天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

お別れ

 神愛は意識を失い横になった。最後まで友の名を呼び、信じていたものに裏切られた悲しさの中顔を地面に打ち付けた。

 部屋が炎に包まれていく音だけが虚しく響く。

 恵瑠は左手を下げた。視線の先には神愛が倒れている。それを静かに、じっと見つめていた。

「それじゃ、鍵が揃ったことだしすぐに取りかかろうか。大聖堂にはさきに戻ってるから。その少年消しておいてね」

 背中からミカエルの声が掛けられる。抜かりなく神愛を手に掛けることを命じてきた。

 要は試されている。エノクを倒し、神愛を倒してもまだ本当に味方なのかどうか。元堕天羽ではそれも仕方がない。

 ウリエルは神愛を見つめていた。最後まで自分の名を呼び、自分を取り戻そうと必死になっていた少年。

 彼と過ごした、数々の思い出がよみがえってくる。

「…………」

 ウリエルは神愛を見つめたまま、背後のミカエルに言った。

「さきに行っていろ、あとは私がやる」

 その言葉に噛みついたのはサリエルだった。

「おいおい、ふざけてんのか? それでハイ、分かりましたでここを去る馬鹿どこにいるんだよ」

 ウリエルを信用していないのはミカエルだけではない。以前に堕天羽として裏切った彼女だ、また裏切るかもしれない。そう思うのは当然でありサリエルの判断は正しい。

 サリエルはウリエルの横を通り過ぎていく。

「こいつは俺が殺してやる、きっちりとな」

 神愛を殺すべく前に出る。何気ない態度だがそこには虫を殺すような余裕と確固たる殺す意志がある。

 そんなサリエルの首もとに、ウリエルは剣を近づけた。

「私がやると言った」

 サリエルの足が止まる。少しだけ振り返りウリエルを睨みつける。

「てめえ……」

 苛立ちが陽炎のように立ち上がる。ここで邪魔をする意味が分からない。殺すなら誰でもいいだろう、なのにどういうことだと視線で問い正す。

「止めろ。サリエル」

「ああ?」

 そこへ声を掛けたのはミカエルだった。まさか自分が止められるとは思っていなかったサリエルから荒れた声が出る。

「いいじゃないか。ここは『彼女を信じよう』。この状況で仕損じるなんてこと、『あるわけがないんだから』」

「……あぁ」

 含みのあるミカエルの言葉に少ししてからサリエルは察したように納得した。自分はなにもしないと両手を上げ、ウリエルは剣を下げた。

「なるほど。ま、天羽長さんからそう言われたんじゃ俺が出る番じゃないわなぁ。ここはお仲間を信じることにするわ。じゃ、よろしくな」

 そう言うとサリエルはさっきまでの執着が嘘だったかのように姿を消していった。

「では私も行くぞ」

 サリエルに続いてガブリエル、ラファエルも姿を消していった。

「じゃあ、私も」

 最後の一体であるミカエルも空間転移でサン・ジアイ大聖堂へと飛んでいった。

 ここにはウリエル一人だけ。仲間の天羽は誰もいない。燃える部屋に取り残されウリエルは黙って立っていた。

 一歩を踏み出す。神愛との距離が縮まっていく。

 ウリエルは神愛の前で立ち止まった。右手には長剣がある。振り下ろせば意識を失った少年の首一つ、伝説と化すほどのウリエルからしてみれば容易なものだ。簡単に殺せる。

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