天下界の無信仰者(イレギュラー)
ホームカミング
小高い丘の上。よっぽどのことがない限り人が寄りつかない静かなところに俺の家はあった。
青空のもと白い塀に囲まれた二階建ての家。
庭の整理が行き届いていているところから親父は元気そうだ。記憶の中にある風景とそのままの姿がそこにはあった。
俺たちは丘を登る道の途中で足を止め、離れた場所から家を見つめていた。
「神愛の親、慈愛連立だったんだ。知らなかった」
「母親だけな。親父はお前と同じだよ」
俺は家を見上げ続ける。なんとも言えない気持ちだった。ぼんやりとしていて薄い、そんな感情。感覚。不安と懐かしさ、それらが同時にあるはずなのにとても希薄に感じる。
「主、本当によろしいのですか?」
俺の過去を誰よりも知っているミルフィアが不安そうな声で確認してくる。
「ここまで来て帰ってたらただの間抜けだろ。……行くさ」
俺は覚悟を決め、加豪と天和に振り向いた。
「二人はここで待っててくれ。それで悪いんだけど」
次に俺はミルフィアに顔を向ける。
「ミルフィアは、一緒に来てもらっていいか?」
「当然です、主」
不安な心にミルフィアは力強く頷いてくれた。
それが素直に嬉しい。
ミルフィアは両親とも面識がある。俺一人だと話がこんがらがることも彼女がいればいいブレーキになると思う。
心配だったんだ、普通に話ができるのか。平常心を保てるのか。
「行ってくる」
俺はミルフィアと一緒に歩き出した。整備された土の道を上って行き、俺たちは家の前に立つ。
「…………」
俺は門の扉を開けた。
足を踏み入れ見渡せば庭の隅にある菜園が目に入る。俺たちは近づき、そこでしゃがみながら手入れをしている後ろ姿に声をかけた。
「親父」
「え?」
白のTシャツに首にはタオルを巻いて、振り返った顔は頼りがいのなさそうな優男。
それが俺の親父、宮司義純だった。
「神愛君……?」
親父が立ち上がる。表情は唖然としていた。一拍の間を置いてこちらに近づいてくる。
「ミルフィアちゃんもどうしてここに?」
「御無沙汰しています」
久しぶりの対面にミルフィアが会釈する。
「たしか、神律学園は今閉校中で、生徒は寮で自粛中だろう? 中には実家に戻る生徒もいたとは聞いていたけれど」
突然現れた俺たちに親父は戸惑っていた。焦っているのが傍から見ても分かる。
予想通りの反応だった。こんな感じだろうなってことは、誰よりも俺が分かってたはずだ。
そう、これが普通。
おかえりなさいなんて、言ってくれるはずがないんだ。
「なんだよ」
俺は、小さく呟いていた。
「息子が家に帰ってくるのがそんなに嫌かよ」
「いや、そういうことじゃないんだよ神愛君!」
「主」
俺のつぶやきに慌てて親父が否定してくる。ミルフィアもあまりそういうことは言わない方がいいと心配そうな目で訴えてきた。
「……悪い」
俺は親父から顔を逸らす。
自分でも、自分のことがよく分からない。表面上は静かなのに、胸の中ではなにかが引っ掛かるこの感じ。
さっきまで希薄だと思っていた感情。それは枯れていただけなんだ。枯れ木のように。でも、そこに火を放てば簡単に燃える。
俺の心境っていうのはそういうものなんだって、ようやく分かった。
「頼みがあって来たんだ」
「え?」
「今日、泊めてくれないか。俺とミルフィア、あと連れが二人いる。一日だけでいい」
脈絡もなくいきなり言われた頼みに親父はしばらく黙ったままだった。
「それは……」
迷ってる。だからすぐに答えが言えない。優柔不断なところも相変わらずだ。
それに、どうして迷っているのか、その理由もきっと昔と変わらない。
俺がそう思っていると、玄関の扉が開かれた。
「どうしたのあなた、お客さん?」
澄んだ声だった。優しそうで、穏やかで、品を感じる声が聞こえる。
それを聞いて、俺の体が跳ねた。
急いで玄関を見る。
そこには、一人の女性が立っていた。栗色をした長髪は絹糸のようになめらかで、身体は細く、白い服の上からカーディガンを羽織っていた。
「母さん」
宮司アグネス。俺の母親だった。
久しぶりの母親との対面。だけど、その人は俺を見つけるなり顔を凍らせてた。
「神愛……?」
優しい顔は玄関から出てきた一瞬だけで、驚きと恐怖を混ぜ合わせた顔で見下ろしてくる。
