天下界の無信仰者(イレギュラー)
ごめんなさい……。殺すわ、あなたを
「ごめんなさい、そう言って済む話ではないし、ここでそんな言葉を贈るなんて偽善でしかないって分かってる。でもね、それでも思ってしまうのよ」
天和に向かって話す彼女は、やはりラファエルだった。そこには慈愛とそれゆえの悲しみがあった。
彼女は四大天羽のラファエル。誰よりも慈しみと癒しを与える、優しい天羽なのだ。
「ウリエル、ううん、恵瑠の友人として出会ったあなたたちと、今度は敵として出会うということ。……なんでだろうね。私はただ、苦しむ誰かが笑顔になれればそれでよかった。怪我人とか、病人とか。お腹が空いている人とか。そうした弱い立場にある人たちを救いたかった」
そう言うとラファエルは弓を持っている手とは逆の左手を見た。
「私が天主イヤス様から授かったのはね、生命を司る力」
自身の手を見つめ、そう言う時のラファエルは優しく、どこか誇らしげに見えた。
「怪我や病気を治して、人を幸せにする力。苦しい人たちを救い、笑顔に変える力。でもね、それだけじゃないの。死んだ人を生き返らせることもできる」
けれど、その表情は次の言葉で曇ってしまった。
「そして、念じただけで殺すこともね……」
生命を司るラファエルの力。それは癒しと救いをもたらすと同時に、破滅と死を与える最強レベルの力だ。
念じただけで死人を生き返らせる。それだけでも戦争では厄介だというのに、念じただけで殺せるとあっては勝ちようがない。
間違いなく、ラファエルは強者だ。
本人がどう思っているかは別として。
彼女の持つ力は絶大だ。しかしラファエルは誇示するでもなく、反対に泣きそうな顔を浮かべたのだ。
「見たでしょ。私が今したことを。分かってはいるんだけど、悲しくなるのよ。この力を、人を笑顔に変えられると思って、そう使おうと決めていた力を私は戦いに使っている。うまくいかないものね」
唇はわずかに震えていた。ラファエルは一旦瞳を閉じると湧き上がる感情を押し殺しているようだった。
深い息を吐く。目を開けた時、だいぶ落ち着いたようだがそれでも悲しそうな様子までは消えていない。
「あなたはどう思う? この世界のことを。争いとか、平和を」
彼女の問い。この世界で繰り返される争いと平穏、流血と笑顔。なぜ人は平和に暮らせないのか。
平穏な生活を望みながらも争いを起こすのか。そして、なぜ理想と手段は食い違ってしまうのか。
平和を望みながら、戦うというその矛盾。
相反する現実と理想の乖離にラファエルは悲観する。
その問いに、天和が答えた。
「別に」
どうでもいいと、そう言ったのだ。
悲しむラファエルの顔をいつもの無表情で見上げながら答えていく。そこには、躊躇いも悲しみもなかった。
「世界なんていくつもの思惑で回っているものよ。時代が変われば形も変わる。今回のことにしたって、事が大きいだけで珍しいことじゃないわ」
そう言うと天和は目線を下げた。その仕草はやれやれといった具合で、世界の常態を冷ややかに捉えていた。
天和の言葉は無関心か、もしくは無責任なものかもしれない。良くも悪くも世界の変化を受け入れている。
しかし、それもそうなのだろう。どれだけ考え悩んだところで現実は変わらない。人は争いを起こし、平和のために力を示す。
この構図は変わらないのだから。
ならば問題は心構えだ。その事実を前にして、どう受け取るか。
ラファエルは悲観し、天和は達観していた。
天和の答えに、ラファエルは小さく笑った。
「無我無心らしい言葉ね。そうやって割り切れるのは。少しだけ羨ましいわ……」
内面から苦しみを消す信仰、無我無心。どれだけの悲劇があろうとも心が痛まないというのはそれはそれで幸せだ。
なにせ人生に苦難などないのだから。それが理不尽であろうとも彼らなら気にすることなく生きていけるだろう。
苦しむことがない彼らの精神性が少しだけ羨ましく思えた。
「でも」
それでも、自分のやるべきことを曲げるつもりはない。
ラファエルは悲しみの中に決意を宿す。
「私は天羽で、あの方の命を全うするために創られた存在だから」
天羽の存在意義。
自分の役目。
それはすべて天主イヤスの命を果たすこと。そのために自分は生まれてきた。この戦いを終わらせ、地上から争いを無くすために。
だからこそ、
「ごめんなさい……。殺すわ、あなたを」
