうとする。が、中身は既に空だった。
「あまり無理しない方がいいですよ。」
「俺は、大丈夫だ。それでな、あの出来事以来、『あの家』を調べてみるとな、人が死んでんだよ。それも二人。」
ウィリアムは一瞬口をつぐむとゆっくりと言った。
「悪魔信仰していた男がな、自分の妻を『悪魔に捧げた』らしくてな。近隣住民が女性の悲鳴を聞いて通報、警察が駆け付けた時に男が飛び降り自殺をしたんだ。」
「本当ですか?家と家の距離から考えると男でも随分と大きな悲鳴をあげないと隣の家に聞こえないですよ。それが女性ともなれば...」
「それも変だが、最も不思議な事にその奥さんの殺害方法が調べた事件簿のどこにも書かれてなくてな、事件を処理した筈の奴も何も教えてくれない。
もしかするとここら辺の事故はアレが引き起こしているのかもしれん。君は私の話を聞いてどう思う。」
「......少なくとも最早馬鹿げた話だと否定はできませんね。こんな凝った作り話を刑事が作れるとは思えませんし。」
「おい、それはどういう意味だ。」
「褒めてるんですよ。嘘をつけない良い人だと。」
「......ともかく俺は、仮にアレが幻だとしても、『あの家』やこの辺りが何かおかしいと感じている。君もあまりここらの事故処理担当にならない方がいいかもしれん。」
「それならば、もしまたここに来る時があれば小さな十字架と聖水でも持ち歩きますよ。」デイビスはニヤッとした。
「それがいい。俺はもうそろそろ署に帰るよ。話を聞いてくれてありがとう。」
「お元気で。」
ウィリアム巡査長が警察車両に乗り込み去って行くのを見送った後、デイビスは気付いた。
帰る時はあの家の前を通らなければならないことを。

そして、雨が降り始め町の電灯がポツポツつき始めた頃、不幸なるデイビスが乗った車の後部座席。そこには、持ち主不明のハンカチと共に、不気味な事を書き連ねた一枚の古ぼけた紙が置いてある。

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