【旧版】諦めていた人生の続きで私は幸せを掴む
8話: 馬車の中で 1
 屋敷の玄関ホールに向かうと、もうすでにお兄様が待っていた。
 本来ならお父様かお母様が出るべき場所だが、お父様は公務でいらっしゃらないし、お母様も色々あるらしく、昨日の夜からいないからだ。
 ちなみに、お兄様はつい昨日帰ってきたばかり。私のために、わざわざ魔法師団の出張を抜け出してきてくれたらしい。
 急いでお兄様の隣に並ぶと、ちょうど馬車が着いたようで、玄関の扉がゆっくりと開かれる。
「お初にお目にかかります、ラインハルト殿下。」
 お兄様がそう言って、丁寧に礼をする。
 お兄様は私と似た薄めの金髪を持っているが、他はあまり共通点が無い。私が少しきつめな印象を与えるのに対し、お兄様は穏やかそうな感じの方だ。あくまで見た目、だけれども。
 微笑みながら礼をするお兄様を横目で見ながら、私も礼をする。
「楽にしてくれ。といっても、すぐに出発するのだけれどな。」
「そのつもりで用意させております。────妹を、どうかよろしくお願いいたします。お前も、無理をするなよ。」
 お兄様のその言葉に、私は思わず目を見開いた。
 兄妹仲は悪くは無い。むしろ、他の貴族の家と比べると良いほ方だ。いや、ニホンと比べても、かもしれない。
 けれど、私達は貴族だ。普通なら、無理をしてでも気に入られろ、と言う場面だろう。なのに、お兄様は私の身を案じてくれている。
「お兄様……」
「ラインハルト殿下。差し出がましいかもしれませんが、妹はつい先日、第三王子殿下に婚約破棄をされたのです。しかも、多くの人々の面前で。」
「あぁ、わかっている。」
 そう言って第二王子は微笑まれた。思わずドキッとしてしまう。
 好きだった人に振られたばかりと言うのに、と内心自分に嫌気が差す。だが、それを顔に出さないように笑みを浮かべる。
 貴族生活十年以上の私にとって、笑顔を浮かべるのはいわば習慣だ。
「では、そろそろ馬車の方へ。」
 話が終わるのを待っていてくれたらしいライルさんが、そう声をかけた。
 私が頷くと、第二王子が手を取ってくださる。
 その優しげなエスコートに、思わず第三王子とヒロインのことを思い出してしまう。
 あの卒業パーティーの会場に、婚約者だった私ではなく、ヒロインを伴って入場した第三王子。彼の手はヒロインの腰に回されていて、それでもどこか割れ物を扱うかのように丁寧にヒロインをエスコートしていた。
 つい先日の出来事なのに、どこか遠くのことのように感じられる。
 と、意識があの日に飛んでしまっていた。
 私は一礼をすると、お兄様に声をかける。
「お兄様、行って参りますわ。」
「あぁ。行ってらっしゃい。アイカ様も、お気を付けて。」
『ありがとー、ヴィンセントさん!』
 ヴィンセント、とはお兄様の名前だ。どうやら、私の知らない間にアイカと仲良くなっていたみたい。
 アイカは相変わらず、私の近くをふよふよと飛んでいる。精霊は、高位精霊でも、自由に宙に浮くことが出来るらしい。
 馬車に乗った時はさすがに普通に席に座っていたが、アイカはちゃっかり私の隣に来ていた。
『おー!!結構スピード出るんだね!』
「えぇ、王家特注ですから。あんまり揺れないでしょう?」
「……なぜ第一王子殿下が?」
 疑問に思って、無礼だとわかっていても思わず聞いてしまった。
 
 今、馬車の中に私達はいる。達、の内訳は第一王子、第二王子、アイカ、そして私の四人。
 最初馬車に乗ってにこやかに手を振ってくる第一王子を見た時は、アイカと二人揃って呆然としてしまった。もっとも、第二王子は同情してくださったけれど。いわく、変人の兄で申し訳無い、と。
「高位精霊殿に興味があってね。直接お話を伺いたくなったんだ。」
 なるほど、と私は頷いた。すると、私の隣でアイカが溜め息をつく。
『どうせ聞きたいのは、私とアマリリスの関係でしょ。』
「それも、あるかもしれませんね。」
 第一王子はそう言って微笑む。ただ、さきほどまでの爽やかな笑みでは無く、何かを企んでいるような悪い笑顔。
 貴族社会で生きてきたからこれくらいは見抜けるが、どう反応すればいいかは検討がつかない。
『ま、話すつもりだったけどね。アマリリス、いい?』
 首を縦に振った。もともと聞かれる事を予想していて、もうすでに話す事と話さない事などは二人で話し合って決めてある。
『では、私の方から説明させていただきます。』
 声のトーンをガラッと変えて、アイカがそう切り出した。いつものちょっと悪戯っ子みたいな笑みはそのままだが、纏う雰囲気もどこか真面目な感じがする。
