天下界の無信仰者(イレギュラー)

奏せいや

入浴

 それから。

「はあ~、マジかよ」

 俺は大浴場にある脱衣所で服を着替えていた。当然というかもちろん男湯のだ。服を脱ぎ腰にタオルを巻き付ける。

「せっかく楽しみにしていたラッキースケベチャンスゾーンがまさか俺を苦しめにくるとはな。どうなってんだクソ、青春の一つを無駄にしたぞ」

 俺は憂鬱ゆううつな気持ちのまま浴場の扉を開ける。

「おお」

 でかい。

 色は全体的に白く、装飾が施された浴場には巨大な浴槽があった。二十人くらいは入れるんじゃないか? そばには女性の像なんかあったり、持ち上げている壺からお湯が流れていた。しかも今は俺しかいない。

「これだけでかい風呂を一人占めって、これはこれで贅沢って感じだよな」

 とりあえず体をかんたんに洗ってから風呂に入る。いい温度だ、肩まで浸かると全身から疲れが抜けていくように気持ちがいい。

「はあ~……いい~……」

 なんかホッとする。嫌なことも忘れそうだ。

 と、俺がお湯に浸かっている時だった。

 壁の向こう側からぼんやりと声が聞こえてきたのだ。

「へえ、大きいじゃない」

「そうですね、立派な浴場だと思います」

「やったー、お風呂お風呂~」

「私たち以外は誰もいないのね」

 この声はミルフィアたちか? しかし壁越しだからかうまく聞き取れん。

 俺はすぐさま壁に近づき耳を当てた。

 おいおいおい、これはチャンス到来なんじゃねえのか? エロい話しろエロい話! 俺は念じるようにして壁に耳を押し付けていた。



 一方そのころ。

 ミルフィア加豪かごう恵瑠える天和てんほは隣のお風呂に入っていた。
 女湯には彼女たち以外だれもいない。まさに貸切状態だ。

「いえーい!」

 大きなお風呂に興奮マックスの恵瑠えるが走って行く。幼児体型ということもあり傍から見れば小学生だ。タオルで巻かれた体も平面的で起伏きふくはない。

 断じて!

恵瑠える、走っては危険です。はしゃぎ過ぎですよ」

「楽しそうね」

 そんな恵瑠えるをミルフィアが注意し天和てんほが呟いていた。二人はスレンダーな体で控え目な胸のふくらみがタオルを押し上げている。カップは二人ともBくらいか。年相応の女の子らしい体だ。

