【旧版】諦めていた人生の続きで私は幸せを掴む

弓削鈴音

33話: 大地の精霊 3

 大地の精霊の神殿のその一角、離れのようなここに、転移されたアマリリスとラインハルトは、王城を出発した時よりもかなりひどい状態だった。

「ライン、ハルト…?」

 ユークライが呆然とした顔で、ゆっくりとラインハルトに手を伸ばす。
 それを止めたのは、隣にいたエーメだった。

『触れては危険です。瘴気が濃すぎます』

 エーメは顔をわずかに歪めている。
 
 精霊の力と悪魔の力は相反するものだ。どの精霊も、基本は例外なく近づけば不快感を覚える。
 例外もあるけれどね。私とか。

 ちなみに、人間は恐怖を感じるらしい。

 さて、二人の状態が悪いとなれば、一刻も早く手を打たなくてはいけない。
 そのためのも、まずエーメとラルドにして貰うことがある。

『……エーメ、ラルド。早めに融合しといて』

 そう、できるだけ優しく言ったつもりだったが、案の定エーメは顔を顰めて、ラルドはなにか言いたげに目に涙を溜める。

『融合って……アイカ様、言い方を変えてくださいませんか?』

『んー。じゃあ、本来の姿に戻って?』

『それもそれで嫌ですね…』

『アイカ様、許してよぉ!』

『許す許さないじゃないんだよ、ラルド。ほら、エーメも』

 エーメは嫌々というふうにラルドの手を握った。
 ラルドも嫌そうな顔をしているが、まぁ、仕方ない。アマリリスとラインハルトのためだ。

『『《理から外れし我らを、正しき姿に戻したまえ》』』

 言葉に呼応するように、二人が手を繋いだところから光が溢れ出してくる。
 だんだんと強さを増していく光は、時々火花らしきものを散らしながら、二人を包んでいった。

『『我が名は』』

光が一瞬膨張を止めた。

『『大地の精霊、エメラルド』』

 再び広がった光は一度強く輝くと、いっきに収縮した。
 もともと二人がいたところに立っていたのは、一人の精霊。
 見た目は十四、五歳くらいだが、実際はそれの何倍か生きている。それでもまだ幼げな雰囲気を持っているのは、きっと人格が分裂した弊害だろう。

『アイカ様、お久しぶりです!またまた、ご迷惑をお掛けしました』

『大丈夫だよ。久しぶり、エメラルド』

 優しげな、ウェーブのかかった薄緑色の髪と、髪と同じ色を持つ瞳。眷属である森の精霊とよく似た色だ。
 一応性別は女らしいから、中性的な美少女、というのが彼女を表現するのに最も相応しい言葉だろう。
 もっとも、精霊にとって性別は大して重要ではないのだけれど。

『アイカ様、こちらは…』

 エメラルドは、アマリリスとラインハルトの方にちらりと視線を向けた。

『あぁ、エーメとラルドの記憶を見てくれればいいよ』

『……あぁ、なるほど、わかりました』

 エメラルドはわずかに目を閉じると、すぐに開けて頷いた。

『急いだ方が、いいみたいですね』

 エメラルドの言う通り、意外と残されている時間は少ない。
 瘴気はこうしている間にも増していってる。ラインハルトの命は、風前の灯の一歩手前だ。
 そしてアマリリスも。

『エメラルド、ユークライを通して武器の精霊を呼んで。私は、ターフとかアスクを呼ぶから』

『わかりました』

 エメラルドは『失礼します』と言ってユークライの手に軽く触れると、静かに武器の精霊の名を呼んだ。
 すると、瞬く間に一人の精霊が転移してきた。

『はっはっはっー!我を呼んだのはお主か、大地の精霊よ!』

『え、えぇ。アイカ様に言われて、ですが』

『ほぉ、アイカ殿か……』

 武器の精霊は、がっしりとしたスキンヘッドの男だ。ユークライの隣に立って腕を組んでいる。

 武器の精霊の名は、確かジン。第二位精霊だ。ただし、闘いの精霊の下位存在を司っているため、闘いの精霊の眷属だったりする。
 威圧的な外見だが、風の噂で聞いたところによると甘いものが好きらしい。

『お初にお目にかかる、アイカ殿』

『初めまして、ジンさん。今日はちょっとお願いがあって、呼ばせてもらったんだけど…』

『貴女様のお役に立てるとは、光栄ですな!ふはははは!!』

 どうして光栄なのかいまいちわからないが、まぁ、とりあえず協力的なようで良かった。

 となると。
 本当なら、あとは記憶の精霊だけなのだが、魂の回廊を繋いだ後のことも考えると、この人数では不十分だ。
 というわけで、強力な助っ人を呼ぶことにする。

『アスク、ターフ、ナツミ。急いでここに来て』

 普通に気負わずに、ただ声にちょっぴり魔力を乗せる。
 それだけで十分だ。

 すぐに三つの人影が現れる。

『……はぁ。なんで悪魔の呪いに侵されてい人間と一緒なんですか?それに、特殊な魔力を持っている人間もいますし』

 眠たそうな声の持ち主は、地震の精霊アスク。
 ボサボサのモサっとした茶髪に、銀縁の丸眼鏡、そして薄茶色の瞳の下の濃い隈。
 首から上はすごく研究者っぽいのだが、服装はパリッとしたシャツに黒いズボンで、きっちりした印象を与える。色々とちぐはぐだ。

『アイカ様にはお考えがあるだろう。儂らにはわからぬようなものがな』

 しわがれた、けれど力強い声でそう言ったのは、竜巻の精霊ターフ。台風とかハリケーンとかも司っている。
 細身の体は、六十くらいの見た目に反して、すごく鍛えられている。着ているのは、昔私がちょっとふざけて着てもらったら、すごく気に入られた袴だ。似合いすぎ。