 第一王子は相も変わらず笑みを浮かべているし、第二王子はわずかに目を伏せていた。
『まず、私とアマリリスは別人です。そこはしっかりと押さえていただきたいと思います。』
「待て。お前まさか、この口調でずっと話すのか?」
 第二王子がそう聞くが、アイカはわずかに笑うだけで返事はしなかった。その様子に、私は思わず溜め息をついてしまう。
 きっとアイカは、この口調を楽しんでいるのだろう。一緒に過ごしたのはまだ数日ほどだが、ある程度は彼女の性格がわかってきた。
『最初に私について説明します。
 私はもともと、別の世界で別の人間として生活していました。あ、これはどうかご内密に。』
 アイカが片目を気障っぽく閉じる。けれど、嫌味な感じはしない。
 『絶対言うなよ?』という圧を感じたのは、多分気の所為だ。……ちょっと怖かった。
『その別の世界で死んだ後、私はアマリリスの体で目覚めました。ですが、私にはアマリリスの体を動かす事は叶わず、他の人に姿を見られる事もありませんでした。唯一の話し相手は精霊でしたね。』
 今、アイカが話しているのは、あの手紙に書いてあった事だ。もちろん、多少は割愛したり隠しているが、大体は私の知っている事と相違無い。
『私がアマリリスの体を動かしたのは、あの日以外には二回だけです。ですが、一回目は試した感じでしたし、二回目は必要に迫られてだったので、基本的にはアマリリスの目を通して周りの世界を見るだけでした。』
「なるほど。では、あの日も必要に迫られて?」
 第一王子のその質問に、アイカは『うーん』と唸る。そして、目を瞑って考え込んでしまう。
 カタカタと馬車が揺れる音がやけに響いた。少し窓の外を見てみると、ちょうどクリスト公爵領の中を通っているところだった。畑を耕す農民の姿が見える。
 しばらくした後、アイカは目を開いて、ゆっくりと言葉を紡いだ。
『私は、協力者が欲しかったのです。』
「協力者、ですか。」
『はい。アマリリスの体質を知っても利用しようとしない、アマリリスを大切にする、強い意志を持った人が、協力者として必要だったのです。』
 少し消化不良(?)ですが、今回はここまでになります。
 ちなみに、アイカはものすごい猫被りです。
 本来ならお父様かお母様が出るべき場所だが、お父様は公務でいらっしゃらないし、お母様も色々あるらしく、昨日の夜からいないからだ。
 ちなみに、お兄様はつい昨日帰ってきたばかり。私のために、わざわざ魔法師団の出張を抜け出してきてくれたらしい。
 急いでお兄様の隣に並ぶと、ちょうど馬車が着いたようで、玄関の扉がゆっくりと開かれる。
「お初にお目にかかります、ラインハルト殿下。」
 お兄様がそう言って、丁寧に礼をする。
 お兄様は私と似た薄めの金髪を持っているが、他はあまり共通点が無い。私が少しきつめな印象を与えるのに対し、お兄様は穏やかそうな感じの方だ。あくまで見た目、だけれども。
 微笑みながら礼をするお兄様を横目で見ながら、私も礼をする。
「楽にしてくれ。といっても、すぐに出発するのだけれどな。」
「そのつもりで用意させております。────妹を、どうかよろしくお願いいたします。お前も、無理をするなよ。」
 お兄様のその言葉に、私は思わず目を見開いた。
 兄妹仲は悪くは無い。むしろ、他の貴族の家と比べると良いほ方だ。いや、ニホンと比べても、かもしれない。
 けれど、私達は貴族だ。普通なら、無理をしてでも気に入られろ、と言う場面だろう。なのに、お兄様は私の身を案じてくれている。
「お兄様……」
「ラインハルト殿下。差し出がましいかもしれませんが、妹はつい先日、第三王子殿下に婚約破棄をされたのです。しかも、多くの人々の面前で。」
「あぁ、わかっている。」
 そう言って第二王子は微笑まれた。思わずドキッとしてしまう。
 好きだった人に振られたばかりと言うのに、と内心自分に嫌気が差す。だが、それを顔に出さないように笑みを浮かべる。
 貴族生活十年以上の私にとって、笑顔を浮かべるのはいわば習慣だ。
「では、そろそろ馬車の方へ。」
 話が終わるのを待っていてくれたらしいライルさんが、そう声をかけた。
 私が頷くと、第二王子が手を取ってくださる。
 その優しげなエスコートに、思わず第三王子とヒロインのことを思い出してしまう。
 あの卒業パーティーの会場に、婚約者だった私ではなく、ヒロインを伴って入場した第三王子。彼の手はヒロインの腰に回されていて、それでもどこか割れ物を扱うかのように丁寧にヒロインをエスコートしていた。
