天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

視野を広く持ち、大局的なご決断を

 この前代未聞の大事件を前にして、天羽長としての器量が試されてる。

 ルシフェルは険しい顔でみなに向かって言った。

「結論を言えば、私はこの件を、ジュルーム国に任せようと思う。同時に今後このようなことがないよう、法を作り上げていく。それが私の意見だ」

 彼は、己の考えを述べた。

 それは事後法にならぬよう、天羽側で裁かないということ。人類側に配慮した形だ。感情ではなく理論を優先した、今後の両者にとって最善の選択だ。

「みなの意見を聞かせてくれ」

 が、そうだと思っても百パーセントの賛同を得られないのも分かっている。欠点がないわけではない。ルシフェルはみなの意見を募った。

 それに最も早く答えたのはサリエルだった。

「ダンナ、俺から言っていいかい?」

「かまわん」

 サリエルの声にはいつになく元気がなかった。落ち込んでいるとまではいかないが大人しい。普段粗暴なこの男でもこの事件には感じているものがあるようだ。

「天羽殺しの男を裁くことが事後法だというダンナの言い分は理解できるんだ。たぶん、一番それがいい。だが、天羽の全員がそれで納得できるような理性的なやつばかりじゃない。はっきり言うと、ダンナの考えは俺の仕事が増える」

 正しい選択をしたとしても百%の賛同が得られない以上、反感を覚える者はいる。サリエルが言う俺の仕事が増えるというのは反発する者たちを取り締まる事態に発展するということだ。

「別に仕事が嫌ってことじゃない。ただ、そうなるってだけだ」

「分かっているさ」

 この決断をすればそれで終わりというわけではない。その後始末として一波くるだろう。それは覚悟して置いた方がいい。

 サリエルに続いて声を上げたのはラファエルだった。

 今までルシフェルの意見を黙って聞いていた彼女だったが、彼の選択を聞いてか彼女は話し出した。

「ルシフェル。あなたの言い分は私も理解できる。でも……」

 彼女の声は震えていた。そして、しゃべる途中に涙が頬を流れていった。涙で濡れた瞳をルシフェルに向け、訴えるように言う。

「彼女の遺体を見たわ……無抵抗のまま殺されたのよ……?」

 彼女の言葉に、ルシフェルは片膝を突いた手に額を乗せた。

 彼女は優しい天羽だったのだろう。男に暴行を加えられてもなお反撃せず、人を信じて、必死に訴え、

 最後に、殺されたのだ。

 あまりにも痛まし過ぎる。彼女のことを思うとルシフェルは気持ちが底のない穴に落ちていく感覚だった。

「それなのに、殺した本人が無実なまま生きているなんて、それはあんまりよ……」

 こぼれ落ちる涙を拭うこともせず、ラファエルは懸命に訴えていた。心が痛い。悲しみで胸が裂けそうだ。彼女はこれ以上にない心の痛みに声を絞り出していた。

「ラファエル、感情的になるな。お前の気持ちは分かるが、それと議場では別にしろ。議論が乱れる」

「……ごめんなさい」

 ガブリエルにいさめられラファエルは涙を拭う。しかし本人の意思とは別に涙はあとからも流れ続けていた。

 憔悴しょうすいした様子のルシフェルは彼女に顔を向けた。

「ガブリエル、君の意見を聞かせてくれ」

 この中で最も冷静なのはガブリエルだ。これほどの事件に直面していてもなおその顔つきは平常通りであり動揺の類いは見られない。

 ガブリエルは姿勢を正しルシフェルを見た。

「今回の件ですが、天羽が人間に殺されるという前代未聞の事であり、またラファエルの言うとおり無抵抗の天羽を一方的に殺害したこと、さらに男の差し出しをジュムール国は拒否していることもあって悪質極まりない事態となっています。このことに多くの同胞が悲しみに暮れ、一部では人間とその国に対して怒りを表している者もいます。このままでは暴動の危険もある、重大な事件です」

 状況を説明し、この出来事がどれだけ深刻かを改めて認識させられる。それに一度は注意したもののラファエルの言い分もちゃんと汲んでいた。

「ですが」

 しかし、それでも彼女は冷静沈着だった。天界一理知的な天羽である彼女だからこそ物事を広い目で見つめ、考えることができる。

「それによって殺害した者を処する決まりはなく、強行によって彼を裁くことは我々にとって大きな汚点となるでしょう。天羽長のおっしゃる通り、強引な姿勢に人間の中には不信感を抱く者もいるはずです。それが与える今後の影響は、とても大きなもののはずです」

 そこまで言うがガブリエルは答えを出さず、その決定は天羽長にあると小さく頭を下げた。

「視野を広く持ち、大局的なご決断を」

「……そうだな」

 ガブリエルからの助言にルシフェルは俯いたまま答えた。

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