天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

ありがとうな、ミルフィア

 二階廊下の突き当たり。そこが俺の部屋だった。扉をあけ中へと入る。

 勉強机とベッド、それに小さな本棚。ここを出ていった時から何一つ変わっていない。

 俺は扉を閉じた。

「ふぅ……」

 瞬間、知らず入っていた力が抜ける。

 電気は点けず、俺は暗闇の部屋の中ベッドに腰掛けた。そして額に手を当てる。

「スゥ……ハァ……」

 胸の奥から感情が湧き上がる。抑えようとしても瞼の奥が熱くなる。

「ん、んんん」

 漏れ出した泣き声を必死に押し殺す。声が震える。

 泣いてはだめだと思うのに、溢れる。

『どうしてこの子には信仰がないの!?』

 昔の言葉が蘇ってくる。俺を否定する母親の姿も。

『あなたなんか、生まれてこなければよかったのに!』

「っく」

 目頭を強く押さえる。体が熱くなるが、なんとか気を鎮めた。

「はぁー……」

 ゆっくりと息を吐く。瞼の奥の熱は退いてくれたが、気を抜くとまたぶり返しそうだ。

「主、ミルフィアです。いいですか?」 

 すると部屋のドアがノックされミルフィアがゆっくりと入室してきた。

 ミルフィアは俺の前にしゃがむとスカートのポケットからハンカチを取り出した。

「主、拭きますね?」

 ミルフィアは丁寧に俺の髪や頬を拭いてくれた。俺は床を見つめていたが、視界に映る彼女の真剣な顔は見えていた。

「主?」

 ミルフィアがそっと聞いてくる。でも俺は答えられなかった。彼女が部屋に来てからなにも喋っていない。

 そんな気力、どこにもなかった。

 さっきまで泣きそうで、胸には穴が開いたようで、ただベッドに座っているだけ。

 今は、なにも考えたくない。

 その時、突然ミルフィアが俺の頭に腕を回し抱き締めてきた。顔がミルフィアの胸に押し付けられる。

 ミルフィアの両腕に力が入る。突然のことにどういうことか分からない。なにより、

「うっ、ううう」

 ミルフィアは、泣いていた。

「……どうしてお前が泣くんだよ」

「だって」

 暗がりの部屋にミルフィアの嗚咽が響いていく。悲しい音色だ。だけど、

「主が、あまりにも辛そうだから」

 その泣き声に、俺は救われていた。

 俺のためにミルフィアは泣いている。抱き締めて、誰よりも辛そうに。俺よりも苦しそうに泣いている。

「いいよ、お前が泣かなくても」

 俺は優しくそう言うのに、それでも流れる涙を止めようともせず、俺を抱き締め泣いていた。

 ずっと。

 ずっと。

 いつまでも。

 ミルフィアは、俺のために泣いていたんだ。

「ありがとうな、ミルフィア」

 俺の頬を、一粒の涙が流れ落ちていった。

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