 つい先日の出来事なのに、どこか遠くのことのように感じられる。
 と、意識があの日に飛んでしまっていた。
 私は一礼をすると、お兄様に声をかける。
「お兄様、行って参りますわ。」
「あぁ。行ってらっしゃい。アイカ様も、お気を付けて。」
『ありがとー、ヴィンセントさん!』
 ヴィンセント、とはお兄様の名前だ。どうやら、私の知らない間にアイカと仲良くなっていたみたい。
 アイカは相変わらず、私の近くをふよふよと飛んでいる。精霊は、高位精霊でも、自由に宙に浮くことが出来るらしい。
 馬車に乗った時はさすがに普通に席に座っていたが、アイカはちゃっかり私の隣に来ていた。
『おー!!結構スピード出るんだね!』
「えぇ、王家特注ですから。あんまり揺れないでしょう?」
「……なぜ第一王子殿下が?」
 疑問に思って、無礼だとわかっていても思わず聞いてしまった。
 
 今、馬車の中に私達はいる。達、の内訳は第一王子、第二王子、アイカ、そして私の四人。
 最初馬車に乗ってにこやかに手を振ってくる第一王子を見た時は、アイカと二人揃って呆然としてしまった。もっとも、第二王子は同情してくださったけれど。いわく、変人の兄で申し訳無い、と。
「高位精霊殿に興味があってね。直接お話を伺いたくなったんだ。」
 なるほど、と私は頷いた。すると、私の隣でアイカが溜め息をつく。
『どうせ聞きたいのは、私とアマリリスの関係でしょ。』
「それも、あるかもしれませんね。」
 第一王子はそう言って微笑む。ただ、さきほどまでの爽やかな笑みでは無く、何かを企んでいるような悪い笑顔。
 貴族社会で生きてきたからこれくらいは見抜けるが、どう反応すればいいかは検討がつかない。
『ま、話すつもりだったけどね。アマリリス、いい?』
 首を縦に振った。もともと聞かれる事を予想していて、もうすでに話す事と話さない事などは二人で話し合って決めてある。
『では、私の方から説明させていただきます。』
 声のトーンをガラッと変えて、アイカがそう切り出した。いつものちょっと悪戯っ子みたいな笑みはそのままだが、纏う雰囲気もどこか真面目な感じがする。
 第一王子は相も変わらず笑みを浮かべているし、第二王子はわずかに目を伏せていた。
『まず、私とアマリリスは別人です。そこはしっかりと押さえていただきたいと思います。』
「待て。お前まさか、この口調でずっと話すのか?」
 第二王子がそう聞くが、アイカはわずかに笑うだけで返事はしなかった。その様子に、私は思わず溜め息をついてしまう。
 きっとアイカは、この口調を楽しんでいるのだろう。一緒に過ごしたのはまだ数日ほどだが、ある程度は彼女の性格がわかってきた。
『最初に私について説明します。
 私はもともと、別の世界で別の人間として生活していました。あ、これはどうかご内密に。』
 アイカが片目を気障っぽく閉じる。けれど、嫌味な感じはしない。
 『絶対言うなよ?』という圧を感じたのは、多分気の所為だ。……ちょっと怖かった。
『その別の世界で死んだ後、私はアマリリスの体で目覚めました。ですが、私にはアマリリスの体を動かす事は叶わず、他の人に姿を見られる事もありませんでした。唯一の話し相手は精霊でしたね。』
 今、アイカが話しているのは、あの手紙に書いてあった事だ。もちろん、多少は割愛したり隠しているが、大体は私の知っている事と相違無い。
『私がアマリリスの体を動かしたのは、あの日以外には二回だけです。ですが、一回目は試した感じでしたし、二回目は必要に迫られてだったので、基本的にはアマリリスの目を通して周りの世界を見るだけでした。』
「なるほど。では、あの日も必要に迫られて?」
 第一王子のその質問に、アイカは『うーん』と唸る。そして、目を瞑って考え込んでしまう。
 カタカタと馬車が揺れる音がやけに響いた。少し窓の外を見てみると、ちょうどクリスト公爵領の中を通っているところだった。畑を耕す農民の姿が見える。
 しばらくした後、アイカは目を開いて、ゆっくりと言葉を紡いだ。
『私は、協力者が欲しかったのです。』
「協力者、ですか。」
『はい。アマリリスの体質を知っても利用しようとしない、アマリリスを大切にする、強い意志を持った人が、協力者として必要だったのです。』
 少し消化不良(?)ですが、今回はここまでになります。
 ちなみに、アイカはものすごい猫被りです。
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