A.way

羽衣石みつき

屋敷

 異様なほど長いテーブルには食器が二人分だけ並んでいる。

 銀色の髪、それに似合わず、大人びた真っ黒な瞳、俺より少し年齢は上だろう。
 紫のドレスに黒いカーディガンを羽織った、どこか妖艶さをも感じさせる表情をした目の前の女――アダルシファーに「さ、早く座って」と促され、高級そうな椅子に恐る恐る腰掛ける。

 広すぎる部屋に二人きり、というのはどうにも落ち着かず、食事が始まってもしばらく俺はソワソワしていた。

 どうやらアダルシファーは、この広すぎる屋敷に一人で暮らしているらしい。
 常識的に考えれば、ここまで広い屋敷に一人暮らし、というのは少々奇妙さを感じざるを得ないが――そもそも、この世界での常識、というのをそもそも俺は知らないのだ。


 実際、この世界に来たのはたった数時間前。
 元の世界――つまり、俺が先程まで暮らしていた世界で、俺は数時間前、とある少女を守るためにとある男に殺された。そう、確かに殺されたはずだったのだ。


 けれど、俺は次の瞬間、つい一秒前とは全く違う世界にいた。
 石造りの建物が立ち並び、エルフやドワーフと思しき亜人族が街を行き交う。

 そこは間違えようもなく、アニメなんかで目にしたことがあるような、"異世界"そのものだった。

 あんなにシュミレーションしていたというのに、どうしていいか分からずに道のド真ん中でオロオロしていたところを、このアダルシファーに見つかり保護された。

 アダルシファーは数秒俺の目を見つめたあと、何も聞かれず、ただついてくるように言い、うしろをしばらく歩いていくと、見たことのないほど大きなこの屋敷に案内された。


 それで、現在に至る。
 俺よりわずかに先に食事を終えたアダルシファーが少し紅茶をすすったあと、思い出したように手を打った。

「ねえ君、レベルはいくつ?」
「レベル?」

 アダルシファーの言葉に首を傾げる。

「ええ、親指と人差し指で輪っかを作って、コインを弾くように勢いよくふたつの指の先を離すと出てくるはずなのだけど」

 言われたとおりにしてみる。

「うおっ! なんだこれ」

 ゲームのステータスウィンドウみたいなやつが出てきた。

「それ、私には見えないの。読み上げてくれる?」

「は、はい。えーっと、名前は、スピカ」

 スピカ。なんかの星の名前だった気がする。

「レベルは、1ですね」

 残念すぎる……。

「……なるほどね。分かったわ。他にも聞きたいことはあるし、君もまだまだ知りたいことはあるだろうけど、夜も遅いし、とりあえず明日にしましょう。部屋に案内するわ」

「は、はあ……」

 椅子から立ち上がり、俺はアダルシファーのあとをついて行った。


 長い廊下を歩き、階段を上る。
 とんでもない部屋の数だ……。やはり、この家に一人で住んでいるというのはどこか引っかかる。が、違和感を隠して俺は歩き続けた。

「この部屋よ」

 アダルシファーが扉を開ける。中は意外と、質素な作りだった。ベッドが一つ、その隣には机。家具はそれだけで、そこまで広くもない。その方が、広すぎるよりかえって落ち着いた。

「お風呂もあるけど……入る?」

「あー、いえ。大丈夫です」

 そんなふうに返事をすると、アダルシファーは「そう」と微笑んで部屋から出ていった。

 正直に言って、俺はアダルシファーへの不信感を拭いきれなかった。

 どう考えてもおかしい。
 この広い屋敷に一人で住んでいることや、名前も知らぬ俺を保護したこと。
 何より、直感がそう告げているのだ。

 アダルシファーは、危険だと。

 俺はベッドに寝っ転がり、この先のことを考えようとした。
 しかし、何故か直後に物凄い睡魔に襲われ、すぐに目を閉じてしまった。

 遠くから、甲高い声で高笑いが聞こえた気がした。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品