 そんな三人と比べ、もっとも発育がいいのが、

「ま、サン・ジアイ大聖堂でお風呂なんて慈愛連立じあいれんりつの信者なら興奮するんじゃない? 少しは大目に見てあげたらどう、ミルフィア」

 加豪かごうだった。

 高身長の体はそれだけでモデル体型だ。加えて胸まで大きい。制服の上からでも見て取れた胸のふくらみがタオル一枚となっていることでよけいに大きく見える。

「まあ、それはそうなのですが……」

「真面目なのがミルフィアのいいところだと思うけどさ、こんな大きなお風呂に入るんだから少しは気をほぐしなさいよ。さ、早く入りましょう」

「ええ」

「一番乗りだー」

 体を洗ってから恵瑠えるがタオルを脱ぎ捨てお風呂に入る。続いて三人もタオルを脱いでから入った。

「それにしても大きなお風呂よね、まるでプールみたい」

「そうですね。それに内装も芸術的で癒されます」

「ボク泳いじゃうぞ~」

恵瑠える、行儀が悪いですよ」

恵瑠えるー、あんまりミルフィアを怒らせちゃダメよ」

「はーい」

「……私はどっちでもいいけど」

 四人ともそれぞれお風呂でリフレッシュ。はめを外しすぎた時もあったがみな楽しんでいた。

 右から恵瑠える、ミルフィア、加豪かごう天和てんほと並んで静かにお風呂に浸かる。そこで恵瑠えるが気づいたかのように加豪かごうに近づいてきた。

「へえ~」

「ちょ、なによ恵瑠える。あんまりジロジロ見ないでよ」

 恵瑠える加豪かごうの隣に座るとまじまじと加豪かごうの胸を見ていた。それで加豪かごうも両腕で自分の胸を隠す。

加豪かごうさんって胸大きいですよね、牛乳ですか?」

「またそれ?」

 恵瑠えるの中では大きくなるイコール牛乳で固定されたらしい。

「自然とこうなっただけよ。特になにもしてないわ」

「へえ~」

 まるでうらやむように見てくる恵瑠える加豪かごうはあっけらかんに言う。

 二人がそんなやり取りをしていると、離れた場所にいるミルフィアが無言で二人を見つめていた。そして視線を加豪かごうから自分の胸へと向けてみる。触ってみる。

「くっ」

 ミルフィアは拳を作っていた。

「それに胸が大きいと動きづらくて嫌なのよね~」

 加豪かごうは腕を回し肩が凝るジェスチャーをする。

「…………」

 ミルフィアは加豪かごうをじーと見つめていた。

「へえ~、自然とそうなるんですか」

 恵瑠えるは加豪(かごう)の言うことを聞くと今度はミルフィアのところに近づいてきた。
「ねえねえミルフィアさん、やっぱり女の子は胸が大きい方がいいんですかね?」

 恵瑠えるがミルフィアを見上げてくる。それでミルフィアは答えるが、なぜか姿勢を正しまるで教師のようにまっすぐ座っていた。

恵瑠える、そんなことはありません。女性の魅力は胸ではなく中身、優しさですッ」

 なんか語り始めた。

「いいですか、そもそも胸の大きさとは個性であり、大きいことが絶対的な価値基準ではないのです。断じて! 個性に良し悪しはありません。それを大きいというだけで賛美さんびするのは間違いです。断じて! 大きい人もいれば小さい人もいる。それでいいのです。それがいいのです。分かりますね、恵瑠える?」

 やたらしたり顔で話してくるミルフィア。

「でもミルフィアさんは普通か小さいですよね?」

「…………」

 恵瑠えるが見上げてくる。

 ミルフィアは数秒固まっていたが、「んん」と咳払いをすると再び姿勢を正した。

「いいですか、胸の大きさは関係ないんです。分かりますね?」

「でも小さいですよね?」

「分かりますね?」

「小さいですよね?」

「分かりますね?」

「小さいですよね?」

「もういいです……」

 ミルフィアは俯いた。鬱向いた。

「ええ、そうです。私の胸は『今は』『まだ』ちいさいです。ですがきっと、主はこの控え目な胸を好いてくれるはずです。私はそれでいいのです」

「でも神愛君が巨乳好きだったらどうするんです?」

「そんなことはありません。そんなことはないはずです、きっと、たぶん……」

 ミルフィアは弱気な声で自分を励ましていた。

「ねえねえミルフィアさん」

恵瑠える、お願いですから今はそっとしておいてください」

 ミルフィアはどんよりした気分だ。恵瑠えるはそっとしておくことにして天和てんほに近づいていく。

 それで天和てんほにも同じことを聞いてみた。

天和てんほさん天和てんほさん、天和てんほさんは胸が大きい方がいいと思いますか?」

「どうでもいい」

 天和てんほはお湯に浸かりながら目を瞑っている。

「え、そうなんですか?」

 てっきり大きい方がいいと思っていた恵瑠えるが意外そうに驚いている。

「胸が大きいからって得られるものなんてなにもないし。もしあってもそれは大切なものじゃない、他の胸にすぐ消えていくわ」

 天和てんほ抑揚よくようのない声でそう言った。

 その時である。

 俯いていたミルフィアが顔を上げると、立ち上がり近寄ってきた。そして天和てんほの隣にスッと座る。

「胸の大きさなんてどうでもいいことだわ」

「そうです(便乗)!」

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品