天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

偽りを今だけは真に変えて

 嬉しい。彼が真剣に言葉をかけてくれるたび、子供のように喜びたくなる。

 だけど、だからこそ悲しかった。

「……なにも分かっていないんだな」

「恵瑠?」

「やり直せる……? やり直せる!?」

 嬉しいと思えば思うほど、悲しい。

『あの子は特別かい?』

『彼が邪魔しに来なければ、彼を処すのは止めよう。しかし、彼が邪魔しにくれば、容赦なく殺す』

 神愛が自分に会いに来れば、彼は殺されてしまう。ただでさえ強力な天羽が無数の大軍となって押し寄せる。

 誰にも止められないし倒せない。

 彼をそれから守るには方法は一つだけ。

 彼を自分から遠ざける。もう、二度と戦場に現れないように。

 胸が張り裂けそうだ。

 涙が出そうになる。

 悲しみに喉が詰まる。

 だけど、言うのだ。

 想いに反して、厳しくも優しい嘘を――

「お前など、初めから友だと思ったことなどない」

「!?」

 ウリエルの言葉に神愛の顔が歪んだ。ひどい落胆と怒りが見える。

「なんで……なんでだよ!? お前、それ本気で言ってるのか!?」

「目障りだ」

 それが分かった上で、容赦なく言葉を重ねていく。

「お前など邪魔なだけだ。もう私の前に来るな。もし来れば」

 偽りを今だけはまことに変えて、神愛に殺意を送る。

「お前を、殺す」

 そしてウリエルは飛び立った。それだけを言い残して。ここから一刻も早く立ち去りたかった。

 そんな彼女の背中を彼が呼び止めた。

「待てよ! 待てって恵瑠!」

 必死に、混乱した思考の中でなおそれだけを訴える。

「なんでそんなこと言うんだよ! 説明しろって!」

 分からない。分からない。気持ちとはかけ離れた現実に感情は行き場を失い暴れた。

「なんで、なんでだよぉおおおおお!」

 信じていたものに裏切られ、神愛は空に向かって吠えた。もう、点にしか見えない彼女に向かって。

 けれど。

「う……」

 その声は、ちゃんと彼女にも届いていた。

 心が痛くて張り裂けそうだった。もうなにがなんだか分からなくなりそうで、感情が暴れ回っている。

 それは口を衝いて、涙となって瞳からあふれ出た。

 泣いた、泣いてしまった。ついに。

 これが本音だ。どんなに決意で武装しようと、どんなに覚悟で身を固めようと。

 辛いんだ、体が燃えるほど。

 これで、もう神愛とは会えない。二度と。自分に会いに来てくれることはないだろう。

 唯一の友達を切り捨てた。それが彼を救うためだったとしても、これほどの悲しみなんてない。初めての友人だったのに。感謝していたのに。

 それが、こんな別れになるなんて。

「あああぁあ! うわああああ!」

 言いたいのはそんな言葉じゃなかった。もっと言いたい言葉があった。

 なのにそれは許されないから。

 彼女は本当の気持ちを押し隠し、誰もいない空で一人泣いていた。

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