天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

どんな困難にも諦めない、情熱だ

 ミカエルの慌てように小さく笑い、一度ルシフェルは彼に振り向いた。

「君は少しだけ、他の者たちよりミスが多かったかな」

「お、お恥ずかしい限りです……」

「ははは」

 まさか自分の不祥事を見られていたとは。恥ずかしい過去をのぞき見られていたことにミカエルは顔を伏せルシフェルは快活に笑う。

 その後ルシフェルは再び正面を向いた。

「けれど、見ていて思ったんだ」

 その顔は健やかで、当時の思いを振り返っていた。

「君は誰よりも働いていた。自分で考え、失敗しながらも多くの者に食料が渡るよう努力していた。なにより、その時の君は輝いていた。誰よりもまっすぐで、積極的で。失敗しても諦めない強い意志。それは天羽の階級では図れない、素晴らしい才能だ」

 ミカエルは顔を上げる。

 天羽長ルシフェル。彼の横顔は、真っ直ぐと正面を向いていた。

「この役目は大変だ、多くの困難があるだろう。それは力でどうにかなるものじゃない。大切なのは」

 その顔がミカエルに向いた。表情は真剣で、きれいな双眸が熱い眼差しを送っていた。

「どんな困難にも諦めない、情熱だ。ミカエル、君は誰よりも情熱がある。そう思ったから私は君を選んだのさ」

 ミカエルを補佐官に任命した理由。それは階級でも経験でもない。

 気持ちなのだ。どれだけ力が強かろうと、階級が上であろうと困難を前に諦めてしまっては意味がない。

 力と諦めない意志の強さは別だ。そして、この役目に必要なのは力じゃない。諦めないという強さ、すなわち、情熱だ。

 ミカエルの階級は低い。経験もない。でも彼には情熱がある。

 誰にも負けない、意志の強さが。

「…………」

「…………」

 しばし二人は無言で見つめ合った。二人の間を暖かい風が横切っていく。

 この間、語り合うよりも濃密な時間が過ぎていった。会話では不可能なほどこの時間に二人の意思は交わっていく。

「分かりました」

 天羽長ルシフェルの想いを受け止め、ミカエルは気丈な態度で答える。

「お約束します、天羽長」

 その顔にはもう憂いも不安もなかった。真っ直ぐな顔つきは決意を新たにした力強さがあり、ミカエルは言った。

「私は、絶対に諦めません! 必ずや成功させましょう! 使命を果たし、地上から争いを無くし平和を作りましょう!」

 胸にある想いを。使命と名誉。純真な願いを込めてミカエルは宣言した。

 必ずや叶えてみせる。

 これからさき、どれほどの困難に阻まれようと。

 諦めない。

 挫けない。

 成功するその日まで、歩み続けるのだと。

「ああ、約束だ」

 ミカエルの決意にルシフェルも想いのこもった声で応じる。

 そして、手を差し出した。

「いえ、天羽長。さすがにそれは……」

 握手は対等な者同士で行うものだ。ミカエルとルシフェルでは釣り合わない。もとより天羽長と握手を交わせる者など天界に存在しない。

 ミカエルは躊躇いを見せるが、ルシフェルは変わらず手を差し出してきた。

「ミカエル。私たちは仲間だ。ともに願いを叶えんとする同じ意志を持つ者だ。そこに貴賤きせんはない」

 彼はミカエルを認めていた。同じ仲間だと。これは、その証だ。

「叶えよう、いつの日か。約束だ」

「……はい」

 ミカエルは返事をし、二人は固く握手した。

 木漏れ日に塗れる穏やかな木の下で、二人は誰に知られることなく約束を交わした。使命を果たし地上から争いを無くすこと。その願いを持つ者同士として。

 それをよすがに、二人は固い結束を感じていた。

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