【旧版】諦めていた人生の続きで私は幸せを掴む
18話: 師弟
 さて、視察までの一週間は思ったよりも早く過ぎ去っている。
 
 王城での生活はまったく不便な事が無く、エミーもいたので家にいるのとほぼ変わらない。
 ちなみに私が滞在している部屋は、居間と二つのベッドルーム、二つのバスルームがある。すごく快適で、ずっと住みたいぐらいだ。
 やる事が特に無い私は、部屋でアイカとお喋りをしたり、時々顔を出すユークライ殿下(第一王子殿下との呼び方を禁止されてしまった)とお喋りをしたり、なぜか遊びに来た王妃様とお喋りをして過ごしていた。
 ……そう、お喋りしかしていない。さすがに自堕落かな、と思ったのが今日、五日目の事だった。
「アイカ。私、何かした方がいいかしら。」
『んー。何もしなくてよくない?っていうか、むしろ邪魔かもしれないし。』
 アイカは手厳しい。けれど、私はとても暇なのだ。何かしたい。
 今までの私は、通常の魔法学校での勉強に加えて王子妃としての勉強やマナーレッスン、ダンスレッスンや会話術の訓練をずっとしていた。自由な時間なんてほとんどなくて、いざやることがなくなると、何をしていいのか全くわからない。
  とりあえず刺繍や読書などは一通りしたのだが、どうしても時間を無駄に過ごしてしまっている気がする。
「……あっ、そういえば、ララティーナは安全なのかしら?犯罪組織に追われているのでしょう?」
『ん?……あぁ、アマリリスは知らないのか。うん、大丈夫だよ。今度、ちゃんと説明するね。っていうか明日か。
 休息も大事だから、ちゃんと休みなって。じゃ、私ちょっと行ってくる。』
 アイカは、早口にまくし立てると、慌てたように部屋を出ていく。急ぎの用事でもあるのだろうか。
「わかったわ。いってらっしゃい。」
 王城に来てから、アイカはずっとこんな調子だ。朝ご飯を終えると、すぐにどこかへ行ってしまう。すると、エミーくらいしか話し相手がいないのだ。
「ではお嬢様。わたくしも失礼致します。」
「……うん、わかった。」
 なのに、エミーまで部屋を空ける。こうなると、本当にやる事が無くなってしまう。
 やる事といえば、ユークライ殿下か王妃様が来るのを待つだけだ。けれど、きっとお二人も忙しいだろう。
「どうしよう……あっ!」
 どうせ暇だし、ゲームの情報を整理するのもいいかもしれない。もちろん、アイカがもうやっているだろうけれど、複数の視点から見た方が良いはずだ。
 いつも持ち歩いているノートを取り出すと、私は一番上にニホンゴで題名を書いた。
『アメジストレインとこの世界の相違点』
 ニホンゴだったら、アイカくらいしか読める人はいない。だからきっと、何を書いても平気だ。
『1.ラインハルトの存在』
 ラインハルトは、ゲームで一度も登場していない。名前さえも出ておらず、存在感はゼロ。強いて言うなら第三王子ルートに入った時に兄が二人いる、みたいな感じで出て来るだけだ。
『2.悪役令嬢断罪イベント』
 私が、あの場で自決をしようとした事。そして、ラインハルトが助けに来た事。共にゲーム内では無かった展開だ。
 ではゲームではどうなのかというと、まず悪役令嬢はヒロインを伴って会場に入った第三王子に詰め寄る。実際は、私はショックが強すぎて動くことが出来なかったのだけれどね。そして、悪役令嬢は侮蔑的にヒロインを罵り、それに我慢できなくなった第三王子が、本来は悪役令嬢の事も考えて卒業パーティーに行うはずだった断罪を始める、というような流れだ。断罪が始まると悪役令嬢はずっと抵抗し、嘘だ嘘だと喚いて、結局実家にも迷惑をかけて、その最中に他の罪―――国庫の財宝を勝手に持ち出したとか、ヒロインの実家に圧力をかけたとかだ―――を暴かれ、処刑される。
 思い出してみると、かなり悪役令嬢はやらかしていたみたいだ。けれど、私はそんな事はしていない。
 ひょっとしたらそれが、ゲームとこの世界の相違点を生み出しているのかも、と思った。これは、アイカに聞いてみてもいいかもしれない。
『3.王妃様の髪色』
 そう、実は王妃様はゲームでは茶髪なのだ。マロンブラウンと紺色、全然似てない。
 レシア様の、夜空のような美しい紺色と、スチルで見た柔らかなマロンブラウンの髪が、どうしても結びつかない。
 ……なんだかとても大事な事を忘れている気がするのだが、なんだろう?
