劣等眼の転生魔術師 ~ 虐げられた元勇者は未来の世界を余裕で生き抜く  ~

柑橘ゆすら

鬼ごっこ



 さて。
 俺がこの世界に転生してから数日が経った。

 今日まで俺はこれと言って大きな事件に巻き込まれるようなこともなく、毎日を有意義な時間を過ごすことができている。

 朝はリリスと一緒に朝食を頂き、昼は書庫で魔術の勉強。

 リリスの作り置きの昼食を食べた後、少しだけ休憩。
 目が覚めたら書庫に籠り更に勉強をしながらリリスの帰りを待つ。これが俺の今のところの日常だ。

 なんと言っても俺はこの200年間、ひたすら眠っていたのと同じようなものだからな。

 やるべきことは山積みである。

 しかし、この昼下がりには1つだけ、回避不可能な強制イベントが存在していた。


「へへーんっ! 今日も来てやったぜ、ひよこ野郎!」


 扉をドガーンと開けて乱入してきたのは焦げた飴のような金髪を持つ近所の悪ガキである。

 このボンボン貴族(弟)は、あの日以来ほぼ毎日のように、俺の勉強の妨害に来ている。

 まぁ、テッドの気持ちも分からなくもない。
 おそらくこのボンボン貴族(弟)は、同年代の遊び相手が欲しくてたまらないのだろう。


 俺はパタンと本を閉じる。


 だが、しかしだ。

 もちろん俺にはテッドの遊びに付き合ってやる義理はない。


「あ、おい! 待てよ! えっと、平民!」


 悪いな。ボンボン貴族(弟)。
 生憎と俺は子供に構っていられるほど暇じゃないんでな。

 俺は身体強化魔術を使って脚力の強化を図ると、窓の外から飛び出して、隣に建てられた家の屋根の上に着地する。


「うえええええ!? お、お前、なんだよ! その動き!?」


 まだまだ本調子には遠いが子供の体の扱いにも随分と慣れてきたな。

 全盛期の時の100分の1にも満たない身体強化魔術であるが、ボンボン貴族(弟)を驚かせるには十分なものだったらしい。


「くそっ! オレだってやってやるぜ!」


 テッドは俺の動きを真似して窓から飛び出した。

 ふむ。
 一応、身体強化魔術は使えるみたいだな。

 しかし、魔力を流す出る速度が出過ぎだな。全く基本が出来ていない。

 身体強化は魔力を身に鎧のように纏う魔法。
 そして魔力は体内から放出される水のようなもの。

 これでは魔力を悪戯に浪費しているようなものだ。


「うぎゃあああああああああ!」


 うわぁ……。
 だから言わんこっちゃない。

 未熟な魔術で俺の動きを真似しようとしたテッドは、飛距離が足りずに近くの茂みの中に落ちていくことになった。


「……おい。大丈夫か?」


 まさかとは思うが死んではいないよな?

 勘弁してくれ。
 いくら相手に非があるとは言っても、貴族の身にもしものことがあったら面倒事は避けられない。


「おらぁっ! 待てや! ひよこ野郎!」


 ほほう。
 これは俺の方が少しテッドのことを侮っていたのかもしれないな。

 このボンボン貴族(弟)、意外にタフである。

 額に草の葉をつけながらも茂みの中から姿を現したテッドは、俺に向かってイノシシのように真っすぐ突っ込んできた。

 さて。どうしたものかな。
 避けることもできるし、転ばせることもできるが、面倒だな。

 俺は無言のまま、跳び箱、ないし馬跳びの要領でテッドの上を軽く飛び越える。


「ふぎゃああ!」


 テッドは体勢を崩してその場にうつぶせで倒れた。

 派手に転んだようには見えるが、手加減はしたので大したダメージもないだろう。


「な、なんだよ! ヒヨコ野郎のくせに! ムカツク! ムカツクよおおおお!」


 お前はもう少しボキャブラリーを身に着けるべきではないだろうか。

 怒りの感情を露にしたテッドは、駄々をこねるようにして地面の上を転がり回る。


「ドンマイだ。まぁ、お前も後20年くらい真面目に修行すれば、それなりの使い手になれるんじゃないか」


 子供相手だ。多少は慰めておこう。
 よく考えれば、この世界の魔術師たちの平均的なレベルが分からんな。


「コノ! コノォォォ! オレの舎弟のくせにーっ!」


 増々と悔しがるテッド。
 いやいや、生憎と俺はお前の舎弟になった覚えはないぞ。

 あ。そうだ、
 もしかしたら良いアイデアを閃いたかもしれない。


「ふむ。テッド。お前の舎弟になってやってもいいぞ」

「お! おおおおっ! ついにヤル気になったか! 褒めて遣わすぞ!」

「ああ。ただし条件がある」


 俺は開いていた本をパタリと閉じてから、自分の首に巻いてあるマフラーに視線を移す。

 リリスに教えてもらって以来、すっかり俺はこのマフラーという防寒具を愛用するようになっていた。

 もともとこの地域は標高が高く、一年の半分くらいは雪に囲まれているような場所なので、使い勝手の良い防寒具は有難い存在だった。


「そうだな。このマフラーを日没までに俺から奪い取れたら舎弟になってやろう」


 いずれにしてもボンボン貴族(弟)は、俺の勉強を妨害に来てしまう。

 ならばいっそ運動の相手として利用してやった方が互いに有意義な時間を過ごせるような気がする。

 ちょうどこの時代の魔術師がどれだけ才能を持っているのか、調べる機会が欲しいと思っていたところだったんだよな。


「よっしゃ! そのマフラーを奪えば良いんだな! 楽勝だぜ!」


 テッドもヤル気のようだ。
 しかし、お前のその自信は一体どこから湧き上がってくるんだ?


「では、用意──どん、だ」

「行っくぜぇぇぇ!!」


 俺が身体強化魔術を使って民家の屋根に飛び移ると、テッドは近くにあった木箱を伝って上にいる俺の後を追いかける。

 テッドとの屋根の上の鬼ごっこが始まった。

「劣等眼の転生魔術師 ~ 虐げられた元勇者は未来の世界を余裕で生き抜く  ~」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

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コメント

  • HomiHomi

    かっこいい

    1
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