天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

それと、死ぬなよ

 お礼を言ったのになぜか心配された。どういうことだクソ。らしくないことをしている自覚はあるがこんな反応は予想外だぞ。

 俺は頭をかきむしりながら顔を逸らした。そのまま二人にぶっきらぼうに言ってやった。

「それと、死ぬなよ」

 それだけは、なんとしても回避したいことだったから。恵瑠を止めるための戦いで誰かを失ったら意味がないんだ。

 死んで欲しくない。それは本当に。絶対だ。

 そう言うと加豪が俺に近づいてきた。なにかと思うと、加豪は俺に拳を突き出してきたのだ。

「神愛」

「……おう」

 その拳に合わせ、俺も拳を作った。二人で拳をぶつけ合う。加豪らしい返答に俺たちは小さく笑った。

 次に天和に振り向くがこいつはいつもの無表情だった。

「私は平気よ」

「その自信はどこからくるんだ……」

 まあ、こいつがパニクった姿なんて見たくもないからいいけどさ。

「神愛。恵瑠のことは任せたわよ。その分、他は私たちがやる」

「興奮しすぎて自分を見失わないようにね」

「ああ、肝に銘じておくよ。二人も気をつけろよな」

 それで今度こそ二人は去って行った。ここには俺とミルフィアがいる。

「よし」

 俺は今一度気合いを入れ、隣にいるミルフィアに振り向いた。

「それじゃいこうか」

「はい、主」

 ミルフィアも頷き俺たちは歩き出した。

 これから俺たちは天羽軍と戦う。地上に生きるすべての人類の未来のために。

 けれど俺にはもっと重要な目的がある。

 恵瑠と話をつけてくる。いいや、そんな甘い話じゃない。

 俺は、あいつと喧嘩をしにいくんだ。待ってろよ、最後まで付き合ってもらうからな!

 俺はミルフィアと一緒に車に乗り込んだ。エンジン音が鳴り出し発車する。向かう先はサン・ジアイ大聖堂。

 天羽軍地上侵攻の本拠地。

 いよいよ、決戦だ!



 神官長ミカエルが率いる天羽軍とゴルゴダ共和国の決戦が間近に迫っていた。共に譲れぬもののために、そこに多くの想いを乗せて。

 曇天が空を覆い、不穏な空気が首都ヴァチカンを包んでいた。

 サン・ジアイ大聖堂正面、北の区画に立つガブリエルは目を瞑りながらその時を待っていた。

 剣で武装した多くの天羽が宙と地上で待機している。その最前線、正面にガブリエルはいた。

 その彼女の目が開かれた。

「……来たか」



 首都奪還作戦。天羽たちに奪われたヴァチカンを取り戻すべく、そして地上侵攻を阻止すべくペトロが指揮するゴルゴダ軍はヴァチカンに向け進軍していた。

 兵士たちはハートがモチーフの国旗が描かれたジープに乗り込み、道路を埋め尽すほどの量で目的地を目指す。

 距離が近づくにつれサン・ジアイ大聖堂の威容と天高くに現れた天界の門ヘブンズ・ゲートが大きくなっていく。

 首都に入る前に車から降り装備を確認する。これからは徒歩だ。車中にいては襲撃に対応できない。

 兵士は軽装の銀色の防具をつけ肩からサブマシンガンをぶら下げる。

 対して騎士たちは接近戦を想定した厚い鎧に身を包み剣を腰に差し盾を持っていた。

 ここに教皇派と神官長派という隔たりはない。皆が慈愛連立として、ゴルゴダの者としてこの決戦に挑んでいる。

 ペトロたちは北の区画へと足を踏み入れていた。サン・ジアイ大聖堂まで一本道の大通りには純白の建物が並んでいる。染みすらないほどの白の町。

 そこで、大勢の天羽を背後にガブリエルが立っていた。

 両軍が対峙する。共に大軍だ、それが一つの町に集い雌雄を決しようとしている。

 遠目に見えるガブリエルの姿と天羽たちが街を占拠しているのは異様な光景だった。

 まるでおとぎ話のような絵が実際に広がっているのだ、背中から羽を生やした聖なる存在がそれも大勢。

 この光景に圧され、戦意が揺らいでいた者はいたかもしれない。それも当然だ、聞くと見るとでは大違い。お怖気づく者がいても仕方がない。

「聞けぇ!」

 その時、今やゴルゴダのすべての戦力を預かる聖騎士第一位、ペトロは大声で叫んだ。

 背後へと振り返り、己の敵と直面した仲間たちへと告げる。

「この戦いは我々慈愛連立だけのものではない、天下界に生きるすべての者たちを守るための戦いだ」

 改めてこの戦いの意義を伝える。それは大義であり、この戦いに挑む理由だ。

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