 トントン
 4番を書こうとした時、ドアがノックされる音がした。
「ライルです。」
「あぁ、ライルさん。どうぞいらして下さい。」
 慌てて鏡を見る。
 ちょっとつり目だけど、これは生まれつき。何も問題は無い。
「失礼します。アマリリス様にお知らせがありまして。入って。」
 ライルさんが後ろの方に声をかける。すると、一人の少年が歩いて来た。
 茶色の髪に琥珀色の瞳の、幼げな風貌の彼は、部屋の真ん中辺りまで来るとバッと頭を下げる。
「今回、アマリリス様の護衛になりました!アレックス・ウィスドムです!精一杯務めさせていただきます!」
「……」
「あ、あの?」
 その可愛らしい行動に頬が緩む。と、その少し特徴のある声には聞き覚えがある気がした。
 彼を見た事がある気がする。いつだったかしら。つい最近、どこかで見た事があるはず…
「あぁ!アイカの素性を信じなかった子!」
「あの説は、まことに申し訳ございませんでした!」
 またまた頭を下げた。元気いっぱい、という感じ。
 よく見ると、そこまで幼いわけではないみたいだ。見たところ、十三とか十四ほどだろうか。男の子だからか、子供っぽく見えてしまう。
 それにしても、ウィスドムという事は、まさかあのウィスドム侯爵なのだろうか。
「失礼だけど、あなたのお父様って……」
「はい。女好きのウィスドム侯爵です。」
 アレックスは、さらりと言う。幼い少年に言わせてしまった事に対して、罪悪感を感じ、思わず謝っていた。
 ウィスドム侯爵には、四人の奥様がいらっしゃる。それだけでなく、愛人もかなりいるらしい。まさに、ハーレムを築いているわけだ。
「ごめんなさいね、言わせてしまって。」
「いいえ。慣れてますし、お母様方を全員大切にしている姿は、尊敬出来なくも無いですよ。」
 そう言いながら、アレックスは肩をすくめる。
 確かに、ウィスドム侯爵は女をたくさん囲っている、というのは社交界でも有名な話だけれど、同時に愛妻家である事でも有名だ。
 女性の視点から言ってみると、まるで女性を低く見ているようなその行動には思わず眉を顰めたくなるが、息子である彼が「尊敬出来なくも無い」と言ってるのだから、少しは評価を改めた方がいいのかもしれない。
 それにしても、さっきからわざとらしい動きや、無理やり「なくもない」などと使っているところを見ると、思春期独特の何かを感じてしまう。
「アマリリス様、アレックスは見ての通りですが、剣の腕はなかなかです。後々もう一人付けますが、今のところはアレックスが。」
 アレックスは、「見ての通り」というところで首を傾げた。
 それにしても、思春期男子が護衛とは。アイカに弄られそうで可哀想だ。
「わかりましたわ。わざわざありがとうございます。ラインハルトに、よろしくと伝えておいて下さい。」
 ライルさんは、「必ず」と微笑んで部屋を出ていった。
 彼を見送ると、アレックスがキョロキョロし始める。実は、暇だから部屋の家具などの配置を元の客室の配置から変えているのだが、それに気づいたのかもしれない。
 声をかけて色々と話してみたいが、あいにく私は男の子とする面白い話題の持ち合わせが無い。
 仕方なく、当たり障りの無い質問をする。
「アレックスはこれからどうするの?」
「自分はアマリリス様の護衛ですので、ここで敵を待ち構える…のでは無いでしょうか?」
 ……うん、要するに何をするかわからないのね。
 さすがに口に出すのは彼に悪いので、心の中でそう呟く。
 それにしても、暇人が二人か。
「ねぇ、アレックス、あなたはもともとラインハルトの従者だったの?」
 私の問いかけに、アレックスはコクンと頷いた。
「ラインハルトは、どう?」
「ラインハルト様は、権力を服に着ない方で、使用人からの信頼も厚いです。」
「笠に着ない、ね。」
 中二病というか、背伸びしてる子だなぁ。というのが、今のアレックスに対する印象。
 やっぱり、十四歳くらいだろうか。ちょうどニホンだと中学二年生だ。
「あら、アレックスは魔法学校には行かないの?」
「はい。自分は父に頼んで、ラインハルト様に魔法を学んでいるので。」
「ラインハルトに魔法を!?」
 驚いて声をあげてしまう。
 確かに、ラインハルトの魔力保有量はすごい…らしい。けれど、他人に教えるとなると、生半可な知識や技術では無理だ。
