【旧版】諦めていた人生の続きで私は幸せを掴む

弓削鈴音

1話: 蘇った記憶と、死

「アマリリス・クリスト、お前との婚約は破棄させてもらう!!」

 その瞬間、私の脳を電撃が伝った気がした。衝撃が背中を伝い全身に届く。ショックで視界が眩みそうになって足がもつれそうになるのをこらえて、私は震える背筋を伸ばした。
 やっと、やっと思い出した。

 ここは魔法学校の大広間、そして今日は卒業パーティーだ。魔法学校に通っている貴族の子女の家族だけでなく、王妃様もいらっしゃる中で、凛々しい声が響く。

「そして、将来の王妃であるララティーナを殺そうとしたお前は、死刑だ!」

 記憶を取り戻したところで、私はもう終わりだ。
 私は、この後の展開を知っている。この後、アマリリスは殺されるのだ。しかも斬首刑。そして、これからは逃れられない。

 だって、これはゲームのシナリオだから。

 私は前世でこのゲーム、『アメジストレイン』をプレイしたことがある。
 このゲームは、舞台であるウィンドール王国の少女ヒロインが魔法学校に入学し、そこで恋を知る物語だ。魔法学校は魔力保有量が一定以上であれば、誰でも入学することが出来る。
 そして、攻略対象は、全部で十二人。今、私の目の前に立っているイケメン、ウィンドール王国第三王子サーストン・ウィンドールもその一人だ。

「王子よ…どうかご温情を。」

 そう言って跪くのは、私の父であるクリスト公爵。お父様は、唯一の娘である私を大事にしてくれている。
 どこかデジャヴを感じるのは、これをゲームの中で見たことがあるからだろう。
 
 私は知っている。
 王子はこう答えるの。
 
 愛する人を傷付けられた、この痛みを

「この痛みを、お前に理解出来るか!!」

 あぁ、お父様が震えていらっしゃる。きっとこれは、娘を侮辱されたことに対する怒りからだろう。

 私は知っている。
 この後、激昂したクリスト公爵が王子に掴みかかる。それに対して魔法を暴走させるサーストン。巻き込まれて複数の貴族達が怪我をしたり、最悪の場合は命を失いかける者も出る。それを止めるのはヒロインで、回復魔法を使い、その力を多くの人に示しつける。私の死罪は弁解の余地無しになり、クリスト公爵家は爵位を下げられてしまう。

 けれど、そうはさせない。

 急がなくては。王子の周りの魔力が、どんどん濃くなっていっている。

「誠に、申し訳ありませんでした。我が命を以て王子の気が鎮まるのでしたら、この命なぞ喜んで差し出しましょう。」

「な、アマリリス!?」

 お父様が驚きのあまり、叫んだ後に倒れてしまった。もともと、最近お帰りになられるのが遅いとお兄様から聞いていた。心労が溜まっているところに、こんな出来事だ。倒れてしまうのも無理はない。

 きっとこれが、最後の親子の会話になるんだろう。

 私は前世の記憶を取り戻したとはいえ、今世での記憶を失ったわけでは無い。もちろん、家族に対する気持ちも、貴族としての誇りも、王子に対する気持ちも忘れていなかった。

 だから私は、この身を以て償おう。

 悪役令嬢である私────アマリリス・クリストは何回もヒロインを王子から引き離そうとしたり、国外に追い出そうとしたりした。ときには周りの人を危険に晒したり、大事な人に嘘をついたりもした。
 これは重い罪だ。だからこそ、私が、私だけが償うべきなんだ。

 わずかに、違和感が頭をチクッと刺した。けれどすぐに消えてしまう。

「ほぉ…。なら、今すぐこの場で命を絶て。」

 そう言って、王子は携帯していた短剣を蹴ってよこす。周りがざわめくが、私はひどく冷静だった。

 鞘から剣を抜くと、ぎらりと刃が蝋燭の明かりを受けて光る。

「…ふっ、お前にそんな覚悟があるものか。」

 黙って剣を見つめていた私の様子から、王子はどうやらそう判断したようだ。
 けれど違う。私は今、思い出した記憶ともともとあった記憶をひとつにしていたのだ。
 
 ゆっくりと、絵の具が混ざるように記憶が混じっていく。新しい色を作り出して、そして新しい事に気づかせる。

 剣先を自分の胸に向けると、息が詰まるような感覚がした。

 そういえば、ロミジュリのジュリエットも短剣で胸を突いて死んだんだっけ…

 ちょっとおかしい気がした。思わず、わずかに笑みが漏れる。もっとも、ジュリエットは悪役令嬢じゃないし、第一ジュリエットは罪を犯していない。

 その時、また違和感が脳を刺激した。今度はさっきよりも強く、何かを訴えかけてくる。
 その違和感を、無理矢理遠ざけると、私は王子に向き直った。

「サーストン王子。ここで言うのもなんなのですが、わたくしは、貴方様をお慕いしていました。」

「ハッ、死にゆく者が。」

「えぇ、そうですわね。────厚かましいのですが、死にゆくわたくしの願いがございます。どうか、クリスト公爵家には被害が出ないようにしてくださいませんか。」

「別に良いだろう。ララティーナを傷付けたのは、お前だけだからな。」

 内心、ホッと胸を撫で下ろす。家族に迷惑はかけたく無かった。
 公衆の面前で婚約破棄をされた時点で、もうすでに実家のクリスト公爵家に泥を被せてしまっている。これ以上、今まで私を育ててくれた大切な場所を、他の人に壊されたくなかった。

 もう、心残りは無い。

 少し怖くなって手が震える。周りが全てゆっくりになった。揺れる蝋燭の炎が、ゆらゆらと死へと誘っている。

「…っ、はぁ、はっ。」

 息が乱れる。体の震えを押さえつけるように、手に力を込めた。
 死が、すぐそこにいる気がする。

「っ!!」

 目を瞑って腕を振る。暗闇の中、甲高い音が響いた。

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