『うふふ。アイカ様に使っていただけるなら、わたくし達にとって本望ですわよ。お呼びつけ頂き有難く思いますわ、我が主』

 恭しくカーテシーをするのは、津波の精霊ナツミ。
 挑発的なほど胸元が開かれた紺色のドレスに、豪奢な羽根ついている扇子。そこら辺の貴族よりも貴族らしいような印象を与える。

 相変わらずキャラが濃い。見た目も個性的すぎる。
 まぁ能力に関しては心配なんて何も無いけどね。

『ありがと。早速で悪いけど、今できる最速で最もバレにくい結界を張って欲しい。それが出来たら、こっちのサポートをお願いしたいんだよね』

 三人は頷くと、すぐに取り掛かってくれる。


 準備は整った。
 アマリリスとラインハルトの間に、魂の回廊を繋ぐ。

『エメラルド、ジンさん。私が二人の間の魂の回廊を形成するから、それの保持をして欲しい』

『わかりました。うぅ、緊張しますね』

『はっはっはっ!若いな、大地の精霊よ!────してアイカ殿、記憶の精霊も呼ぶのだと思っていたのだが』

『あ……』

 思わず声を漏らす。
 どうしよう。あの時は、後先考えずに言ってしまったんだ。かなりやばい状況だ。

『……記憶の精霊殿は、人間界に肉体を顕現出来ぬという制約をお持ちだと、この老骨は聞いておりまする。おそらく、アイカ様直々に自らの肉体に降ろされるのでは?』

『なるほど!そういうことであったか。すまぬな、アイカ殿、中断させてしまい!』

『あ、全然大丈夫!むしろ、こちらの説明不足のせいだから、申し訳ないなー、だよ』

 ターフにこっそり頭を下げると、にこりと笑って会釈された。
 ……本当にありがたい。

「ごめんね、アイカ。俺が心配だったから、ジンに相談したんだ」

『そういう事だったんだ。まぁ、記憶の精霊はあんまりいい話がないからね…』

 確か、ウィンドール王国で語り継がれる記憶の精霊に関する昔話は、あまり明るいものがない。

 いわく、気まぐれに一国の全ての民の記憶を消した、だとか。
 いわく、怒りに身を任せて全ての記憶の遺跡を破壊した、だとか。
 いわく、人間を助けた精霊から容赦なく記憶を奪った、だとか。

 ……普通に悪評しかない。
 記憶の精霊は一体何をやらかしたんだ。

『まぁともかく…』

 記憶の精霊は、とりあえず精霊界から来てもらって私の体を媒体として魔法を発動してもらおう。

 この魂の回廊を繋げる魔法には、無・光・闇の三属性が必要だ。そしてこの三属性の全てを操るのが、記憶の精霊。
 だから、どうしても呼ぶ必要がある。

『……記憶の精霊、来て』

 小さく、本当に小さくそう呼びかけると、脳内に直接響くように応える声がした。

(……………?)

(うん、わかってる。気にしないから)

(……………!)

(大丈夫。あの時とは違うから)

(………)

(オッケー)

 承諾は得た。後は実行に移すのみ。

『今から始めるね………ユークライ、ヴィンセント、二人はちょっと離れたところにいて。エメラルドとジンさんは、絶対に魂の回廊から目を離さないで。アスクとターフにナツミは、周りを警戒しといて。かなりの高確率で、あいつら・・・・が来る』

『あら……それを早くに言ってくださいな、アイカ様』

 ナツミが、ぺろりと唇を舐める。その目には、冷ややかな、けれど激しい炎が宿っていた。
 アスクは無言で周りに罠を仕掛け始めて、どこからか取り出した刀を手にしたターフは静かに刃を研ぎ始めた。

『ほら、だから言いたくなかったんだよ…』

『はっはっはっ!天災の精霊配下のやつら・・・に対する執念は、噂通りだな!』

『面白くないよ、ジンさん……』

 まぁ、ここで言ってもせんないことだ。



 一回深く深呼吸をする。改めてアマリリスとラインハルトを見ると、そのひどい状態にこっちまで痛みを感じてしまう。
 どんどん息が浅くなっていっている。このままだったら、数日で息絶えるかもしれない。
 けれど、そうはさせない。


 火の精霊王から渡された小さな炎を、正八角形を作るように配置する。
 水の精霊王から貰った聖水を、霧状にして二人の周りに振りかける。
 風の精霊王から受け取った玉を割ると、清らかな風が吹く。
 土の精霊王から預けられた琥珀色に輝く宝石は、手から離れると二人の上に音もなく浮かぶ。
 雷の精霊王から頼まれた雷の魔法を発動すると、二人を守るように雷の球が回り始める。
 無の精霊王と闇の精霊王から連名で送られてきた魔法陣は、起動すると二人を覆う黒い靄と白い光をわずかにだが抑える。
 そして、光の精霊王から借りている杖を軽くひと振りすると、二人の間に回廊が生成されていく。

『……お願い』

 成功させなくてはいけないんだ、今度こそ。

 わずかに足が震えているのは、上手く隠せているだろうか。今にも泣き出しそうな顔をしているのは、誤魔化せているだろうか。
 今回の一連の作戦の要は、自分で言ってはなんだが、私だ。リーダーも、指揮するのも私だ。その私が緊張していては────

「アイカ、落ち着いてね」

 心地よい、少し低めの声が響く。
 振り向くと、ユークライが優しく微笑んでいた。

「手伝いをできなくてすごく心苦しいけど……アイカ、任せたよ。弟と、未来の妹の事を」

『……うん。ありがとう』

 今度は耳が赤くなってないかが心配になってきて、場違いだけれどユークライに抱きつきたくなったのは、内緒だ。

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