『あれ、アマリリス知らなかったっけ?』
「アイカ!戻っていたのね。おかえり。」
『たーだいまー。およ、アレックスだよね。久しぶり。』
 アイカの挨拶に、アレックスが背筋をピシッと伸ばす。そして騎士式の礼をすると、声を張り上げた。
「お久しぶりです、師匠!」
 師匠って…
 アイカにじとっとした目を向けると、彼女は手を顔の前で振る。少しわざとらしい気もするけれど、アイカはいつもこんな感じだ。
『別に強要して無いからね?剣を教えたら、勝手に師匠って呼ばれてさ……』
 やれやれ、とアイカが肩をすくめる。弟子と違って、様になっていると思った。
 それを見て、弟子の方は首を傾げている。そして自分も肩をすくめてみて、更に首を傾げた。
 ……最近弟達に会っていないな、と不意に思う。
 上の弟はもう魔法学校に入学しているから実家でもあまり会えないし、下の弟も最近忙しいのか顔を合わせる事があまりない。
 まぁ、この弟シックも、アレックスを見ていたら治る気がする。
『まぁともかく、アレックスとエストレイがアマリリスの護衛になるから。』
「エストレイ?」
 聞いた事の無い名前だ。どことなく、少数民族の名前のような響きがする。
 私の疑問に答えたのは、アレックスだった。
「エストレイは、勉強ばっかです!勉強しかほんとにしてなくて、つまんないやつですよ!」
 力強くそう言われるが、正直私怨がすごく入っている気がする。
 実のところどうなのか聞くためにアイカを見ると、すっごくいい笑顔を浮かべていた。輝くような笑顔のはずなのに、黒さを感じてしまう。
『まず勉強してからエスの事を言おうね…!』
 アイカのチョップが、アレックスの頭に落ちる。彼はそれを予期して避けようとするが、その更に先まで読んでいたアイカは、手の向きを変えてアレックスの頭に横からチョップを叩き込んだ。
 その様子が面白くて、思わず吹き出すとなかなか笑いが止まらない。
 途中からアレックスが抗議をしてきたが、余計に笑ってしまったのは仕方ないだろう。
 
 王城での生活はまったく不便な事が無く、エミーもいたので家にいるのとほぼ変わらない。
 ちなみに私が滞在している部屋は、居間と二つのベッドルーム、二つのバスルームがある。すごく快適で、ずっと住みたいぐらいだ。
 やる事が特に無い私は、部屋でアイカとお喋りをしたり、時々顔を出すユークライ殿下(第一王子殿下との呼び方を禁止されてしまった)とお喋りをしたり、なぜか遊びに来た王妃様とお喋りをして過ごしていた。
 ……そう、お喋りしかしていない。さすがに自堕落かな、と思ったのが今日、五日目の事だった。
「アイカ。私、何かした方がいいかしら。」
『んー。何もしなくてよくない?っていうか、むしろ邪魔かもしれないし。』
 アイカは手厳しい。けれど、私はとても暇なのだ。何かしたい。
 今までの私は、通常の魔法学校での勉強に加えて王子妃としての勉強やマナーレッスン、ダンスレッスンや会話術の訓練をずっとしていた。自由な時間なんてほとんどなくて、いざやることがなくなると、何をしていいのか全くわからない。
  とりあえず刺繍や読書などは一通りしたのだが、どうしても時間を無駄に過ごしてしまっている気がする。
「……あっ、そういえば、ララティーナは安全なのかしら?犯罪組織に追われているのでしょう?」
『ん?……あぁ、アマリリスは知らないのか。うん、大丈夫だよ。今度、ちゃんと説明するね。っていうか明日か。
 休息も大事だから、ちゃんと休みなって。じゃ、私ちょっと行ってくる。』
 アイカは、早口にまくし立てると、慌てたように部屋を出ていく。急ぎの用事でもあるのだろうか。
「わかったわ。いってらっしゃい。」
 王城に来てから、アイカはずっとこんな調子だ。朝ご飯を終えると、すぐにどこかへ行ってしまう。すると、エミーくらいしか話し相手がいないのだ。
「ではお嬢様。わたくしも失礼致します。」
「……うん、わかった。」
 なのに、エミーまで部屋を空ける。こうなると、本当にやる事が無くなってしまう。
 やる事といえば、ユークライ殿下か王妃様が来るのを待つだけだ。けれど、きっとお二人も忙しいだろう。
「どうしよう……あっ!」
