勇者になれなかった俺は異世界で

倉田フラト

大魔王エリルスの抱擁の裏側

 ソラが受付嬢からみっちりお説教を受けている間、大魔王エリルスはリーン王国に降り立った。
 物凄い速さで降りたのにも関わらず着地の際は衝撃は全く無い。
 商店街に降り立った為、人々の視線を集めてしまう。

「ふむ」

 空から人が降って来た。そんな異常な事を放っておくわけなく、直ぐに兵士たちがやって来た。
 賑やかな商店街は一変し物々しい雰囲気になった。
 槍や剣を持った兵士たちがエリルスの事を囲む。
 一瞬でこの場にいる全員の命を刈り取ることは可能だが、今日はそういった気分ではない。
 なぜならこれから待ちに待った愛しのソラに会いに行くのだから。

 本当ならば少し悪戯をするだけの予定だったのだが、
 此処まで近くに来てしまうと欲求を抑えきれずに地上に降りてきたのだ。
 そんなエリルスは周りの邪魔者を一瞬で無効化する。
 今まで抑えてきた魔力を一気に放出する。範囲は狭いが効果は抜群だ。

 周りにいた無関係の人々まで気を失い、辺りはより一層異様な光景へと変貌した。
 倒れている人の事など居ないかのように踏みつけながらソラが居る冒険者ギルドに歩き出す。
 その光景を天高くから観察している大魔王達は一体エリルスは何をやらかすのかドキドキしていた。

「おい、誰か止めてこいよ」

「止めない方が良い。絶対に」

 大魔王オヌブがエリルスの事を止めるのは反対だと言う。
 彼女はエリルスがこれから誰に会おうとしているのか知っているからだ。
 エリルスだけが彼に会うのならばまだ良いが、ほかの大魔王が接触すると
 確実に争いが起きてしまう。彼方に戦意が無かろうが、この大魔王達は必ず消そうとする。

 そのことも十分に理解しているオヌブだからこそ、エリルスを止めるのは反対なのだ。
 一番良いのは此処から大人しく観察している事だ。

「何故?」

「見てたら分かる。だから大人しく此処にいて」

「……」

 誰も何も言う事は無いが、全員が動こうともしなかった。
 これまで彼女が間違った事を言ったことが無いからだ。
 世界を観察している彼女の言う事は必ず正しくこれまでにも一度も外れたことは無い。
 だからこそ皆彼女を信用しており、彼女の言葉は重たく受け止めるのだ。

「ん、おい――なんか抱き合ってるぞ!?」

「なに!?」

「何をしているんですか!!」

 気が付けばエリルスは見知らぬ誰かの事を熱く抱擁していたのだ。
 大魔王達はその光景を見て驚きを隠せないで慌てていた。

「まさか魅了でもされているんじゃないか?」

 誰かがエリルスが魅了されている可能性を指摘した。
 そうでないとあの大魔王エリルスが誰かに好意を向けるなどあり得ない。
 それも恋人同士の様な熱い抱擁など……

「違う、黙ってみてて」

 だが、その可能性すらもオヌブが否定した。

「確かに魅了はされてないみたいですね、見守ってみましょうか」

 一応エリルスが何らかの状態異常が掛かっていないか見てみるデーグ。
 確認した所、エリルスには何の異常も見られなく正常だった。
 つまり、今起こっている事は彼女の意思が行っている事なのだ。
 それから三十分ほど熱い抱擁をじっくりと観察した。

 一体いつまで抱き合っているのだ、と不安の声が上がるが、
 皆何だかんだ言いながらエリルスの行動に興味をひかれていた。

「あ、はなれたぞ!」

 やっと長く熱い抱擁が終わり、エリルスがはなれ相手の姿があらわになる。
 そこに立っていたのは少年。それもかなり幼い少年だ。

「誰だあいつ!」

 当然だが、ソラをみて誰もがそう思った。
 だが、唯一知っているオヌブが説明を入れる。

「恐らくあれがエリルスが言って居た私以外の大魔王達が知らない勇者。
 彼女の生きがいであるソラと言う少年」

「あの少年がですか!?でも死んだはずではないのですか?」

「それに関しては私も分からない。でもエリルスの様子からしてこれしか考えられない」

 エリルス本人からソラと言う少年は死んだと聞かされている。
 それなのにも関わらず視線の先にはその少年がいる。
 ベアデがあれがそうだと言っている為それは真実なのだろう。

「おい、なんか貰ったぞ!!毒物か?」

「大丈夫です、普通の飴玉の様です」

 エリルスがソラから飴玉を貰うだけで大騒ぎする大魔王達。
 一方その頃、冒険者ギルドの中では大魔王エリルスの尋常ではない存在感に押しつぶされ
 酷い有様になっていた。屈強な冒険者たちは白目をむき失神し、
 なんとか気を保っている者もいるがその場から動けずにいた。

 そんな中、なんとしてでも外に出ようと試みる一人の受付嬢がいた。

(いけない、ソラ君を早く保護しないと――)

 先ほどまでソラと会話していたユリは外に出て行った彼の身を護ろうと
 一生懸命意識を保ち床に這い蹲りながらも扉に向かっていた――。
 そうとも知らないソラは呑気に飴玉を渡しているのであった。

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