天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

乱入

 俺はパレードに使われている広い道路の中央に立っていた。目の前には十人近い騎士がおり、その後ろには高台を思わせる車にペトロと老人が立っている。

 騎士が俺たちを睨みつけてくるが俺は無視してペトロを見上げた。そこにいる恵瑠えるを攫った張本人に向かって大声で聞く。

「ペトロ! 恵瑠えるは今どこにいる!?」

 恵瑠えるの居場所はこいつなら知っている。恵瑠えるを攫ったこいつは許さない。

 俺は睨み上げる。絶対に恵瑠えるの居場所を聞き出すと熱意が視線に宿る。

 台から俺を見下ろすペトロだが、その顔は怒相どそうを浮かべ目が吊り上っていた。静かではあるが強烈な怒りが津波のように押し寄せてくる。

「少年。本気で慈愛連立じあいれんりつを敵に回したようだな」

 声からもひしひしと感じる。

「言ったはずだぜ。俺は友達を助けるためなら相手が誰だろうと関係ないってな」

「やってくれる。お前は、自分がなにをしているのか分かっているのか」

 ペトロは怒りに我を忘れそうなほどだった。この年に一度の大祭りはこいつにとっても特別なものだったに違いない。

 でも、俺にだって譲れないものがある!

「……約束したんだよ」

「なに?」

 俺は右手を握り込んだ。拳を見つめる。

「ずっとそばにいるって。なにがあっても助けると約束した」

 俺に不安と真実を明かしてくれた恵瑠える。勇気を出して俺に告白してくれたあいつの思いが俺にはある。

 あいつの勇気に応えるためにも、俺は立ち向かわなくちゃならないんだ。

「俺は! 友達と交わした約束は絶対に破らない!」

 俺は拳からペトロに視線を向けた。あいつがどんなにキレていようが強かろうが、それでも俺は引き下がらない。

「どうした、予想外だったか?」

想定外イレギュラー……!」

 俺を見下ろしながらペトロが忌々しく呟く。

「やつを拘束しろ!」

 ペトロから指示が飛ぶ。目の前の騎士たちが近づいてきた。

 俺は両手に黄金を纏う。ペトロから居場所を聞くにしてもまずはこいつらを倒さないと近づけない。

 だが、そんな俺をミルフィアが右腕で制してきた。

「ミルフィア?」

「主、下がっていてください」

 ミルフィアはそのまま前に進んで行く。足取りはしっかりと、ミルフィアは気丈にも男たちの前に立った。

「抵抗するな! 女子供といえど容赦しないぞ!?」

 騎士たちから激しい口調で言われるがミルフィアは怯まない。まっすぐな視線で騎士たちを見つめていた。

「己の使命に順じ剣を持つあなたたちには敬意を払います。ですが、我が主も友人のために体を張って戦っています」

 声は凛としていた。まっすぐとした姿勢、澄んだ戦意が伝わってくる。

 それは目の前の騎士たちを上回って余りある、強者の威厳だった。

「あなたたちには、ここで退いてもらいます」

 瞬間、ミルフィアの体が一瞬『ブレた』。まるでピントの合わない眼鏡で見たように。

 直後だった。

「がああああ!」

 ミルフィアは騎士たちの背後に立っており、十人もの騎士が全員吹き飛んでいた!

 騎士は全員地面に倒れている。ミルフィアの動きに成す術もなく。

 強い。目に見えないほどの高速移動。ミルフィアの神化しんかはそこいらの信仰者を超えている。

「くっ」

 前衛の騎士が倒れたことでペトロの表情がわずかに歪む。

 俺たちの周りはすでにほかの警備に当たっていた騎士によって囲まれている。奏者や観客たちは避難するよう誘導されていた。

「いいだろう、私が相手になる」

 ペトロが一段降りた。腰に下げた剣の柄に手を添えて、俺たちを倒さんと一層眼光を鋭くしてきた。

「待て」

 だが、老人がペトロに声をかけた。

「教皇様」

 ペトロが足を止め振り返る。

「教皇……」

 初め見た時からそうだとは思っていたが、俺は改めてそこにいる老人を見上げた。

 あれが教皇エノク。白髪にしわの多い表情は八十ちかい年齢を思わせるが背筋はピンとしている。物静かな佇まいには気品がある。

 しかし内には強大な力を秘めているのを感じる。こんなにも落ち着いているのに、貫録というのを肌で感じてしまう。

「ペトロ。彼が例の少年か?」

「はい」

「そうか」

 俺たちは騎士たちに囲まれ、観客たちも慌てて避難している。この場は一気に物々しい雰囲気だ。だが、その中でさえこの男は落ち着き、堂に入った佇まいだった。

「第四の信仰者。君はなぜ邪魔をするために現れた」

「白々しんだよ」

 怒気を混ぜ、俺はエノクに理由を突き付ける。

「お前らが栗見くりみ恵瑠えるを襲ったのは知っている。そして今日は拉致までしやがった。俺はその恵瑠えるの居場所を聞くためにここに来たんだ!」

「たった二人でか? いささか以上に物足りない気がするが」

「関係ねえ!」

 俺は叫んだ。この状況で二人だけで飛び込むなんて無謀かもしれない。多勢に無勢だ。だけど、時間がないんだ。

 こうしている今だって、恵瑠えるは捕らえられているんだから。

「俺の大事な友人が、今! 大変な目に遭ってるんだよ。だったら相手が誰だろうがすぐに助けなくちゃならないだろうが!」

 今も苦しんでいるあいつを助けるためにも、もたもたなんてしていられない。

「なるほど」

 俺の答えにエノクは静かにつぶやいた。なにか思うところでもあったのか、どこか納得した様子だった。

「確かに似ているな。エリヤの面影がある。見境なしに行動するところは特に」

 そう言う時エノクの表情が少しだけ笑った気がした。だがすぐに元に戻る。

「指名手配の少女だが、君の言う通り私たちが確保している」

「てめえ」

 悪気があればいいというものでもないが、まるでなんでもないような言い方に怒りを覚える。

「だが、それも平和のためだ。また彼女の素性は知っているはず。引き渡すことは出来ん」

「ならここでお前を倒して、無理やりにでも居場所を聞き出してやる!」

「そうか。なら、こちらも引き下がるわけにはいかないな」

 エノクが段を下りていく。そのままペトロの横を通り過ぎた。

「教皇様? お待ちください、ここは私が」

「下がっていろ」

 エノクの歩みは止まらない。戦意を宿した目にまっすぐ歩いてくる姿には優雅さすらある。

「本丸直々かよ」

 覚悟はしていた。ここに乗り込む時点で。

 いや、いつか戦うことにはあるんだろうという予感はしていたんだ。恵瑠えるを狙う黒幕が教皇派だと聞いた時から。

 エノクは段の中央で足を止めると、直後、街から人が消えていった。

「なに!?」

 さきほどまでいた騎士や観客が全員、一瞬で消えたのだ。ざっと千人近くはいたはずなのに。ここには俺とミルフィア、教皇とペトロだけになる。

 人気のない都市に、俺たちだけが取り残されたように立っていた。

「なんだ!?」

「空間転移です。ですが、これだけの人数を一瞬で……」

 観客は俺たちの戦いに巻き込まれないように避難させたってことかよ。この出来事にはミルフィアも少なからず驚いている。

 そんな俺たちを余所に教皇は厳かな声で告げてきた。

「かかってくるがいい、第四の信仰者。その信仰、どこまで届くか私が見測ろう」

 ゴルゴダ共和国教皇。慈愛連立じあいれんりつ最高の信仰者。それは慈愛連立じあいれんりつで最強の信仰者ということだ。

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