 どうせ暇だし、ゲームの情報を整理するのもいいかもしれない。もちろん、アイカがもうやっているだろうけれど、複数の視点から見た方が良いはずだ。
 いつも持ち歩いているノートを取り出すと、私は一番上にニホンゴで題名を書いた。
『アメジストレインとこの世界の相違点』
 ニホンゴだったら、アイカくらいしか読める人はいない。だからきっと、何を書いても平気だ。
『1.ラインハルトの存在』
 ラインハルトは、ゲームで一度も登場していない。名前さえも出ておらず、存在感はゼロ。強いて言うなら第三王子ルートに入った時に兄が二人いる、みたいな感じで出て来るだけだ。
『2.悪役令嬢断罪イベント』
 私が、あの場で自決をしようとした事。そして、ラインハルトが助けに来た事。共にゲーム内では無かった展開だ。
 ではゲームではどうなのかというと、まず悪役令嬢はヒロインを伴って会場に入った第三王子に詰め寄る。実際は、私はショックが強すぎて動くことが出来なかったのだけれどね。そして、悪役令嬢は侮蔑的にヒロインを罵り、それに我慢できなくなった第三王子が、本来は悪役令嬢の事も考えて卒業パーティーに行うはずだった断罪を始める、というような流れだ。断罪が始まると悪役令嬢はずっと抵抗し、嘘だ嘘だと喚いて、結局実家にも迷惑をかけて、その最中に他の罪―――国庫の財宝を勝手に持ち出したとか、ヒロインの実家に圧力をかけたとかだ―――を暴かれ、処刑される。
 思い出してみると、かなり悪役令嬢はやらかしていたみたいだ。けれど、私はそんな事はしていない。
 ひょっとしたらそれが、ゲームとこの世界の相違点を生み出しているのかも、と思った。これは、アイカに聞いてみてもいいかもしれない。
『3.王妃様の髪色』
 そう、実は王妃様はゲームでは茶髪なのだ。マロンブラウンと紺色、全然似てない。
 レシア様の、夜空のような美しい紺色と、スチルで見た柔らかなマロンブラウンの髪が、どうしても結びつかない。
 ……なんだかとても大事な事を忘れている気がするのだが、なんだろう?
 トントン
 4番を書こうとした時、ドアがノックされる音がした。
「ライルです。」
「あぁ、ライルさん。どうぞいらして下さい。」
 慌てて鏡を見る。
 ちょっとつり目だけど、これは生まれつき。何も問題は無い。
「失礼します。アマリリス様にお知らせがありまして。入って。」
 ライルさんが後ろの方に声をかける。すると、一人の少年が歩いて来た。
 茶色の髪に琥珀色の瞳の、幼げな風貌の彼は、部屋の真ん中辺りまで来るとバッと頭を下げる。
「今回、アマリリス様の護衛になりました!アレックス・ウィスドムです!精一杯務めさせていただきます!」
「……」
「あ、あの?」
 その可愛らしい行動に頬が緩む。と、その少し特徴のある声には聞き覚えがある気がした。
 彼を見た事がある気がする。いつだったかしら。つい最近、どこかで見た事があるはず…
「あぁ!アイカの素性を信じなかった子!」
「あの説は、まことに申し訳ございませんでした!」
 またまた頭を下げた。元気いっぱい、という感じ。
 よく見ると、そこまで幼いわけではないみたいだ。見たところ、十三とか十四ほどだろうか。男の子だからか、子供っぽく見えてしまう。
 それにしても、ウィスドムという事は、まさかあのウィスドム侯爵なのだろうか。
「失礼だけど、あなたのお父様って……」
「はい。女好きのウィスドム侯爵です。」
 アレックスは、さらりと言う。幼い少年に言わせてしまった事に対して、罪悪感を感じ、思わず謝っていた。
 ウィスドム侯爵には、四人の奥様がいらっしゃる。それだけでなく、愛人もかなりいるらしい。まさに、ハーレムを築いているわけだ。
「ごめんなさいね、言わせてしまって。」
「いいえ。慣れてますし、お母様方を全員大切にしている姿は、尊敬出来なくも無いですよ。」
 そう言いながら、アレックスは肩をすくめる。
 確かに、ウィスドム侯爵は女をたくさん囲っている、というのは社交界でも有名な話だけれど、同時に愛妻家である事でも有名だ。
 女性の視点から言ってみると、まるで女性を低く見ているようなその行動には思わず眉を顰めたくなるが、息子である彼が「尊敬出来なくも無い」と言ってるのだから、少しは評価を改めた方がいいのかもしれない。