「どうして?」
責めるような言い方に、なにも言い返せない。
「…………」
「どうしてここに来たの?」
なにも言えない。俺は耐えかねて視線を下げた。
「…………」
「まあまあ、落ち着いて。せっかく来てくれたんだ」
そこで親父が宥める声で母親に近づいていった。けれど、母親は止まらなかった。
「もうここには来ないでと言ったはずよ!」
「落ち着いてアグネス。一日だけ泊まりたいみたいなんだ。いいだろう?」
「まずは部屋で休もう、ね?」
「どうしてそんな!?」
親父は母親の肩に手を置きながら家へと入っていった。しばらくして親父一人だけ戻ってくる。
「彼女は今自室で休んでる。きっと突然のことだったから驚いちゃったんだね」
「…………」
「泊まりの件だけど、僕から説得しておいたから。大丈夫だよ」
「…………」
「ありがとうございます」
なんとか話を通してくれた親父にミルフィアは頭を下げた。
親父は弱々しく笑ったあと家へと戻っていった。
扉が閉まる音と同時にミルフィアが顔を上げる。ミルフィアは心配そうな顔で俺を見てきた。
「主?」
俺を心配してくれるが、けれど答えず歩き出した。
「加豪と天和を呼んでこようぜ」
「…………」
俺は門の入口へと近づいていく。ミルフィアはなにも言わずついてきてくれた。
「なんとか許可は得たからさ、今日一日だけなら泊まっていいってよ」
玄関前で待っていていた二人へと声をかける。今日一日だけとはいえ隠れられる場所を確保できたんだ、朗報だ。
でも二人とも喜ぶ仕草はなく、加豪はミルフィアと同じ悲しそうな顔で俺を見つめていた。そんな加豪が聞いてくる。
「神愛。あんた平気なの?」
真剣な声。俺のことを本当に心配している。
俺はすぐには返事を出せなかったが、努めて明るい声で答えた。
「ハッ、なに言ってんだ。俺が傷ついてるように見えるのか?」
いつもの調子で手を広げて見せてやる。
「ええ」
加豪は、真顔で即答した。
「…………」
少しだけ時間が流れる。
「行こうぜ」
俺は玄関へと歩いていく。加豪はなにやら言いたそうだったが、歩き出した俺になにも言わずみんなついてきた。
青空のもと白い塀に囲まれた二階建ての家。
庭の整理が行き届いていているところから親父は元気そうだ。記憶の中にある風景とそのままの姿がそこにはあった。
俺たちは丘を登る道の途中で足を止め、離れた場所から家を見つめていた。
「神愛の親、慈愛連立だったんだ。知らなかった」
「母親だけな。親父はお前と同じだよ」
俺は家を見上げ続ける。なんとも言えない気持ちだった。ぼんやりとしていて薄い、そんな感情。感覚。不安と懐かしさ、それらが同時にあるはずなのにとても希薄に感じる。
「主、本当によろしいのですか?」
俺の過去を誰よりも知っているミルフィアが不安そうな声で確認してくる。
「ここまで来て帰ってたらただの間抜けだろ。……行くさ」
俺は覚悟を決め、加豪と天和に振り向いた。
「二人はここで待っててくれ。それで悪いんだけど」
次に俺はミルフィアに顔を向ける。
「ミルフィアは、一緒に来てもらっていいか?」
「当然です、主」
不安な心にミルフィアは力強く頷いてくれた。
それが素直に嬉しい。
ミルフィアは両親とも面識がある。俺一人だと話がこんがらがることも彼女がいればいいブレーキになると思う。
心配だったんだ、普通に話ができるのか。平常心を保てるのか。
「行ってくる」
俺はミルフィアと一緒に歩き出した。整備された土の道を上って行き、俺たちは家の前に立つ。
「…………」
俺は門の扉を開けた。
足を踏み入れ見渡せば庭の隅にある菜園が目に入る。俺たちは近づき、そこでしゃがみながら手入れをしている後ろ姿に声をかけた。
「親父」
「え?」
白のTシャツに首にはタオルを巻いて、振り返った顔は頼りがいのなさそうな優男。
それが俺の親父、宮司義純だった。
「神愛君……?」
親父が立ち上がる。表情は唖然としていた。一拍の間を置いてこちらに近づいてくる。
「ミルフィアちゃんもどうしてここに?」
「御無沙汰しています」
久しぶりの対面にミルフィアが会釈する。
「たしか、神律学園は今閉校中で、生徒は寮で自粛中だろう? 中には実家に戻る生徒もいたとは聞いていたけれど」
