天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

これが正義か!?

 四六時中、起きても寝ても嘆きが流れ込んでくる。ルシフェルはおかしくなりそうだった。頭が割れそうだ。怒りに我を忘れそうになる。悲しみに胸をえぐられる気分だ。

(これが正義か!?)

 叫ぶように自問する。これまで信じてきたものの正体へ、糾弾するかのように。

(これが、私たちの理想か!?)

 責めるように自問する。これまで目指してきたものの結果へ、非難するかのように。

 ルシフェルは立ち上がった。歩いてみるものの足取りは不確かで壁に手をつく。歯止めの利かない感情の流入に苛まれながらもルシフェルは謁見の間で天主イヤスとした会話を思い出していた。

 結論として、自分では神の意向を変えることはできなかった。それどころから指揮権を剥奪されこの様だ。

 なにもできない自分。

 無価値な自分。

 なんとかしたいと思うのに、なにもできない。

 不甲斐ない。やり場のない怒りと悲しみだけが貯まっていく。

 そんな一週間だった。

 だが、この部屋に一週間ぶりの変化が起こった。

 部屋がノックされる。ここに来て初めてのことだった。

「少し待ってくれ」

 誰だろうか。ルシフェルは気分の悪い意識を気丈にも整える。次に念じることで着替えを済ませた。服装が瞬時に装着される。気品のある白のロングコート。白のズボンにはシミ一つない。

「入ってきてくれ」

 ルシフェルの声に合わせて扉が開かれる。そこから現れたのはアモンだった。青の短い髪に人なつっこそうな瞳は相変わらずだ。

「よう兄貴」

「アモン?」

 彼の登場にルシフェルの眉間にしわが寄る。軟禁中の今、会いに来るのは監査庁の者と予想をつけていたが彼の所属は別のはずだ。サリエルが面会の許可を出したのだろうか?

「なぜおまえがここにいる? 見張りはどうした?」

 本来面会には見張りの者が一人以上はつく決まりだ。それでルシフェルは聞くがアモンはばつが悪そうに頭を掻いている。

「いやー、それはちょっとね」

「まったく、お前というやつは」

 どうやら黙って忍び込んだようだ。どうやって正面から入り込んだのかは知らないが悪知恵の利く男だ。

「まあ俺のことはどうでもいいじゃないですか。それよりも兄貴の方だ。驚いたぜ、捕まったって聞いてね」 

「それで心配しに来てくれたのか?」

「時間はかかっちまったがな」

 飄々とした態度をしているがアモンなりに案じてくれていたようだ。こうして忍び込んでまで来てくれたことといい、本気で心配だったのだろう。

 以前の助言を無駄にしてしまったことを胸中で申し訳なく思った。

「大丈夫ですか?」

「…………」

 アモンの質問にルシフェルは目を逸らした。正直に告白すれば大丈夫というわけではない。さきほどまで発狂する寸前だった。

 こうして会話ができているのはそんな姿を見せたくないという一心だけだ。なんとか乱れる精神を理性がつなぎ止めている。

 ルシフェルの中身はぼろぼろだ。それがアモンにも伝わったらしく寂しそうに目が泳いだ。

「なあ兄貴」

 不穏な空気が漂う。アモンの言葉は弱々しく、同時に緊迫していた。それだけで彼がなにを言おうとしているのかルシフェルには分かる。

「現在天羽を統括しているのはガブリエルなんだが」

「アモン」

 アモンはそのまま話し出そうとするがそれは危険だ。

「心配しに来てくれたのは嬉しいが、もうここから出た方いい。この部屋は監視されている、それ以上は」

 ルシフェルがここにいる理由は外界との遮断だ。それにここは監査庁。当然不審なやりとりがないか監視、ないし盗聴はされている。

 忍び込んだだけでも規則違反だというのにこれ以上の情報提供は重罪だ。冗談では済まされない。

 だが、アモンは指摘に悪びれた様子はなく扉へと歩き出した。そのまま扉を開ける。

 そこには槍を持った見張りの天羽が立っていた。背中姿がルシフェルからは見えるがしかし動きは見られない。

 ルシフェルに情報提供をしようとしたアモンが近くにいても注意どころか振り返ることもしなかった。

 代わりにアモンが振り返る。

「大丈夫さ、今の見張りはこちら側だ」

 そう言うアモンにも見張りは無反応だった。どうやって正面から忍び込んだのかと思ったが理由が判明する。

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