天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

私の生徒に危害を加えるというのなら、私は、私の信仰に賭けてあなたたちを倒す!

 ここで諦めた先にある悲劇を思えば、その後悔を思えば、ここで諦めるなんてことは出来ない。

(ごめんなさいで、許されるものか!)

 そんな無様で無責任なこと、出来るはずがない。

 生徒の悲鳴。生徒の悲嘆。生徒の死。そんなものは辛すぎる。

 救わなければならない、今、ここで!

 ヨハネの感情は爆発した。

 ヨハネは拳銃をサリエルに向け発砲する。

「無駄なんだよ」

 だがそれを許すほどサリエルも甘くない。すぐさま空間転移でヨハネの攻撃を回避する。

 だが、転移した後、そこにはヨハネの姿がなかった。

「ん!?」

 一瞬の困惑。そこで反射的に体を屈めたのはサリエルが一流の戦士としての勘を備えていたからだ。

 ヨハネは背後にいた。そこからサリエルに発砲したのだ。

「てめえ!」

 振り返りサリエルも発砲する。ねらいは正確、一分の狂いもない。

 だがそれはヨハネに当たることはなかった。

 なぜなら、ヨハネは消えたからだ。

 すぐに背後から発砲を受ける。サリエルは空間転移で交わし離れた場所に現れた。

 ヨハネはさきほどまでサリエルの背後だった場所にいた。サリエルがねらい撃った時にいた場所とは違う。

 ヨハネは、空間転移を行っていた。この土壇場で、超越者(オラクル)として神化を遂げたのだ。

「おいおい」

 ヨハネの成長にサリエルも驚いている。この状況でもオラクル化に呆れたようにつぶやく。

「マジかよ、成長こそが人間の特権だからって、今じゃなくていいんじゃねえのか?」

 嫌味っぽくつぶやくサリエルに、しかしヨハネは全身を戦意と闘志で固めてサリエルを睨む。赤いオーラが燃え上がっていた。 

「私の生徒に危害を加えるというのなら、私は、私の信仰に賭けてあなたたちを倒す!」

 その気迫、爆発ほどの熱量を感じさせる。天下界では信仰心とは力そのものだ。逆境に立たされたことにより喚起かんきされた膨大な感情はそのまま信仰心となり、ヨハネの神化は格段に上がっていた。

 ヨハネの再起に神託物のカマエルも起き上がる。信仰者と神託物は一心同体、信仰者が強くなれば神託物も強くなる。

 ヨハネは銃を、カマエルは大剣を構えた。大切な生徒たちのことを思い浮かべながら。

 守るために戦うこと、それを思い出しながら。

 ヨハネは空間転移を行った。そして、カマエルも空間転移を行った!

「く!」

 それを見てサリエルも空間転移を行う。

 オラクル同士の戦いが始まった。さきほどとは違って間合いという概念はなくなる。常に自分の有効範囲を取れるのだ。

 ヨハネはサリエルの視界の外へと連続して空間転移を繰り返し銃撃を行っていく。

 そして、カマエルはサリエルの正面、目の前で大剣を打ち付けた。

 それをサリエルは空間転移でかわし、カマエルも空間転移で追いかける。ヨハネも空間転移でサリエルを攻撃する。

 さきほどとは打って変わり、サリエルの防戦一方となっていた。それはヤコブとラファエル戦と同じ。間合いという概念がないのだから、単純に銃より剣の方が強い。

 サリエルは表情を歪めた。攻撃する暇がない。ねらいを定めて撃つ、普段ならば気にもならないダブルアクションがもたついて仕方がない。

 カマエルの大剣、振るうだけというシングルアクションが猛威を振るう。ヨハネの信仰心の向上に伴いカマエルの力も増している。邪視の吸収もまだ十分ではない、当たれば一撃だ。

「ちぃ!」

 よってサリエルは大剣相手に、さらにニ対一という状況に立たされていた。

 カマエルの大剣をかわし視界の外から撃ってくるヨハネをこちらも発砲して牽制し、なんとか視界にヨハネを捉えようと空間転移を繰り返す。

 しかし、そのたびに現れるカマエルが邪魔だ。ご丁寧に翼まで広げて見えやしない。

「くそがあああ!」

 あと二十秒。あと二十秒見れば勝利は確定する。

 なのにその二十秒が遠い。このままもたもたしていれば今まで見てきた時間も効力を失ってしまう。そうなれば初めからだ。

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