突然現れた俺たちに親父は戸惑っていた。焦っているのが傍から見ても分かる。
予想通りの反応だった。こんな感じだろうなってことは、誰よりも俺が分かってたはずだ。
そう、これが普通。
おかえりなさいなんて、言ってくれるはずがないんだ。
「なんだよ」
俺は、小さく呟いていた。
「息子が家に帰ってくるのがそんなに嫌かよ」
「いや、そういうことじゃないんだよ神愛君!」
「主」
俺のつぶやきに慌てて親父が否定してくる。ミルフィアもあまりそういうことは言わない方がいいと心配そうな目で訴えてきた。
「……悪い」
俺は親父から顔を逸らす。
自分でも、自分のことがよく分からない。表面上は静かなのに、胸の中ではなにかが引っ掛かるこの感じ。
さっきまで希薄だと思っていた感情。それは枯れていただけなんだ。枯れ木のように。でも、そこに火を放てば簡単に燃える。
俺の心境っていうのはそういうものなんだって、ようやく分かった。
「頼みがあって来たんだ」
「え?」
「今日、泊めてくれないか。俺とミルフィア、あと連れが二人いる。一日だけでいい」
脈絡もなくいきなり言われた頼みに親父はしばらく黙ったままだった。
「それは……」
迷ってる。だからすぐに答えが言えない。優柔不断なところも相変わらずだ。
それに、どうして迷っているのか、その理由もきっと昔と変わらない。
俺がそう思っていると、玄関の扉が開かれた。
「どうしたのあなた、お客さん?」
澄んだ声だった。優しそうで、穏やかで、品を感じる声が聞こえる。
それを聞いて、俺の体が跳ねた。
急いで玄関を見る。
そこには、一人の女性が立っていた。栗色をした長髪は絹糸のようになめらかで、身体は細く、白い服の上からカーディガンを羽織っていた。
「母さん」
宮司アグネス。俺の母親だった。
久しぶりの母親との対面。だけど、その人は俺を見つけるなり顔を凍らせてた。
「神愛……?」
優しい顔は玄関から出てきた一瞬だけで、驚きと恐怖を混ぜ合わせた顔で見下ろしてくる。
「どうして?」
責めるような言い方に、なにも言い返せない。
「…………」
「どうしてここに来たの?」
なにも言えない。俺は耐えかねて視線を下げた。
「…………」
「まあまあ、落ち着いて。せっかく来てくれたんだ」
そこで親父が宥める声で母親に近づいていった。けれど、母親は止まらなかった。
「もうここには来ないでと言ったはずよ!」
「落ち着いてアグネス。一日だけ泊まりたいみたいなんだ。いいだろう?」
「まずは部屋で休もう、ね?」
「どうしてそんな!?」
親父は母親の肩に手を置きながら家へと入っていった。しばらくして親父一人だけ戻ってくる。
「彼女は今自室で休んでる。きっと突然のことだったから驚いちゃったんだね」
「…………」
「泊まりの件だけど、僕から説得しておいたから。大丈夫だよ」
「…………」
「ありがとうございます」
なんとか話を通してくれた親父にミルフィアは頭を下げた。
親父は弱々しく笑ったあと家へと戻っていった。
扉が閉まる音と同時にミルフィアが顔を上げる。ミルフィアは心配そうな顔で俺を見てきた。
「主?」
俺を心配してくれるが、けれど答えず歩き出した。
「加豪と天和を呼んでこようぜ」
「…………」
俺は門の入口へと近づいていく。ミルフィアはなにも言わずついてきてくれた。
「なんとか許可は得たからさ、今日一日だけなら泊まっていいってよ」
玄関前で待っていていた二人へと声をかける。今日一日だけとはいえ隠れられる場所を確保できたんだ、朗報だ。
でも二人とも喜ぶ仕草はなく、加豪はミルフィアと同じ悲しそうな顔で俺を見つめていた。そんな加豪が聞いてくる。
「神愛。あんた平気なの?」
真剣な声。俺のことを本当に心配している。
俺はすぐには返事を出せなかったが、努めて明るい声で答えた。
「ハッ、なに言ってんだ。俺が傷ついてるように見えるのか?」
いつもの調子で手を広げて見せてやる。
「ええ」
加豪は、真顔で即答した。
「…………」
少しだけ時間が流れる。
「行こうぜ」
俺は玄関へと歩いていく。加豪はなにやら言いたそうだったが、歩き出した俺になにも言わずみんなついてきた。
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