天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

涙が、止まらなかった

 言葉を、失った。ウリエルは茫然と立ち尽くす。思考は真っ白になり、ただ疑問だけが空回りしていった。

(人を、見下している?)

 思ったことはなかった、大切だと思ったことはあっても見下しているなど思ったこともなかった。愛し、守りたいと思った。でもそれは、自分よりも下だと決めつけていたからなのか。

 分からない。思考の歯車が抜け落ちて針が一向に進まない。

 自分が、分からなかった。

「人は、お前が思っているより弱くはない。彼らに翼はないが、自分で立つ足がある」

 空白となったウリエルに、ルシファーの言葉が溶け込んでいく。

「お前が言った通り、人間には善き心と悪しき心がある。時にお前の気持ちを裏切り、踏みにじるだろう。けれど、同じ心が善行に輝き未来を作っていく。悪しき心を封じることは、善き心を封じることも同然だ!」

 善悪は表裏一体。独立しては存在できない共依存きょういぞん

 良き心も悪しき心も同じ心。どちらかだけを封じることなど不可能だ。

 人類管理による平和、笑顔の実現はその時点で破綻している。

 人の笑顔を殺しているのは、自分自身だ。

「私は……」

 正義が道をさまよっている。どこを向けばいいのか見失い、途方に暮れる。

 行き着く答えは、自分を信じることだった。

「違う!」

 間違っていない。自分が信じた理想は間違っていないのだと、そう信じ、突き進む。

 思いとともに、無価値な炎を打ち放った。

「私はもう、悲しむ人を見たくないだけだぁああ!」

 ウリエルが放つ膨大な無価値な炎の奔流。それは直径で三メートルほどもある巨大な爆炎だった。でかい。それがとてつもない勢いでルシファーに迫る。

「お前の理想は正しい」

 だが、彼は動じていなかった。その目はまっすぐと青い炎を見つめ、その先にいる彼女へ言葉を送る。

「だが、幻想だ」

 ルシファーは片手を頭上にかかげ、新たな力を発現する。

「第六の力!」

 ルシファーがセフィラーを発動した直後、彼は無価値な炎に飲み込まれた。

 直撃! 勝った! ウリエルの意識が確信に埋まる。

「な!?」

 しかし、直後それはあっけなく砕け散った。

「無傷!?」

 無価値な炎が消えた先、そこには変わらぬ姿でルシファーが浮いていたのだ。黒いマントを波立たせこちらをまっすぐに見つめている。

「終わりだ」

 ルシファーが飛びウリエルに迫る。彼の魔剣にウリエルは切り裂かれた。

「がっ」

 胴体に傷がつき彼女は落ちていく。空を見上げ手を伸ばす。

 ウリエルは落下する中で、斬られた痛みよりもさきほどのことを考えていた。

 自分が信じてきた理想、正義、それは果たして正しかったのだろうか? 正しいと思っていた。周りもそう言っていた。

 でも、その正体は? 怒りに我を忘れ、破壊する中で、大切なものも失っていなかったのか?

 自分の道は、どこに向かっていたのか。

 大きな疑問を抱いたまま、彼女は城下町に墜落した。一軒の屋根を突き破り木製の床に激突する。瓦礫を下敷きにしてウリエルは仰向けに倒れていた。

「う……」

 斬られた痛みと全身のしびれに身動きが取れない。羽はだらしなく垂れ、全身が縛られているようだ。

 その、時だった。

「ねえ、大丈夫?」

 物陰から少年が現れ、近づいてきたのだ。ウリエルは警戒しようとしたが出来なかった。あまりにも、その子には敵意というものがなかった。純粋な目だった、本当に。

「駄目、早く離れなさい!」

 子供が出てきた物陰から母親らしき女性が顔を出す。必死に子供を引き戻そうとするが、少年は下がらなかった。

「でも、困ってる人は助けないと駄目だって、お母さん言ってたよ」

「…………」

 彼の一言に、母親も彼女も、なにも言えなかった。

 ウリエルは、泣き出した。

 見失っていた優しさに触れて、大切なものを思い出した。

 あった、ここに。彼女の愛していたものが。

 それを自ら壊そうとしていたこと、それに気づけなかったこと。

 敗北して、ようやく見つけた。

 涙が、止まらなかった。

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