天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

私は、変われなかった。なにも出来なかった。

 ウリエルはサン・ジアイ大聖堂へと戻っていた。場所は今は使われていない客室。全体的に白の内装に質素な部屋だ。

 ウリエルは羽を消し部屋の中央で佇んでいた。物静かな部屋に空虚な心が根を張るように居座っていく。

 神愛と、最後の別れをした。

 神律学園でできた初めての友達だった。大切な時間だった。

 だけど、それももう終わり。

 これからはもっと大規模な戦争になる。天羽と人類の。全人類を巻き込む大戦が行なわれる。

 守りたかったもの。叶えたかったもの。

 世界の平和。

 みなの笑顔。

 それは、この日を以て瓦解がかいする。

「私は……」

 理想と現実の乖離がウリエルの胸を締め上げていく。ウリエルの瞼の奥から再び涙が零れた。

 なぜ、こうも上手くいかないのだろう。理想に向かって走っているはずなのに、いつも手段は逆走している。

  近づくと信じていながら、気づけば夢から遠ざかるばかり。

 人と楽しく暮らしたいという願いすら、叶わない。

 傷つけて、

 裏切って、

 これが、天羽として生まれたにも関わらず、人を愛した代償なのか。

 なんて惨いのだろう。ただ平和を願うだけなのに。ただ皆が笑顔になれればいいと思うだけなのに。

 いつだって。そういつだって。

 自分が立っている場所は、死体の上なんて。

「ん……」

 こぼれそうになる嗚咽を噛み殺す。泣き叫びたいほどの悲しみを押し留める。

 扉がノックされる音が響いた。振り返る。扉が開かれ入室してきたのはガブリエルとラファエルだった。

「辛そうだな」

 開口一番、そう言ったのはガブリエルだった。厳しい口調の中に彼女なりの気遣いが感じられる。

 けれど、そんなものここではなんの役にも立たない。今からすべてが終わるというのに。

「平和の実現。理想の達成。お前の望むもの。どうだ、私たちと袂を分かち、なにか得られたか?」

 それは以前からウリエルを知っている者だからこその問いだった。

 二千年前の戦場で誰よりも理想と正義感に燃えていた天羽であるウリエルを。そして現実に挫折し、正道ではなく異端へ道を変えた彼女を。

 そこに答えを求めた。争うことなく平和を作ること。

 みなが笑顔になれる世界、それを胸に抱いて、地上で一人、孤独になろうとも歩んでみた。

 でも、最後はこのザマだ。

「私は、なんなのだろうな」

 つぶやきは細く、針を己に刺すような痛みがあった。苦心、悲痛、失意。

 もう、理想に燃えるのも限界だ。

 正義は燃え尽き理想は錆びた。

 あるのは、二千年前から変わらない現実という壁だけだ。

「私に出来ることは、けっきょく、殺すことだけだった。私は……」

 理想へ捧げた努力、費やした思い。けれど見返りはなく、徒労という現実だけが渡される。

「私は、変われなかった。なにも出来なかった。どんなに願っても、言葉にしても、平和な世界なんて出来ない」

 教皇派と神官長派の戦い。仕組まれたものだったとしても、もしかしたら止める方法はあったかもしれない。

 こんな犠牲を出す前に、もっと早くに終われたかもしれない。

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