天下界の無信仰者(イレギュラー)
葛藤
明けの明星、ルシフェルよ。あなたは天から落とされた。
知恵に満ち、慈愛に溢れ、すべての者から愛されていたにもかかわらず。
なにゆえあなたは墜ちたのか。黎明の者、光を運ぶ者、ルシフェルよ。
あなたはなにゆえ、墜ちたのか。
*
翌日、ルシフェルは天羽長室の机に座っていた。両肘を立て、手の甲に額を乗せる。
昨日、初めての地上侵攻が行われた。そこで人々の恐怖を知った。怯えて、苦しんで。
そんな彼らの死を見た。一方的な殺戮を目の当たりにした。抗議も弁明の機会も与えられぬまま、彼らは悪だとして断罪された。
それも多くの人たちが。事の発端とは無関係で、ただそこに暮らしていたというだけで。
死んだのだ。
殺されたのだ。
一方的に。
慈悲も、慈愛もなく。
ただ、一方的に。
ルシフェルの胸が、暗い底に沈んでいく。
彼らに、罪はあるのか? もとより、こちらの押しつけの正義をはねのけ、自由を守ろうとしただけなのに。
そう、いつだって心の奥底で感じていたはずだ。自分たちの行いは真に素晴らしいことなのかと。
平和という大儀を掲げ人類に自分たちのルールを押しつける。そんなものが手放しで賞賛できるような正義なのかと。
そして、その正義に反対したというだけで、それは悪なのかと。
彼らは、ただ必死だっただけだ。
神の愛を踏みにじったのが先か?
それとも、彼ら人間の意思を踏みにじったのが先か?
彼らは、本当に悪なのか?
その時、扉がノックされる音が響いた。扉は開けられ一人の男が入り込んでくる。
青い髪をした青年だった。二十代の半ばごろ。髪は短く横髪は耳に当たらない。毛束は跳ね、表情もいかにも活発そうな男だった。
体型はスマートだが発達した体は白い上着の上からでも分かる。お揃いの白い長ズボンを履き、男は明るい声で話しかけてきた。
「よう兄貴」
「アモンか?」
懐かしい知り合いだった。彼は兄貴と呼ぶが兄弟ではない。ただそう呼んでくれるほどにルシフェルのことを慕っているだけだ。
久しぶりの再会にルシフェルの表情も少しだけ柔らかくなる。
「久しぶりだな、いつぶりだ」
「ここんとこ全然顔出してなかったですからね。ここは変わってねえな」
アモンは部屋を懐かしそうに見渡しながら歩いてくる。お気軽な雰囲気で本当に兄弟の部屋に遊びにきたみたいだ。
その目がルシフェルを見つけると動きを止めた。
「だが、兄貴はずいぶんと苦心してるみたいじゃないですか」
砕けた雰囲気に芯が通る。どうやらここからが本題のようだ。アモンの意識がわずかばかりに引き締まったのが分かった。
「噂になってるぜ。昨日、ウリエルの行動を止めようとしたんでしょう? あの引きこもり、派手に暴れやがって。しかし注目度は抜群だ、人間たちに不満を持ってた連中は大絶賛ですよ」
それはルシフェルの知らないことだったが、言われてそうだろうなと自然と納得できた。
もともと人間たちに不満を持っている者は多かった。天羽を殺害されたのだ、憎しみを抱いても無理はない。
そんな中、ウリエルは単身地上に降り仇を討ったのだ、賞賛されるのは当たり前のことだった。
「あいつの人気は急上昇。まあそういった場合下がるのも早いわけだが、とにかくあいつは今じゃ人気者さ。それでだ兄貴、そいつの邪魔をしたとして、あんたに対し不審を持つ不届き者が少なからずいるって話だ」
昨日の行動は客観的に見て利敵行為だ。非難の目を向けられることも、また当然と言えた。
「……だろうな」
「気をつけてくれよ兄貴」
アモンは本当にルシフェルのことを心配しているようで声は若干苦しそうだった。ルシフェルに近づくとアモンも両腕を机の上に置いた。
「ここだけの話なんだが……」
顔が近い。声もなりを潜め、アモンは警戒を露わにする。
「監視委員会のサリエルが、すでに兄貴に目を付けてるらしい」
「サリエルが?」
アモンは机から離れた。ルシフェルは眉間にしわを寄せながら彼を見上げる。
「あれで仕事にはまじめな男だ。だから四大天羽も務まってる」
普段粗暴な言動が目立つ彼だが仮にも四大天羽。それなりの理由はある。
「優秀でなによりだ。それを私に伝えるために?」
「挨拶するためだけに来たと思うかい?」
「ふ、それでもよかったんだがな」
「は、そりゃそうだ」
アモンは両腕を広げアピールした後スッと下ろした。
