劣等眼の転生魔術師 ~ 虐げられた元勇者は未来の世界を余裕で生き抜く  ~

柑橘ゆすら

エマーソンの苦悩


 この世界には虫と喧嘩する人間はいない。
 同じように、猿と星を語り合う人間がいるわけもなく、彼と魔術を語り合う人間は誰もいなかった。
  
 現代魔術師の中で最高峰の魔術知識を有すると目されているエマーソンの才覚は、幼少の頃から発揮されていた。

 彼は学生になるよりも前よりも早く、親から与えられた魔道具を解体して、新しい魔道具を作り始めていた。

 学生になったら直ぐに着手したのは、より便利でより高威力の魔術を発動できる魔道具の開発。

 彼の手掛けた魔道具の全ては革新的だった。


『いいよなぁ。天才は……』

『ごめん。オレにはキミの考えは分からないよ』

『なあ。最近のアイツ、調子乗ってね?』

『ケッ……。どうせ腹の中ではオレたち凡人のことを見下しているんだろ』


 しかし、圧倒的な才能というものは、時に底知れない孤独を生みだすものである。

 魔術学園に入学した当初こそ、エマーソンは他人に自分のことを理解してもらう為の努力をした。


 だが、エマーソンは気付いてしまった。


 どうして自分より劣った人間の為に、レベルを合わせる必要があるのだろう?

 苦しみがあった。歯痒さがあった。 
 誰もが経験する他人との違いという壁が、天才だったエマーソンには常人より多く現れた。


 気付けば、エマーソンは気力を失っていた。


 ダイヤモンドは磨かれなければ輝かない。

 しかし、ダイヤモンドを磨く為には、同じダイヤモンドか、それ以上に硬い何かが必要不可欠だ。

 どんなに才気ある者でも、自分と同等か、より優秀な魔術師に会うことができなければ、もう磨きようがないという閉塞感に繋がっていく。
 
 平たく言えば、エマーソンはこの世界に対してどことなく飽いていたのであった。


 だが、そんなエマーソンの価値観せかいは変わりつつあった。 


 エマーソンの価値観を変えたのは、アベルという少年の存在であった。

 ここ最近のエマーソンにとっての楽しみは、アベルという少年を監視して、その実力を測ることにあった。

 しかし、長きに渡る監視作業も今日で終わりを告げることになるだろう。


(ふう。そろそろ戦いも終わっている頃合いでしょうか)


 いかにアベルが驚異的な力を持っていたところで、今回の刺客には太刀打ちできるがはずがない。

 それというのも今回エマーソンが放った2人の刺客は、戦闘のプロフェッショナルだからである。


 疾風のバルドー。幻惑のミュッセン。


 この2人は同じ魔術結社クロノスに所属するエマーソンの同期であり、世界最高峰の魔術師と評される実力者だった。

 基本的に他人を認めることのないエマーソンであるが、今回の2名の戦闘能力に関しては絶大な信頼を寄せていたのである。


(さてさて。どんな結果になっているか楽しみです)


 2人の刺客には撮影用の魔道具を与えて、戦闘の様子を記憶するように依頼してある。


 世界最高峰の魔術師を2人同時に相手にして、アベルという少年が何処まで戦えるか?


