天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

宿2

 するとドアをノックする音が聞こえてきた。

「はーい……」

 俺はドアを開けると係りの人が立っていた。

「ルームサービスの食事は九時までとなっております。またたくさんのご注文が予想されるので注文はお早めにお願いします」

 そう言うと軽く一礼してから係りの人は扉を閉めていった。

「あー、メシか」

 そういえばそんな時間だよな。それに満室って話だし早めにしといた方がいいか。恵瑠えるになにか食いたいものがあるかどうかだけ聞いておこう。

 それで俺はテーブルに置いてあったメニュー俵を片手に脱衣室へと近づいた。扉越しに聞けばいいだろうし。

 そうして俺はおもむろにカーテンを開けた、瞬間だった。

「え?」

「へえ?」

 そこには、シャワー室から出たばかりの恵瑠(える)がいたのだ。その姿は、

「なっ!?」

 裸だった。

「きゃっ! 神愛君!?」

 恵瑠えるは急いでシャワー室に戻る。しかし一瞬ではあったものの見てしまったわけで。

 …………。

 俺はカーテンを静かに閉じた。思考停止しながら部屋に戻る。直後。

 俺は壁に向かって頭を叩き付けた!

「うをおおおおおおおおお!」

 なに考えてるんだ俺! あいつは恵瑠えるだぞ! 普段のあいつを思い出せ! あれは恵瑠えるだ!  あれは恵瑠えるだ! あれは恵瑠えるだ! 雑念退散! 雑念退散! うをおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!

 すると着替えてきた恵瑠えるが出てきた。髪はまだ十分に乾いておらず湯気が立ち上がっている。

 シャワーを浴びてすぐの姿だからか妙に色っぽく感じる。だが、顔は当然気まずそうで、恐る恐るという感じで聞いてきた。

「その、神愛君」

「悪かった、殺してくれ」

「なにもそこまで」

 俺は真顔で言ってみたが恵瑠えるはどうすればいいのか分からない顔をしていた。

「私の方こそごめんね。その、変なの見せちゃって……」

 いえ、とても立派でした。

「あ、あのな、さっき係りの人が来て食事を頼むなら早めにしてくれって。それで聞きに行ったんだよ」

「そうだったんだ」

 お互いどこかもじもじしながらの会話になってしまう。変に意識してしまって目も合わせられない。

 しかし恵瑠えるはホッとした顔になって頬を緩ませていた。

「よかった。神愛君が、変なことをしようとしてたんじゃなくて」

「ハッ、なーに言ってんだ。当たり前だろ、誰がおまえの裸なんて覗くかよ。はっはっはっはっ」

 それで俺は照れ隠しにそう言ってみた。

「……そっか」

「…………」

 なのだが、恵瑠えるはなぜか俯いてしまった。

 いや、なんでそこで寂しそうな顔するんだよ。

 それで俺たちはルームサービスで食事を済ませた。メニューは適当。食べている最中はなんだか変な空気で、気まずいというわけではないんだがどう会話をすればいいのか分からなかった、食事は黙々としており、きっと恵瑠えるもなにを話せばいいのか分からなかったんだろう。

 そんなことで「おいしい?」「うん」「そっか」くらいの短い会話だけで食事は終わっていた。やっぱり気まずい。

 俺もシャワーを浴び終えすることがいよいよなくなる。それに疲れてないと言えば嘘になるし、まだ早いけど寝りたい。

恵瑠える、もう寝るか? まだ起きてるなら電気付けておくけど」

「神愛君はもう寝るの?」

「ああ。やっぱり疲れた」

「うん、そうだね」

 俺は部屋の隅にあるスイッチを押し電気を消す。今夜は月が出ているらしく窓から差し込む光で真っ暗というわけじゃない。

 それで俺は寝ようとするが、そこでようやく気が付いた。

「あ」

 ベッドは一つしかない。これじゃどちらか一人しか横になれない。

「ああ、恵瑠えるはベッド使えよ。俺はソファで寝るわ」

「でも神愛君は疲れてるし、神愛君がベッドでいいよ」

「いいから。俺だけがベッド使ってると気になって眠れなくなるんだよ」

「それは、私だって……」

「…………」

「…………」

 俺たちは見つめ合うが互いになにも言えず目を逸らしてしまう。

「ああもう! ラチがあかん。はやくお前はベッド使え。俺はソファで寝る!」

 俺はそう言ってソファに座った。有無を言わせない俺に恵瑠えるはしぶしぶベッドに入っていった。

 はあ、これで落ち着ける。

 俺は目を閉じた。それで寝ようとするのだが。

「ん、んん」

 体をしきりに動かす。なんだろ、安物だからか固い。体に違和感というかなんか当たる。俺は寝ようとするんだが何度も寝返りみたいな仕草をしていた。どうも寝付けん。

「ねえ、神愛君」

 そんな俺に気付いたのか恵瑠えるが声をかけてきた。見れば恵瑠えるはベッドの上で横になり俺を見つめている。

 白い髪と、白のシーツがよく似合っていた。服装もワンピース型の白いドレスで気品がある。月明かりに照らされて、恵瑠えるの青い瞳が宝石のように輝いていた。

「神愛君も、こっちで横になる?」

「え」

「私は、それでもいいよ」

 恵瑠えるの表情は穏やかだった。俺のことを気遣ってくれて、小さな笑みまで浮かべて俺を誘ってくれる。

「いいよ、俺はこっちで寝るから」

「でも、とても寝苦しそうだよ」

 俺は一度は断るが恵瑠えるは優しくそう言ってくる。

「ほら。来て」

 恵瑠えるは体をベッドの隅に動かすと俺のスペースをつくってくれた。

 そして俺をまっすぐに見つめてくる。

 なんか、断りづらい。

 俺はソファから立ち躊躇いながらもベッドに横になった。

「お邪魔します」

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