知恵に満ち、慈愛に溢れ、すべての者から愛されていたにもかかわらず。
なにゆえあなたは墜ちたのか。黎明の者、光を運ぶ者、ルシフェルよ。
あなたはなにゆえ、墜ちたのか。
*
翌日、ルシフェルは天羽長室の机に座っていた。両肘を立て、手の甲に額を乗せる。
昨日、初めての地上侵攻が行われた。そこで人々の恐怖を知った。怯えて、苦しんで。
そんな彼らの死を見た。一方的な殺戮を目の当たりにした。抗議も弁明の機会も与えられぬまま、彼らは悪だとして断罪された。
それも多くの人たちが。事の発端とは無関係で、ただそこに暮らしていたというだけで。
死んだのだ。
殺されたのだ。
一方的に。
慈悲も、慈愛もなく。
ただ、一方的に。
ルシフェルの胸が、暗い底に沈んでいく。
彼らに、罪はあるのか? もとより、こちらの押しつけの正義をはねのけ、自由を守ろうとしただけなのに。
そう、いつだって心の奥底で感じていたはずだ。自分たちの行いは真に素晴らしいことなのかと。
平和という大儀を掲げ人類に自分たちのルールを押しつける。そんなものが手放しで賞賛できるような正義なのかと。
そして、その正義に反対したというだけで、それは悪なのかと。
彼らは、ただ必死だっただけだ。
神の愛を踏みにじったのが先か?
それとも、彼ら人間の意思を踏みにじったのが先か?
彼らは、本当に悪なのか?
その時、扉がノックされる音が響いた。扉は開けられ一人の男が入り込んでくる。
青い髪をした青年だった。二十代の半ばごろ。髪は短く横髪は耳に当たらない。毛束は跳ね、表情もいかにも活発そうな男だった。
体型はスマートだが発達した体は白い上着の上からでも分かる。お揃いの白い長ズボンを履き、男は明るい声で話しかけてきた。
「よう兄貴」
「アモンか?」
懐かしい知り合いだった。彼は兄貴と呼ぶが兄弟ではない。ただそう呼んでくれるほどにルシフェルのことを慕っているだけだ。
久しぶりの再会にルシフェルの表情も少しだけ柔らかくなる。
「久しぶりだな、いつぶりだ」
「ここんとこ全然顔出してなかったですからね。ここは変わってねえな」
アモンは部屋を懐かしそうに見渡しながら歩いてくる。お気軽な雰囲気で本当に兄弟の部屋に遊びにきたみたいだ。
その目がルシフェルを見つけると動きを止めた。
「だが、兄貴はずいぶんと苦心してるみたいじゃないですか」
砕けた雰囲気に芯が通る。どうやらここからが本題のようだ。アモンの意識がわずかばかりに引き締まったのが分かった。
「噂になってるぜ。昨日、ウリエルの行動を止めようとしたんでしょう? あの引きこもり、派手に暴れやがって。しかし注目度は抜群だ、人間たちに不満を持ってた連中は大絶賛ですよ」
それはルシフェルの知らないことだったが、言われてそうだろうなと自然と納得できた。
もともと人間たちに不満を持っている者は多かった。天羽を殺害されたのだ、憎しみを抱いても無理はない。
そんな中、ウリエルは単身地上に降り仇を討ったのだ、賞賛されるのは当たり前のことだった。
「あいつの人気は急上昇。まあそういった場合下がるのも早いわけだが、とにかくあいつは今じゃ人気者さ。それでだ兄貴、そいつの邪魔をしたとして、あんたに対し不審を持つ不届き者が少なからずいるって話だ」
昨日の行動は客観的に見て利敵行為だ。非難の目を向けられることも、また当然と言えた。
「……だろうな」
「気をつけてくれよ兄貴」
アモンは本当にルシフェルのことを心配しているようで声は若干苦しそうだった。ルシフェルに近づくとアモンも両腕を机の上に置いた。
「ここだけの話なんだが……」
顔が近い。声もなりを潜め、アモンは警戒を露わにする。
「監視委員会のサリエルが、すでに兄貴に目を付けてるらしい」
「サリエルが?」
アモンは机から離れた。ルシフェルは眉間にしわを寄せながら彼を見上げる。
「あれで仕事にはまじめな男だ。だから四大天羽も務まってる」
普段粗暴な言動が目立つ彼だが仮にも四大天羽。それなりの理由はある。
「優秀でなによりだ。それを私に伝えるために?」
「挨拶するためだけに来たと思うかい?」
「ふ、それでもよかったんだがな」
「は、そりゃそうだ」
アモンは両腕を広げアピールした後スッと下ろした。
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