天下界の無信仰者(イレギュラー)
ふっ、いよいよだな……
音はしていない。窓から見える景色にも異変はない。ゆえに並みの信仰者では気づかないだろう。
しかしサリエルは気づいていた。聞こえないものを聞き見えないものを見る。とりわけサリエルは『眼』がいい。視力という意味ではなく別次元の意味で。それでサリエルは『視た』のだ。
教皇宮殿に異変が起きている。戦闘だ。誰かが教皇派と戦っている。そこでサリエルはさらに視た。
「イレギュラー……。おいおい、本丸に殴り込みかよ」
サリエルは立ち上がった。視線は窓の外をじっと見つめている。
「行くのか?」
「様子を見てくる。それにやつも気になる。……分かってる、手は出さねえよ」
ミカエルの忠告を半分くらいにしか聞いていない様子でサリエルはその場から消え去った。
行先は教皇宮殿。
オラクルである彼もまた空間転移を用い一瞬でこの場から消え別の場所へと現れていた。教皇宮殿が見える敷地内、庭にある木の裏だ。そこから宮殿の様子を伺う。
瞬間、ある部屋が気になった。それは彼だからこその勘だ。戦場で戦士が働かせる第六感。これがラファエルなどの裏方専門では分からなかったに違いない。
サリエルはその部屋へと転移する。
そこには二人の少女、加豪と天和がある手紙を読んでいた。
「誰!?」
サリエルの登場に加豪が振り向いた。
「こいつはとんだ見つけ物だ」
しかしサリエルは意に介さない。それよりも注目すべきはその手紙。
同僚が残した、自分たちの秘密。
知られてはならない。今はまだ。
それは計画。
それは陰謀。
それは審判。
彼ら神官長派が動き出す、それは、最後の時なのだから。
「それを渡してもらおうか、お嬢ちゃん」
サリエルは一歩近づいた。同時に腰から拳銃を取り出し、手紙を持つ赤い髪の女の子に突きつける。
「そして、ついでに死んでくれや」
獰猛かつ余裕のある顔。本気だ。サリエルは人殺しだろうと自然に行なえる、そうした者特有の自信に似た雰囲気があった。
その態度に加豪の表情が引きつる。
(この男、強い……!)
初見ではあるが加豪は相手の力量を見定め、それゆえに緊張していた。相手から漂う強者ならではの余裕、それは加豪から見ても強敵だと告げていた。また空間転移をしてきた時点で相手はオラクル。
相手が悪すぎる。このままでは殺される。
加豪とサリエルで睨み合いが一拍続く。瞬間、部屋全体が突然揺れ出した。
「なに!?」
本棚から本が一斉に飛び出した。加豪も天和もなんとか姿勢を支えるが、この揺れの正体が分からない。
だが、この事態にサリエルは加豪以上に苛立ちと困惑を浮かべていた。
「メタトロンだと? エノクの野郎、誰と戦ってやがる!?」
サリエルには視えている、この揺れがメタトロンの登場によって起きたものだと。
だが分からない。メタトロンを出すほどの敵とはなにか? あれは世界的に見ても最大の神託物だ、ゴルゴダ共和国が誇る最終兵器と呼んでもいい。
 パレードを妨害された時にも出したが、あれはいわばパフォーマンスだ。伝統ある教皇誕生祭を妨害する者には容赦しないという周知(しゅうち)への見せしめもあった。
 そのメタトロンを頻繁に登場させては威厳もあったものではない。メタトロンはここぞという時に出すべきものだ。
そのメタトロンが戦っている。
相手は誰だ? まさかイレギュラー? あり得ない、メタトロンが出るまでもない。それはパレード戦を見ても明らかだ。
サリエルは一瞬の思考に耽(ふけ)る。困惑が意識にわずかな空白を生んだ。
「天和、今の内よ!」
それが加豪たちの好機になった。この揺れとサリエルの動揺を見逃さず加豪が扉を開け出て行ったのだ。天和もすぐに後を追い部屋を出て行く。
揺れは収まった。逃げ出した二人を追おうとサリエルも扉へと駆け寄ろうとする。
「ちっ! この――ん?」
そこへ、空間を超え、彼へと宛てた声が聞こえてきた。
「んだよミカエル、今取り込み中だ。ラグエルが手紙を出してやがった」
その声に対してサリエルも応対する。オラクル同士で可能となる遠距離対話によってサン・ジアイ大聖堂にいるミカエルから話を聞いていた。
その内容に、苛立っていたサリエルの表情が笑みに変わっていった。
「ほう……。分かった、回収してラファエルに渡せばいいんだな。わーってるよ。了解だ」
通話を切りサリエルは天井、やや斜めを見上げる。口端を僅かに浮かべ、サリエルは愉悦の表情でつぶやいた。
「ふっ、いよいよだな……」
