天下界の無信仰者(イレギュラー)
ならお前の正義を見せてみろ
チーズケーキの一件によりサリエルの私怨にウリエルが火を点けたのは事実だが、両者の因縁はもっと深く長いものだ。それは二千年前にも遡る。
天界紛争。
ミカエル率いる天羽軍と、反逆者ルシファーによる堕天羽たちとの戦いだった。元は同じ天羽が思想の相違によって殺し合う。それは悲しくも壮絶な戦いだった。
かつて栄華を誇った人の都はしかし崩れ落ちていた。
人々で賑わった城下街には誰もおらず、栄えある建築物は倒壊している。澄んだ青空とは反対に地上では土色の建物が亡骸として横になっていた。
ブロック状に散らばった建物の瓦礫。それを踏みつける足があった。さらに切迫した発声と激しい剣戟の音。
ここには人はいない。いるのは羽を持つ者たち。ワンピース調の白衣を身に纏い、兜で顔を隠し、盾と剣を携えた天羽たちが天地の境なく争う戦場だった。
どちらも己の信じる正義のために剣を振り、敵となった仲間を倒す。信念のぶつけ合い、その度に命が飛び散っていく。
後に天界紛争と呼ばれるこの争いは、総数では圧倒している天羽軍が優勢だった。
そもそも堕天羽軍はもとは天羽軍、その三分の一だ。要は二倍の戦力差。不利なのは言うまでもない。
しかしこの戦場に置いて勢いは堕天羽軍に傾いていた。天羽軍はみるみると数を減らしていき劣勢に追い込まれていく。
天羽軍の窮地。そこへ、駆け付ける翼があった。
「あれは!?」
それに一体の天羽が気づいた。遥か上空、青空を切る白い一点に目を奪われる。
次々と他の者たちも気付き、連鎖的に歓喜と緊張が湧き上がった。天羽軍は歓迎の声を。堕天羽軍は不安の声を。
傾いていた士気が変わっていく。登場するだけで味方を鼓舞し敵を怖気づかせる魔力がその天羽にはあったのだ。
それは誰か。その名を、敵が叫んだ。
「『四大天羽』のサリエルだ!」
天羽軍劣勢の戦場に現れた、それは八枚の羽を持つ赤髪の天羽だった。
「悪いな同族諸君、俺の役目は知ってんだろ。お前ら悪がき共を叩く鞭だ。とりわけ俺の鞭は強烈だがな」
サリエルは宙に浮遊する。白のロングコートの端が揺らめき、裏地の黒が見える。
風になびく髪は血のように赤く、両目は包帯が巻かれ隠されているものの口元は笑っていた。
だがなにより目を引くのは、彼が肩に担いでいる大鎌だ。全体が黒く、細い柄をしたそれは小枝を伸ばしたように形がやや歪になっている。
その刃によって断たれた堕天羽は数多い。彼は裁きの者であると同時に処刑人。その姿は天羽と呼ぶには相応しくない。
白い死神。それこそが、天羽を裁く天羽として生まれたサリエルに相応しい呼び名だろう。
サリエルはゆっくりと地上に降り立った。軽く上がる大気に頭の後ろで結ばれた包帯の端が長髪のように揺らめいた。
数ある天羽の中でも最上位の称号である四大天羽を冠するサリエル。その実力は天界紛争でも遺憾なく発揮されていた。
耳に入ってくる彼の伝聞に優勢のはずの堕天羽たちから余裕が消えていく。
そこへ、堕天羽たちを掻き分けて、奥から新たな堕天羽が現れた。
全身がプレートアーマーに包まれた天羽だった。身長は一八五センチほど。騎士として細身ながらもしっかりした体格なのが鎧越しでも伝わってくる。
二枚の翼は折り畳み、メタル色の鎧は日の光を受け鈍く輝いている。顔を隠す兜からは赤い光がライトのように二つ灯っていた。
「久しいな、サリエル」
精悍な声が響く。そこに隙はなく、戦場に身を置く者の覚悟が宿った声だった。
「アザゼル……、お前も裏切ったかよ」
彼の名はアザゼル。堕天羽軍として活躍する強力な天羽の一体だ。この戦場が堕天羽優勢だったのも彼の奮闘だ。
強さだけならば間違いなく上位に入る。
だが敵だ。サリエルは侮蔑を含めて言ってやる。
「人間なんか娶りやがって、変態ヤロー。そもそもてめえ、人間なんて眼中にねえみたいな素振りしておいてどういう風の吹き回しだ? ああ?」
「フッ、そうだな。過去の私の振る舞いについては訂正しよう。人間は美しい」
「そうかねえ~」
「お前も直視できれば気が付くさ」
「そりゃ嫌味か?」
「いいや、他意はない。私も聞かせてもらおう」
久しぶりに出会った知人と交わす他愛もない会話。そんな印象を思わせる。だが、アザゼルは剣を抜き緊張感が跳ね上がった。
赤い眼光が強烈な威圧とともに放たれる。
神の如き強者、アザゼル。そうとまで呼ばれた彼が、本気の戦意をぶつけてきている。
「手を退く気はないか? お前たちのやっていることは弾圧だ、正義ではない」
「ハッ、吹かしやがる」
それを軽々受け流すサリエルも流石だった。修羅場は何度も経験しているし殺し合いは数えきれない。
なにより神のために創られた天羽が裏切っておきながら正義を語るとは片腹痛い。
「ならお前の正義を見せてみろ」
悠長な話し合いはここでお終いだ。あとは血なまぐさい戦いでしか終わらない。
もとよりそのつもり、ここは戦場で自分は裏切り者を裁く処刑人。
サリエルは肩に担いでいた大鎌を片手で振るうと、空いた片手を頭の後ろに回した。