 今回の結果で、アベルという少年の正体を掴むことができるに違いない。

 胸を高鳴らせながら、エマーソンが彼専用の地下研究室に戻った直後であった。


「すまない。邪魔しているぞ」

「なっ――!?」


 エマーソンは絶句していた。

 何故ならば――。
 部屋に入るなりエマーソンの視界に入ってきたのは、優雅にコーヒーを嗜んでいるアベルの姿があったからである。


「一体どうやって入ってきたのです? この部屋に施した結界は2つ、3つでは効かなかったと記憶していたのですが」

「そうか。あれは結界のつもりだったのか。すまんな。ペラペラの紙でも挟んでいるのかと思ったよ」

「…………」


 エマーソンは主として、物体を変化、強化させることに長けた『黒眼』の持ち主である。

 当然、他人の目を欺いて寄せ付けない空間を作成する『結界』については専門領域だ。

 その為、彼の作り出した『結界』を破ることができる人間は、魔術結社クロノスの同胞の中にもそう多く存在していない。


「残念。やっぱりアベル君には敵わないなぁ。それで一体、ボクに何の用なのかな?」


 しかし、不測の事態を受けてもエマーソンは冷静だった。
 こういったケースにおいて重要なのは、闇雲に取り乱して相手にペースを握られないことである。


「単刀直入に言う。今すぐに俺の監視を止めろ」


 静かに、だが、確かな意思が感じられる声でアベルは言った。


「ははは。何のことか分からないなあ」

「とぼけても無駄だ。お前の仲間が洗いざらい吐いてくれたよ。ここ最近、俺を監視するための魔道具を飛ばしていたのはお前だったのだろ?」

「――――ッ!?」


 その時、エマーソンはアベルという少年に対して底知れない恐怖を抱くことになった。

 2人が戦いに負けるということ自体が信じられないことなのだが、それ以上に信じられないのが、2人が口を割ったことにあった。


 洗脳魔術の類を使用したのか?


 戦闘のプロである2人が依頼人の名前を吐くようなことは、絶対に有り得ないはずであった。


「……もし、断ると言ったら?」

「今この場でお前を殺す」

「────ッ!?」


 瞬間、エマーソンは全身の血液が全て逆流したような錯覚に見舞われた。

 悪寒が広がり、筋肉が硬直する。

 これは、殺気だ。

 そう気付いた時、エマーソンは手の震えを抑えられずにいた。


「……分かりました。今回はボクの負けです。アベルくんの要求を全面的に受け入れましょう」


 尋常ではない殺気に当てられたエマーソンは、喉の奥から絞り出したかのような声で回答する。


「そうか。それは良かった」

「……1つ聞かせて下さい。キミの目的は何なのですか? どうしてウチの学園に?」


 エマーソンにとって理解ができなかったのは、アベルほどの人物がどうしてレベルの低い学生たちに混ざっているのかということであった。

 
「俺の目的は『平穏な学園生活』を送ることだ。それ以上のものは何もないよ」

「ハハハ。正気ですか?」


 予想外の返答を受けたエマーソンは、メガネの奥の瞳を僅かに曇らせる。

 自分と同等か、それ以上の才能の持ち主が、一介の学生の中に埋もれていて良いはずがない。


「アベル君。キミの力があれば何だって手に入る! そうさ! その気になれば、この世界を自分の思うままに変えることだってできるのですよ!」


 その言葉は半分、エマーソンの願望であった。

 無能な老害を隅に追いやり、自分を中心とした世界を作ることはエマーソンの悲願であった。

 だが、残念ながらエマーソンにはそれだけの力がなかった。

 どんなに才能に長けていたとしても1人の人間が世界を変えられるような時代は、とっくに終わりを告げていたのである。

 少なくともエマーソンは、今この瞬間まではそう考えていた。


「……世界の変革か。そんなものには興味ない」


 それだけ言い残すと、アベルはエマーソンの研究室を後にする。

 誰もいない研究室、エマーソンは立ち尽くしていた。


 なんという殺気だ。


 現存する魔術師たちの中でも、最強の名を冠するものたちが集うとされる、《魔術結社クロノス》に所属するエマーソンは、これまで数多の分野の『天才』たちと相対した経験があった。

 だがしかし。
 アベルの放つ異質な雰囲気は、これまでエマーソンが出会ってきた天才たちとは一線を画す。
 
 その全てを一瞬で過去のものにするほど苛烈なものであった。


「ハハハ……。こんなもの……。あの2人如きでは相手が務まるはずがないですね……」


 両手にはまだ震えが残っている。

 不意に違和感を覚えて服を捲ると、エマーソンの体は夥しい量の汗で滲んでいた。


「……アベルくん。やはりキミは素晴らしいよ」


 不思議と清々しい気分であった。

 どんなに手を伸ばしても届きそうにない壁が傍にある。

 その事実は次第にエマーソンの胸の鼓動を早めていく。

 これまでにない充実感に満たされたエマーソンは、自らの頬が緩んでいくのを抑えることができないでいた。


「ふふふ。アベル君。何時かボクは、必ずキミを超えて見せる……!」


 鏡の前に立ったエマーソンは1人、不敵な笑みを零すのだった。

「劣等眼の転生魔術師 ~ 虐げられた元勇者は未来の世界を余裕で生き抜く  ~」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

  • アニメ化お願いします

    0
  • うぇーい乁( ˙ω˙ 乁)

    アニメ化はよ!まだ1巻かい!もーおそいよー!

    3
  • スピカ

    うんうん(。。(º º(。。(º º
    これはアニメ化するしかないね

    8
コメントを書く