 それにしても、さっきからわざとらしい動きや、無理やり「なくもない」などと使っているところを見ると、思春期独特の何かを感じてしまう。
「アマリリス様、アレックスは見ての通りですが、剣の腕はなかなかです。後々もう一人付けますが、今のところはアレックスが。」
 アレックスは、「見ての通り」というところで首を傾げた。
 それにしても、思春期男子が護衛とは。アイカに弄られそうで可哀想だ。
「わかりましたわ。わざわざありがとうございます。ラインハルトに、よろしくと伝えておいて下さい。」
 ライルさんは、「必ず」と微笑んで部屋を出ていった。
 彼を見送ると、アレックスがキョロキョロし始める。実は、暇だから部屋の家具などの配置を元の客室の配置から変えているのだが、それに気づいたのかもしれない。
 声をかけて色々と話してみたいが、あいにく私は男の子とする面白い話題の持ち合わせが無い。
 仕方なく、当たり障りの無い質問をする。
「アレックスはこれからどうするの?」
「自分はアマリリス様の護衛ですので、ここで敵を待ち構える…のでは無いでしょうか?」
 ……うん、要するに何をするかわからないのね。
 さすがに口に出すのは彼に悪いので、心の中でそう呟く。
 それにしても、暇人が二人か。
「ねぇ、アレックス、あなたはもともとラインハルトの従者だったの?」
 私の問いかけに、アレックスはコクンと頷いた。
「ラインハルトは、どう?」
「ラインハルト様は、権力を服に着ない方で、使用人からの信頼も厚いです。」
「笠に着ない、ね。」
 中二病というか、背伸びしてる子だなぁ。というのが、今のアレックスに対する印象。
 やっぱり、十四歳くらいだろうか。ちょうどニホンだと中学二年生だ。
「あら、アレックスは魔法学校には行かないの?」
「はい。自分は父に頼んで、ラインハルト様に魔法を学んでいるので。」
「ラインハルトに魔法を!?」
 驚いて声をあげてしまう。
 確かに、ラインハルトの魔力保有量はすごい…らしい。けれど、他人に教えるとなると、生半可な知識や技術では無理だ。
『あれ、アマリリス知らなかったっけ?』
「アイカ!戻っていたのね。おかえり。」
『たーだいまー。およ、アレックスだよね。久しぶり。』
 アイカの挨拶に、アレックスが背筋をピシッと伸ばす。そして騎士式の礼をすると、声を張り上げた。
「お久しぶりです、師匠!」
 師匠って…
 アイカにじとっとした目を向けると、彼女は手を顔の前で振る。少しわざとらしい気もするけれど、アイカはいつもこんな感じだ。
『別に強要して無いからね?剣を教えたら、勝手に師匠って呼ばれてさ……』
 やれやれ、とアイカが肩をすくめる。弟子と違って、様になっていると思った。
 それを見て、弟子の方は首を傾げている。そして自分も肩をすくめてみて、更に首を傾げた。
 ……最近弟達に会っていないな、と不意に思う。
 上の弟はもう魔法学校に入学しているから実家でもあまり会えないし、下の弟も最近忙しいのか顔を合わせる事があまりない。
 まぁ、この弟シックも、アレックスを見ていたら治る気がする。
『まぁともかく、アレックスとエストレイがアマリリスの護衛になるから。』
「エストレイ?」
 聞いた事の無い名前だ。どことなく、少数民族の名前のような響きがする。
 私の疑問に答えたのは、アレックスだった。
「エストレイは、勉強ばっかです!勉強しかほんとにしてなくて、つまんないやつですよ!」
 力強くそう言われるが、正直私怨がすごく入っている気がする。
 実のところどうなのか聞くためにアイカを見ると、すっごくいい笑顔を浮かべていた。輝くような笑顔のはずなのに、黒さを感じてしまう。
『まず勉強してからエスの事を言おうね…!』
 アイカのチョップが、アレックスの頭に落ちる。彼はそれを予期して避けようとするが、その更に先まで読んでいたアイカは、手の向きを変えてアレックスの頭に横からチョップを叩き込んだ。
 その様子が面白くて、思わず吹き出すとなかなか笑いが止まらない。
 途中からアレックスが抗議をしてきたが、余計に笑ってしまったのは仕方ないだろう。
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