偽りの涙

木市 憂人

連続再生

「あたし……泣けないん……だよねぇ…」
まだ2人の背中は光で照らされている。
「…………どうゆうことよ?」
「そのままだよ。涙が出ないの。ずっと、ずっと前から」
「……うーん。自分が泣くことを抑えてるからじゃないの…か
な。」
あぁ、また、これか。
でも普通がこれだろう。
「涙ってね、心が大きく揺さぶられるからでんのよ。」
「そうだよねー。でも、苦しいの。泣けないのは。私は十分に感傷的。だから、その、病院に行ったらなにかわかるから………行こうと思う。」
「行って満足するなら行ってきな。」
「うん…」
これでいいんだっけ、と思いながら、歩いた。明日、近所の眼科に行こう。土曜日だし、学校は休みだ。
その夜美桜はベットに寝転んでから5分たたずとして眠りについた。

日差しの強い2月29日。午前7時30分。着替えて、バターと蜂蜜をぬったトーストを1枚サッと食べ終え、歯を磨いて、8時5分。
病院は予約していないがいつもそんなに混んでないだろうからそんなに待たなくて済むはず。
中里眼科クリニック。家から自転車で10分くらいだろう。
9時から開くはずだ。9時に出ればいい。

「行ってくるー。」
「はーいー。」
母はいつも通りだった。
自転車をこぐ、こぐ。
おろした髪が風になびいた。
冷たい風が頬をなでる。
そういえば今年の冬は暖かい。
冬の終わり頃に気づく。
荒れた道をゆく。

「予約はされてますか。あ、そうですか、ではこちらに記入をお願いします。」

どういった症状ですか。
   -涙がでない。

それはいつからですか。
   -生まれてからずっと。
色々と記入した。

少し経って美桜は視力を測った。
右 、2.0
左、1.5
視力がいいのははじめからわかっていた。その後眼圧も測った。
それも正常だった。
それらを経て診察室に入った。
「んーん。視力、眼圧共に正常、と…。でー、涙が出ないんだねーぇ…?」
お年寄り、だ。肉眼でわかる眼鏡のキズ。9割が白髪で声も少しかすれ気味。言っちゃ悪いが少し心配である。
すると先生は目にライトを当てたりなどして、ひたすらに「うーん。」と連呼した。
「ドライアイじゃないのかねぇ。そういうのは誰もが1度は経験するものらしいがねぇ。あれだ、あれ。シェー…………シェー、シェー何とか、あれぇー、何だっけな。」
よく喋る年寄りだ、と思ってしまった。「シェー、何とか」というのはおそらく前にネットで見たシェーグレン症候群。いつまでたっても出てこないので美桜はイラッとして
「……………シェーグレン症候群、ですか。」
もちろん顔は笑顔で。
「シェーグレ…そう、それだよ!それの可能性が大きいねぇ。」
「そうですか….」
別に驚かない。
「ん、でもこんな小さい所では診てやれないよ。ごめんね。」
「あ、は、はい。」
「あー。あこだ、あそこの大きな病院。えーっと、そう、新明医療センター。」
東の方を指差した。新明医療センターといえば最近できたかなり大きい病院だ。先生がみんな若いんだとか。
「予約入れときますね。そこで見てもらってください。お大事に。」
笑顔の絶えない方だなあ、と思った。
診察室を出て時計を見ると来てから30分も経っていなかった。
なんだ、スッキリしないな。
モヤモヤする。
お母さんにまた言わないと。
あー。また言われるのかな。
"ホントの悲しみ" "ホントの喜び"
そんな言葉聞き飽きた。ノイローゼになりそうだったあの頃。今はまだ強くなった方。
繰り返し脳内再生される数々のシーンが美桜を潰していく。

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