間もなく、始まりの時が来る。
しかしサリエルは気づいていた。聞こえないものを聞き見えないものを見る。とりわけサリエルは『眼』がいい。視力という意味ではなく別次元の意味で。それでサリエルは『視た』のだ。
教皇宮殿に異変が起きている。戦闘だ。誰かが教皇派と戦っている。そこでサリエルはさらに視た。
「イレギュラー……。おいおい、本丸に殴り込みかよ」
サリエルは立ち上がった。視線は窓の外をじっと見つめている。
「行くのか?」
「様子を見てくる。それにやつも気になる。……分かってる、手は出さねえよ」
ミカエルの忠告を半分くらいにしか聞いていない様子でサリエルはその場から消え去った。
行先は教皇宮殿。
オラクルである彼もまた空間転移を用い一瞬でこの場から消え別の場所へと現れていた。教皇宮殿が見える敷地内、庭にある木の裏だ。そこから宮殿の様子を伺う。
瞬間、ある部屋が気になった。それは彼だからこその勘だ。戦場で戦士が働かせる第六感。これがラファエルなどの裏方専門では分からなかったに違いない。
サリエルはその部屋へと転移する。
そこには二人の少女、加豪と天和がある手紙を読んでいた。
「誰!?」
サリエルの登場に加豪が振り向いた。
「こいつはとんだ見つけ物だ」
しかしサリエルは意に介さない。それよりも注目すべきはその手紙。
同僚が残した、自分たちの秘密。
知られてはならない。今はまだ。
それは計画。
それは陰謀。
それは審判。
彼ら神官長派が動き出す、それは、最後の時なのだから。
「それを渡してもらおうか、お嬢ちゃん」
サリエルは一歩近づいた。同時に腰から拳銃を取り出し、手紙を持つ赤い髪の女の子に突きつける。
「そして、ついでに死んでくれや」
獰猛かつ余裕のある顔。本気だ。サリエルは人殺しだろうと自然に行なえる、そうした者特有の自信に似た雰囲気があった。
その態度に加豪の表情が引きつる。
(この男、強い……!)
初見ではあるが加豪は相手の力量を見定め、それゆえに緊張していた。相手から漂う強者ならではの余裕、それは加豪から見ても強敵だと告げていた。また空間転移をしてきた時点で相手はオラクル。
相手が悪すぎる。このままでは殺される。
加豪とサリエルで睨み合いが一拍続く。瞬間、部屋全体が突然揺れ出した。
「なに!?」
本棚から本が一斉に飛び出した。加豪も天和もなんとか姿勢を支えるが、この揺れの正体が分からない。
だが、この事態にサリエルは加豪以上に苛立ちと困惑を浮かべていた。
「メタトロンだと? エノクの野郎、誰と戦ってやがる!?」
サリエルには視えている、この揺れがメタトロンの登場によって起きたものだと。
だが分からない。メタトロンを出すほどの敵とはなにか? あれは世界的に見ても最大の神託物だ、ゴルゴダ共和国が誇る最終兵器と呼んでもいい。
 パレードを妨害された時にも出したが、あれはいわばパフォーマンスだ。伝統ある教皇誕生祭を妨害する者には容赦しないという周知(しゅうち)への見せしめもあった。
 そのメタトロンを頻繁に登場させては威厳もあったものではない。メタトロンはここぞという時に出すべきものだ。
そのメタトロンが戦っている。
相手は誰だ? まさかイレギュラー? あり得ない、メタトロンが出るまでもない。それはパレード戦を見ても明らかだ。
サリエルは一瞬の思考に耽(ふけ)る。困惑が意識にわずかな空白を生んだ。
「天和、今の内よ!」
それが加豪たちの好機になった。この揺れとサリエルの動揺を見逃さず加豪が扉を開け出て行ったのだ。天和もすぐに後を追い部屋を出て行く。
揺れは収まった。逃げ出した二人を追おうとサリエルも扉へと駆け寄ろうとする。
「ちっ! この――ん?」
そこへ、空間を超え、彼へと宛てた声が聞こえてきた。
「んだよミカエル、今取り込み中だ。ラグエルが手紙を出してやがった」
その声に対してサリエルも応対する。オラクル同士で可能となる遠距離対話によってサン・ジアイ大聖堂にいるミカエルから話を聞いていた。
その内容に、苛立っていたサリエルの表情が笑みに変わっていった。
「ほう……。分かった、回収してラファエルに渡せばいいんだな。わーってるよ。了解だ」
通話を切りサリエルは天井、やや斜めを見上げる。口端を僅かに浮かべ、サリエルは愉悦の表情でつぶやいた。
「ふっ、いよいよだな……」
間もなく、始まりの時が来る。
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