天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

悲しむお前を、誰が救ってやるんだ?

 こうして話していると、やはり二人は友達なのだと思い知らされる。いつだって、しようと思えば他愛ない話ができる。意味のない、けれど楽しい時間が始まる。

「そりゃお前もだろうが。俺は覚えてるぞ? お前、俺と初めて会った時殺される~とか言って逃げ出しただろうが」

「覚えてないな」

「んだとてめ――」

「いいや」

「?」

 ウリエルの言葉に怒りかかった神愛だが、すぐに否定されクエスチョンマークが顔に出る。

 ウリエルは勝ち誇ったように目を伏せていたが、その目を細く開くと、温かく微笑んだ。

「覚えているさ、君といた時間はすべて」

「…………」

 その言葉になにも言い返せない。茶化すことが出来ない。それほどまでウリエルの言葉には信愛の情が乗っていた。

「忘れるはずがない。私の幸福を。一番の安らぎを。あの時を、忘れるなんて私には不可能だ」

 自分の胸に片手を当てる。ウリエルの語る想い。その時の彼女は笑い、安らぎに包まれていた。けれどその温かい光に陰が落ちる。避けられない現実を思い出したように。

「だけどね、神愛。無理なんだよ。この世界にある悲劇を無くすためには世界そのものを変えなければならない。この世界に必要なのは慈悲じゃない。変革だ」

 胸に当てていた手が拳に変わる。強く握り締められたそれは震えていた。

「私は、もう!」

 感情が溢れる。今までため込んできた想いを叫ぶ。

「誰も悲しむ姿なんて、見たくないんだ! たとえそれが、私の傲慢でも!」

 生まれた時から見続けてきた。人の笑顔と不幸。それに一喜一憂している自分。ただ人々を眺めていただけの日々。

 いつからだろう。何故なのだろう。

 いつしか、人の悪事しか目に入らなくなったのは。

 憎悪は幸福で漢相殺そうさいできない。たとえ人々の笑顔を目にしても、それを嬉しく思っても、憎悪というのは消えることなく残り続ける。

 そうして積み重なった増悪は彼女の価値観を偏らせていった。

 悪を裁くこと。人々の幸福のために、それしか考えられなくなっていた。

 憑りつかれたように。

 もう、人の悲しむ姿は見たくない。それだけ。本当にそれだけだった。最初から抱いた思いは一つだけ。今も変わらない想いは一つだけ。

 みんなが、笑顔でありますように。

 彼女はそれだけを思い続けていたのだから。

「じゃあ、なんで」

 そんな彼女に、神愛が聞いた。

「お前はそんなに悲しそうなんだ?」

「!?」

 ウリエルの体がビクッと震えた。

 神愛は心配していた。ウリエルの言う理想、想い、願い。それを否定しようとは思わない。

 けれど、彼女が願いを語る時、彼女は笑っていない。むしろ逆、辛そうだった。

 悲しそうに、夢を語るのだ。

「悲しむお前を、誰が救ってやるんだ?」

 そんなのはおかしい。誰だって自分の願いが叶えば喜ぶはず。それなのに悲しむなんて。
 間違っている。神愛は言った。

「恵瑠、お前のやろうとしていることは間違っている。お前たちが平和と言ってしようとしていることは、しょせん管理体制を整えるための支配じゃねえか。それを無理やり平和だと自分に言い聞かせてるだけだ。お前だって分かってるはずだぜ恵瑠。こんなのは間違ってるって。そんな世界で、どうやって俺たちは笑えばいいんだ?」

 誰かにあれこれ指示されて、自分のやりたいことも願いも持てず、なにを楽しみにすればいい。なにより、

「どうやって、お前と一緒に笑えばいいんだよ!?」

 その先に、彼女と一緒にいられる日々があるのか。

「私が」

 神愛の叫びに、ウリエルは顔を逸らした。

「君と笑い合うことは、もうない」

 神愛の視線から逃げる。君の願いには応えられないと。

「そうか、分かったよ」

 ウリエルの答えを知って神愛も決める。

「お前は絶対に止める」

 彼女がしようとしている世界の変革、その未来に自分と彼女が共にいる時間がないのなら。

 そんなの願い下げだ。そんな未来はいらない。だから止める。神愛は決意を新たにする。

「私もだ」

 それはウリエルも同じ。誰に否定されようと退く気はない。理想を実現せんと昂る炎は胸に渦巻いている。

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