ラファエルは天和へ告げた。別れの言葉を。
天和に向かって話す彼女は、やはりラファエルだった。そこには慈愛とそれゆえの悲しみがあった。
彼女は四大天羽のラファエル。誰よりも慈しみと癒しを与える、優しい天羽なのだ。
「ウリエル、ううん、恵瑠の友人として出会ったあなたたちと、今度は敵として出会うということ。……なんでだろうね。私はただ、苦しむ誰かが笑顔になれればそれでよかった。怪我人とか、病人とか。お腹が空いている人とか。そうした弱い立場にある人たちを救いたかった」
そう言うとラファエルは弓を持っている手とは逆の左手を見た。
「私が天主イヤス様から授かったのはね、生命を司る力」
自身の手を見つめ、そう言う時のラファエルは優しく、どこか誇らしげに見えた。
「怪我や病気を治して、人を幸せにする力。苦しい人たちを救い、笑顔に変える力。でもね、それだけじゃないの。死んだ人を生き返らせることもできる」
けれど、その表情は次の言葉で曇ってしまった。
「そして、念じただけで殺すこともね……」
生命を司るラファエルの力。それは癒しと救いをもたらすと同時に、破滅と死を与える最強レベルの力だ。
念じただけで死人を生き返らせる。それだけでも戦争では厄介だというのに、念じただけで殺せるとあっては勝ちようがない。
間違いなく、ラファエルは強者だ。
本人がどう思っているかは別として。
彼女の持つ力は絶大だ。しかしラファエルは誇示するでもなく、反対に泣きそうな顔を浮かべたのだ。
「見たでしょ。私が今したことを。分かってはいるんだけど、悲しくなるのよ。この力を、人を笑顔に変えられると思って、そう使おうと決めていた力を私は戦いに使っている。うまくいかないものね」
唇はわずかに震えていた。ラファエルは一旦瞳を閉じると湧き上がる感情を押し殺しているようだった。
深い息を吐く。目を開けた時、だいぶ落ち着いたようだがそれでも悲しそうな様子までは消えていない。
「あなたはどう思う? この世界のことを。争いとか、平和を」
彼女の問い。この世界で繰り返される争いと平穏、流血と笑顔。なぜ人は平和に暮らせないのか。
平穏な生活を望みながらも争いを起こすのか。そして、なぜ理想と手段は食い違ってしまうのか。
平和を望みながら、戦うというその矛盾。
相反する現実と理想の乖離にラファエルは悲観する。
その問いに、天和が答えた。
「別に」
どうでもいいと、そう言ったのだ。
悲しむラファエルの顔をいつもの無表情で見上げながら答えていく。そこには、躊躇いも悲しみもなかった。
「世界なんていくつもの思惑で回っているものよ。時代が変われば形も変わる。今回のことにしたって、事が大きいだけで珍しいことじゃないわ」
そう言うと天和は目線を下げた。その仕草はやれやれといった具合で、世界の常態を冷ややかに捉えていた。
天和の言葉は無関心か、もしくは無責任なものかもしれない。良くも悪くも世界の変化を受け入れている。
しかし、それもそうなのだろう。どれだけ考え悩んだところで現実は変わらない。人は争いを起こし、平和のために力を示す。
この構図は変わらないのだから。
ならば問題は心構えだ。その事実を前にして、どう受け取るか。
ラファエルは悲観し、天和は達観していた。
天和の答えに、ラファエルは小さく笑った。
「無我無心らしい言葉ね。そうやって割り切れるのは。少しだけ羨ましいわ……」
内面から苦しみを消す信仰、無我無心。どれだけの悲劇があろうとも心が痛まないというのはそれはそれで幸せだ。
なにせ人生に苦難などないのだから。それが理不尽であろうとも彼らなら気にすることなく生きていけるだろう。
苦しむことがない彼らの精神性が少しだけ羨ましく思えた。
「でも」
それでも、自分のやるべきことを曲げるつもりはない。
ラファエルは悲しみの中に決意を宿す。
「私は天羽で、あの方の命を全うするために創られた存在だから」
天羽の存在意義。
自分の役目。
それはすべて天主イヤスの命を果たすこと。そのために自分は生まれてきた。この戦いを終わらせ、地上から争いを無くすために。
だからこそ、
「ごめんなさい……。殺すわ、あなたを」
ラファエルは天和へ告げた。別れの言葉を。
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