勇者になれなかった俺は異世界で

倉田フラト

屈辱と怒り

 目の前で起こっていることが余りにも常識外れ過ぎて脳の処理が追い付いていないが、
 この男を敵視し殺気を向けるのには十分すぎる出来事だった。
 今すぐにでも飛び掛かりそのふざけた口を塞いでやる、絶対にこいつは野放しにしていては行けない。
 此処で殺すべきだ。絶対に絶対にだ。そういった負の衝動に駆られたが――

『落ち着け、精神汚染されているぞ。今加護を付けてやる』

「あ、ああ……すまん」

 ポチが言う様に本当に精神が汚染され掛かっていたのだろう、
 直ぐに冷静さを取り戻し情緒が安定していくのを感じる。
 
『厄介な相手だが対策さえしてしまえば只の狂人だ』

「ああれェ?こないんですかァ?折角良い感じに盛り上がってきたと思ったんですけどねェ
 まっ!良いです良いです!盛り上げが足りないってことですねェ!
 もっとぉお盛り上げて上げましょう――ぅ?ああ、残念ですねェ、此処でお別れの様です
 と言ってもどのみち君も死ぬんだから関係ないですかァ!じゃ、おさらばっ!」

 狂人が再び腰を折った瞬間――

「――ぁ?」

 ポンと何かがはじける音、視界が真っ赤に染まり衝撃と共に世界が反転するのを確認した。
 視界の端で狂人が身軽に屋根を飛んでいくのが見える――ただそれだけだ。
 直ぐに巻き戻されるような感覚に襲われ、視界の位置が正常に戻る。
 屋根が真っ赤に染まっていたが、ポチの精霊の加護のお陰で体や服が汚れることはなかった。

「無事か?」

『ああ――本当ならばあんなゴミ放っておいても良いと思ったが
 我とソラに手を出したッ!絶対に殺す』

「そうだな、あいつは本当に生かしては置けない。絶対に殺すぞ」

 これは決して精神が汚染されているというわけではない。
 これは二人の本心だ。どうやったのかは知らないが、俺たちはたった今、あの狂人によって殺された。
 紛れもない事実で屈辱なのだ。この世界にきて初めての死――見ず知らずの男に殺された屈辱。
 それだけで本当に殺意を抱くには十分すぎる理由だったのだ。
 瞳に殺気の炎を宿し、屋根から飛び降り血の海と化している商店街に降り立つ。
 
「?」

 その瞬間、地に海を堂々と歩いている狂人の仲間が一斉に此方に視線が突き刺さる。
 相手が敵意を向けるよりも先にポチの一撃の入り込む。
 肉を裂き骨を砕き存在そのものを抹消する程の圧倒的な力の暴力。
 成すすべなく周囲にいた黒装束たちは文字通り存在そのものが消えた。
 跡形もなく血すらも出さずにポチの手によって消されたのだ。
 普段ならば此処まで過剰な攻撃はしない。それほど今回の死が許せないものだったのだろう。
 
 正直に言って俺もかなり苛立ちを覚えている。
 あの意味も分からない狂人に良く分からない手口で殺されたというのも一つの理由だが、
 もう一つあるのだ。報酬の内容が糞だったということ――つまりは八つ当たりというものだ。

『それにしてもあのゴミはどうやって我とソラのことを殺したんだ?
 全く分からなかったぞ時間を止められたというわけでもなかったようだ』

 確かにそれについては俺も疑問に思っていたことだ。
 商店街の人々を殺した時もそうだったが、奴は一切手を触れてはいなかった。
 ただ、腰を曲げお辞儀の様な仕草を取っただけ――それだけで人が風船のように弾けたのだ。
 考えられるのはスキルの発動だ。

「スキルなのは間違いないと思うが、何か仕掛けがあるはずなんだ」

 只発動するだけで狙った人物を殺せるスキルなど存在するはずがないのだ。
 それが唯一出来るのはエリルスが持つ魔眼のみだ。仮にそんなスキルが新たに生み出されたとしても
 必ずそれに見合う仕掛けや代償があるはずだ。。
 魔力の消費量が非常に高い事や、事前に何かを仕組んでいたか――
 
「残念だが、俺の知識じゃ見当も付かないな。でも、そんなことは問題ではないだろ?」

『ああ、そうだな、直接本人から聞けば解決することだしな。さっさとあのゴミの下に向かうぞ』

「ああ、頼んだ」

 あの狂人が素直に真実を答えるわけないと思うだろうが、
 ポチを相手にしたのが間違いだったのだ。ポチの手にかかれば強制的に吐かせることが出来る。
 たとえ相手が死んだとしてもきっとポチなら精霊の力とか言ってやってしまうに違いない。
 紙を裂くように次々と黒装束を消し去って行き商店街を進み抜く。
 その進行を止めれるものなど存在しない、何が立ちはだかろうとこの進行は止まることはない。
 怒りの元凶の息の根を止めるまでポチは進み続ける。

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