天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

これが、戦場で輝く究極のセフィラー!

 ルシファーはゆっくりとガブリエルに向き直った。彼の目がガブリエルに向いた時、彼女の危機感が一瞬で最大まで膨れ上がった。まずい。そう思うが剣は握られている。逃げられない。

 やむを得ない。ガブリエルは剣から手を離し空間転移を行なった。ガブリエルがいた場所をルシファーの剣が通過したのはその後すぐだった。

 ガブリエルは離れた場所に出るなり叫ぶ。

「ラファエル!」

「分かってるわ!」

 ラファエルはサリエルに手を向け己が授かった力を発動した。

栄光へと至る第五の力エイス・セフィラー、ホド!」

 ラファエルの手の平が優しい光を発する。サリエルの傷口も同じ光で包まれ瞬く間に傷が塞がっていった。

「しくじった」

「油断しないで」

 サリエルの悪態に余裕のない声でラファエルは応える。

 ルシファーは握っていた剣を捨て手を開閉させた。手の平には切り傷があり血が垂れている。しかしその手がラファエルと同じ光に包まれ傷は完治した。

 ルシファーも自分に栄光へと至る第五の力エイス・セフィラー、ホドを発動したのだ。

 その後ラファエルを睨みつける。ラファエルは視線に圧されながらも気丈に彼をにらみ返していた。

「ラファエルを守りながらいくぞ」

 ガブリエルが指示を飛ばす。回復手段を持っている仲間は戦場では特に貴重だ。彼女さえ無事なら多少の無茶は帳消しだ。死んでも死なない。

 ラファエルの前にガブリエル、サリエルが立つ。ガブリエルは空間転移で自分の剣を手元に出現させた。それを持ち片手で構える。

 サリエルも鎌を回してから構え、二人の背後ではラファエルが光矢を弓にセットしルシファーを真っ直ぐに狙っていた。

 ルシファーは三体分の戦意と対峙する。それに負けないほどの膨大な感情が胸の奥で渦を巻き、混濁となった情念は攻撃的な意志と直結する。

 互いに回復手段持ち。このままでは戦いは長引く。どちらがさきに致命の一撃を入れられるかが先決だ。

 しかし二体はラファエルを守る形で戦い、倒すたびにラファエルが回復するのだから厄介だ。ルシファーも戦いながら自身に掛ければまず負けない。

 この戦い、長期戦になる。

 誰もがそう思った。

 その予想を、覆す。

 ルシファーは片手を上げた。理想と正義を果たすため、仲間の死に報いるため、彼には勝利が必要だ。

 ガブリエルとサリエルが突撃した。一六枚の羽がルシファーに迫る。

 ルシファーが望んだもの、それはかけ離れたものになってしまったかもしれない。叶えたかった願い。それは望めば望むほど、走れば走るほど逆行していく幻だったのかもしれない。

 この戦場に、見たかった笑顔はない。

 あるのは敵意と死体だけ。理想を求めた自分すら変わってしまった。

 平和も人々の幸福も、どこにも見当たらない。仲間を裏切ってまで手に入れようとした夢は、もう手の届かない彼方まで離れてしまった。

 ぜんぶ、自分が引き起こしたせいだ。正義だと信じ、自分の心が望んだ道を選んだこと。それは取り返しのつかない罪だった。

 だが、

 しかし、

 だとしても。

 彼には、勝利が必要だ。

 不格好でも、無理だとしても、いつの日かこの道が人々に笑顔を与え、それが叶うと信じているから。

 これが、戦場で輝く究極のセフィラー!

勝利を引き寄せる第七の力セブンス・セフィラー・ネツアク!」

 彼は発動した、抱いた理想を貫くために。自分の道は間違っていないと信じているから。

 平和な世界にしたいという願いが、間違っているはずがないのだから。

 絶対勝利の法則。

 後の聖騎士ヤコブの神託物が用いる『勝利を引き寄せる第七の力セブンス・セフィラー・ネツアク』は勝率を上げるセフィラーだ。

 コイントスを行なえばその的中率を五割から六割、七割と増やすことができる。勝利を引き寄せるそれは運命や因果律といったものへの干渉だ。

 だが、ルシファーが用いる場合に限り、『勝利が確定する』。

 ルシファーは剣を構え迫る二体へ駆けた。二体の間を高速で飛び抜けラファエルの横を通過する。

 一瞬の出来事。時間操作ではない、純粋な超加速だ。三体ともルシファーの動きに反応できず、認識すらできなかった。

 そして、三体は重傷を負った。

 なにが起こったのか分からぬまま敗北を突きつけられていた。まるで意味不明なジャッジキル、一対一の決闘で突然背後から刺されたような不意打ち。

 実際、斬られたのになぜ斬られたのか分からない。

 それもそのはず、この勝負に意味はない。決まった勝利に過程が無理やり合わせただけの、不条理で、達成感も感動もない、形だけの勝利だ。

 ルシファーの背後で三体が落ちていく。空を睨みながら手を伸ばす。けれどそのさきにいる男には届かない。

 ルシファーは落下していく三体を睨みながら見下ろしていた。彼らの体が地面に衝突するも起き上がる気配はない。仕留めるならば今。ルシファーはラファエルに狙いを定め剣を構えた。

 だが、輸送艦から重力リフトが投射され三体に当てられた。回収するつもりだ。

「くだらん」

 それよりも早くに倒す。ルシファーはすぐさに降下しようとしたが、四つ目の重力リフトの光が自分の目の前に当てられた。そこから影が一体送られてくる。

「お前は……」

 ルシファーの前に現れた者。その者が、烈火の気迫と共に睨みつけてきた。

「世界を平和にするという理想のため、神の愛に応えるため、それが私たち天羽の正義。しかし、お前は神を否定し、平和を乱した」

 彼女は白い長髪を揺らし、戦意を爆炎のように発していた。

「二度と理想を語るな、裏切り者め」

 地上戦の英雄、新たな四大天羽。ウリエル。悪を燃やし尽くす正義の体現がそこに浮いていた。

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