天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

手負いの、分際でぇ!

 だが、それを許すミカエルではない。見咎めミカエルはエノクに片手を向けると、盾の付いた腕の手の平には光が集まり、光弾となって発射した。

 エノクは初めの光弾を斬り伏せるもの数が多い。二十近い光弾がエノクに襲いかかっていた。が、

「ふん!」

 エノクが再び剣を振るう。その剣撃は空間と回数の概念を超え、一撃のもとにすべての光弾を破壊した。全能に理屈など必要ない。

 ただ思い描くものすべてが可能という神の力で叩き伏せる。

 エノクはミカエルに高速で駆けつけ剣を叩き付けた。全力の一撃だ、これで倒さんと全身に力が入る。

 しかし、その一撃はミカエルの盾によって易々と受け止められていた。

「弱いね、残念だけど」

 剣と盾の間では火花が散っている。エノクは火花の向こうにいるミカエルを睨むがミカエルは涼しい顔だ。エノクの決死の一撃にもビクともしていない。

「やはり神託物を壊された影響か、本当は立っているのも辛いんじゃないのかい?」

 ミカエルは盾を押し出しエノクを突き放した。そこへ輝く刀身を振るっていく。

 まるで遊びのような剣閃だった。ゆるやかな大振り。棒切れを振り回すようだ。しかしその力は大気を震えさせていく。ただ強いだけじゃない。

 刀身に宿る霊的な力が暴威を振るってくる。エノクは剣で受けるもののその度に体勢が崩れそうになる。

 強い。神愛との戦いによって弱っているのを除いても、ミカエルは強い。この余裕ではまだまだ本気を出していない。底は見えず力の片鱗だけで苦戦を強いられている。

 だが、勝機はまだある。自身は手負いかもしれない。弱体化しているかもしれない。

 しかし、一人ではない。

 天羽と違い信仰者には神託物がある。

「ふん!」

 エノクはミカエルの剣閃に苦しめられるが、一旦距離を取ると剣を構えた。全身に押し掛かる倦怠感と神託物を破壊された反動。

 さらに『不明な違和感』。弱体化の影響はむしろこれが大きい。『まるで信仰心そのものを低下』させられたかのような異様な力の減退。

 それでも、エノクの瞳は鮮烈だった。ミカエルを見る目は死んでいない。

 エノクは攻めた。長年使用してきた愛剣に力を込めミカエルに突撃する。だが当然のように剣で受け止められてしまった。

 全力が出せない。力が及ばない。負けられない戦いで目の前の敵を倒すだけの力が。

 だが、攻撃したのはエノクだけではなかった。エノクが攻撃した反対側からメタトロンが殴りつける。

「ぬ!?」

 それは同時。エノクの攻撃に合わせメタトロンも残った片手でミカエルを殴りつけたのだ。信仰者と神託物の挟撃、完璧なタイミングで放たれたコンビネーションがミカエルを捉える。

「ぬうう!」

 ミカエルは咄嗟に盾で防いだ。両側からの攻撃に挟まれミカエルから余裕が消える。

 十全ではないとはいえエノクの攻撃を防いでいる剣からも、そしてメタトロンの拳を防ぐ盾からも激しい火花が散っている。

 両側から迫る力と力。それを全力で押し返そうとミカエルも踏ん張り表情が歪んでいた。

「手負いの、分際でぇ!」

 相手が三柱の神が作った神造体しんぞうたいであろうとも、その長であろうとも。

 こちらは二人。生涯を慈愛連立に費やしゴルゴダ共和国で最高とまで言われる信仰者となった。たとえ弱体化した状態であろうとも、戦う決意に一片の陰りもない。

 ゴルゴダのためにも、今も懸命に戦ってくれている仲間のためにも、地上の人々を守るためにも。

「はあああ!」

 この戦い、負けるわけにはいかない!

「ぐあああおお!」

 ミカエルは最高の信仰者と最大の神託物の間で押し合いになっていた。ビルすら容易く破壊する力、絶大な力の奔流が全身に押し掛かる。

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