そして、包帯を解く。
「この『眼』にな」
天界紛争。
ミカエル率いる天羽軍と、反逆者ルシファーによる堕天羽たちとの戦いだった。元は同じ天羽が思想の相違によって殺し合う。それは悲しくも壮絶な戦いだった。
かつて栄華を誇った人の都はしかし崩れ落ちていた。
人々で賑わった城下街には誰もおらず、栄えある建築物は倒壊している。澄んだ青空とは反対に地上では土色の建物が亡骸として横になっていた。
ブロック状に散らばった建物の瓦礫。それを踏みつける足があった。さらに切迫した発声と激しい剣戟の音。
ここには人はいない。いるのは羽を持つ者たち。ワンピース調の白衣を身に纏い、兜で顔を隠し、盾と剣を携えた天羽たちが天地の境なく争う戦場だった。
どちらも己の信じる正義のために剣を振り、敵となった仲間を倒す。信念のぶつけ合い、その度に命が飛び散っていく。
後に天界紛争と呼ばれるこの争いは、総数では圧倒している天羽軍が優勢だった。
そもそも堕天羽軍はもとは天羽軍、その三分の一だ。要は二倍の戦力差。不利なのは言うまでもない。
しかしこの戦場に置いて勢いは堕天羽軍に傾いていた。天羽軍はみるみると数を減らしていき劣勢に追い込まれていく。
天羽軍の窮地。そこへ、駆け付ける翼があった。
「あれは!?」
それに一体の天羽が気づいた。遥か上空、青空を切る白い一点に目を奪われる。
次々と他の者たちも気付き、連鎖的に歓喜と緊張が湧き上がった。天羽軍は歓迎の声を。堕天羽軍は不安の声を。
傾いていた士気が変わっていく。登場するだけで味方を鼓舞し敵を怖気づかせる魔力がその天羽にはあったのだ。
それは誰か。その名を、敵が叫んだ。
「『四大天羽』のサリエルだ!」
天羽軍劣勢の戦場に現れた、それは八枚の羽を持つ赤髪の天羽だった。
「悪いな同族諸君、俺の役目は知ってんだろ。お前ら悪がき共を叩く鞭だ。とりわけ俺の鞭は強烈だがな」
サリエルは宙に浮遊する。白のロングコートの端が揺らめき、裏地の黒が見える。
風になびく髪は血のように赤く、両目は包帯が巻かれ隠されているものの口元は笑っていた。
だがなにより目を引くのは、彼が肩に担いでいる大鎌だ。全体が黒く、細い柄をしたそれは小枝を伸ばしたように形がやや歪になっている。
その刃によって断たれた堕天羽は数多い。彼は裁きの者であると同時に処刑人。その姿は天羽と呼ぶには相応しくない。
白い死神。それこそが、天羽を裁く天羽として生まれたサリエルに相応しい呼び名だろう。
サリエルはゆっくりと地上に降り立った。軽く上がる大気に頭の後ろで結ばれた包帯の端が長髪のように揺らめいた。
数ある天羽の中でも最上位の称号である四大天羽を冠するサリエル。その実力は天界紛争でも遺憾なく発揮されていた。
耳に入ってくる彼の伝聞に優勢のはずの堕天羽たちから余裕が消えていく。
そこへ、堕天羽たちを掻き分けて、奥から新たな堕天羽が現れた。
全身がプレートアーマーに包まれた天羽だった。身長は一八五センチほど。騎士として細身ながらもしっかりした体格なのが鎧越しでも伝わってくる。
二枚の翼は折り畳み、メタル色の鎧は日の光を受け鈍く輝いている。顔を隠す兜からは赤い光がライトのように二つ灯っていた。
「久しいな、サリエル」
精悍な声が響く。そこに隙はなく、戦場に身を置く者の覚悟が宿った声だった。
「アザゼル……、お前も裏切ったかよ」
彼の名はアザゼル。堕天羽軍として活躍する強力な天羽の一体だ。この戦場が堕天羽優勢だったのも彼の奮闘だ。
強さだけならば間違いなく上位に入る。
だが敵だ。サリエルは侮蔑を含めて言ってやる。
「人間なんか娶りやがって、変態ヤロー。そもそもてめえ、人間なんて眼中にねえみたいな素振りしておいてどういう風の吹き回しだ? ああ?」
「フッ、そうだな。過去の私の振る舞いについては訂正しよう。人間は美しい」
「そうかねえ~」
「お前も直視できれば気が付くさ」
「そりゃ嫌味か?」
「いいや、他意はない。私も聞かせてもらおう」
久しぶりに出会った知人と交わす他愛もない会話。そんな印象を思わせる。だが、アザゼルは剣を抜き緊張感が跳ね上がった。
赤い眼光が強烈な威圧とともに放たれる。
神の如き強者、アザゼル。そうとまで呼ばれた彼が、本気の戦意をぶつけてきている。
「手を退く気はないか? お前たちのやっていることは弾圧だ、正義ではない」
「ハッ、吹かしやがる」
それを軽々受け流すサリエルも流石だった。修羅場は何度も経験しているし殺し合いは数えきれない。
なにより神のために創られた天羽が裏切っておきながら正義を語るとは片腹痛い。
「ならお前の正義を見せてみろ」
悠長な話し合いはここでお終いだ。あとは血なまぐさい戦いでしか終わらない。
もとよりそのつもり、ここは戦場で自分は裏切り者を裁く処刑人。
サリエルは肩に担いでいた大鎌を片手で振るうと、空いた片手を頭の後ろに回した。
そして、包帯を解く。
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