勇者になれなかった俺は異世界で

倉田フラト

ジブお姉ちゃん

『やっと選手の準備が整った様だ!
 さぁ、次は五試合目ぇ!!
 なんと今回は珍しい人狼族からのエントリーだっ!!』

 観客席程ではないが此処に居てもアナウンスが聞こえてくる。
 そして、聞こえて来たアナウンスは俺の予想を的中させるものだった。
 同時に酷く緊張をさせる発言だった。

「……」

 自然と手が震えてくる。
 決して会いたくはないという訳ではないが、
 今更どの面下げて会えば良いのか分からないのだ。
 実際には仮面を付けている為俺がソラとバレることはないのだろうけど。

「ふぅ……よし!」

 一度大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせ
 ピシンと思いっきり両手で頬を叩いて気合を入れる。
 痛みを感じない為振動しか伝わって来ないが、
 こういうのは気持ちの問題だ。

 覚悟を決めてステージへと出る。
 既にジブはステージ上にいるらしく歓声が飛び交っている。
 そして長い通路から足を踏み出し観客の視線を浴びる所まで来てしまった。
 物凄い野次が飛んで来るが今の俺は目の前の事で精一杯の為
 そんなやつらを相手にしている暇などない。

 一歩一歩が重い足取りで階段を登りステージに上る。
 三段ほど登った所でやっとジブの姿が目に居れることが出来た。
 結構露出が多めの軽装にカッコよく帽子を斜めにかぶっている
 黒髪赤目の凛々しい姿の彼女。

 相変わらずどこでも帽子をかぶっている様だ。
 似合わない人が常に帽子をかぶっていても変に思われるだけだが、
 ジブの場合はとても似合っており帽子があるからこそジブなのだ。

「……」

 視線をジブに向けて一切ずらすことなく階段を登り切りステージの上に立った。
 暫く感じることのなかった心臓の鼓動が聞こえてくる気がする。
 まだ向き合ったばかりなのに全身が熱くなり汗すらもわいてくる。
 騒がしい司会が開始の合図を出したが、そのアナウンスすら
 うっすらとしか聞こえないほど目の前にいるジブに集中している。

 相手も相手で此方のことをじっと見つめ一向に動こうとしない。
 そんなに見つめられては正体がバレたのではないかと不安になるが、
 おそらく此方の行動を伺っているのだろう。
 ジブお姉ちゃんは相手が誰であれ決して油断はしないタイプだ。
 たった数年だったが彼女が対戦で油断した所は一度もなかった。 

 俺は二つの意味で緊張している。
 久しぶりのジブお姉ちゃんとの再開、それと、
 戦って勝てるのかという緊張だ。
 何度もジブお姉ちゃんが戦っている所を見ているが
 動きが化け物染みており思い返してみても勝てるか怪しい。

 ……それにしてもこの沈黙すっごい気まずいぞ!
 観客共は滅茶苦茶野次飛ばしてきてるし!
 俺から動こうにも緊張してガクガクだしよ!

「なぁ、君」

「!」

 俺の心の叫びが通じたのか、ジブお姉ちゃんから話しかけてきてくれた。
 拳じゃなくて声で良かったと、取り敢えず安心。

「な、なに?」

 うぉおおい!

 緊張からか声が裏返ってしまった。
 仮面の内にある顔が真っ赤に染まっていくのが分かる。
 ジブお姉ちゃんはと言うと何やら驚いた様な顔をしており
 半開きの口を閉じ優しい笑みを浮かべてきた。

「君は、奴隷で良いんだよな?」

「あ、ああ……」

「じゃあ、今すぐ場外に出てくれないか?
 ストレス発散にこの場に来たのだが、流石にあいつらのように
 弱い者を嫐る趣味はないんでな」

「!」

 流石はジブお姉ちゃんだ。
 仮面をつけている誰かわからない俺の事を逃がしてくれるのだ。
 この野次の中、負けずに良くもまぁそういったことが言えるものだ。
 本当にジブお姉ちゃんは凄い。

 だが、俺は逃げる訳にはいかない。
 ここに来る前に決意した通り、たとえ相手があのジブお姉ちゃんだとしても
 俺は逃げる訳にはいかない。戦争に備えて自分の実力を測る機会は
 恐らくだが今回で最初で最後だろう。

「優しいな、だけど、それは出来ない」

「……どうしても駄目か?」

 俺の返事にあからさまに困った表情を浮かべるジブ。

「ああ」

「そうか……少し話をしようか」

「はなし?」

 只でさえ俺の事を逃がそうとして観客からの罵声などが酷いが、
 その状況でも周りに流される事無くマイペースに進める。
 罵声が飛び交う中で話をしようだなんて繰り出す勇気は俺にはない。

「私にはな、愛してやまない子供が居たんだ。
 そう、丁度君ぐらいの大きさの子供が居たんだ。
 私の子ではなかったが、自分の子供のように愛していたんだ……
 可愛くて尊くて守ってあげたくなる存在――」

 ジブお姉ちゃんは間違いなく俺の事を話し始めた。
 自分の事を色々と言われてしまい物凄く恥ずかしい様な
 嬉しいような複雑な感情にかられて思わずうつむいてしまう。

「そんな愛くるしい存在が、ある日唐突に奪われてしまったんだ。
 私の仲間が一人付いていながら奪われてしまったんだ!たった三人の盗賊共に!」

 ジブの声が徐々に大きくなっていきその声には怒りが籠っていた。
 仲間と言うのはゴウルの事、三人の盗賊とは俺の事を奴隷にしたあの憎い三人組の事だ。

「私は盗賊共を必死に追って住処を突き止めたんだ……
 だが、たどり着いた時には盗賊共は無残な姿に変わってた。
 その姿を見て清々しい気持ちにもなったが同時に絶望もした。
 あの子の手がかりが完全に途切れてしまったんだ……」

 徐々に声が小さくなっていい最終的には俯いてしまった。

「ふぅ、済まないな、君の事を見ているとどうしても
 あの子の事を思い出してな……」

「……そうか、一つ聞いても良いか?」

 俺は今までずっと心の奥底で引きずっていた事を
 思い切って聞いてみることにした。

「なんだ?」

「ゴウルはどうなったんだ?」

「!?、何故、ゴウルの名前をしっているんだ?
 ……ま、まぁ良いか、アイツは生きている。あの子の事を探している。
 人狼族は無駄に生命力が高いからな、首を駆られたって数時間は生きているぞ」

 あっぶねぇえええ!!!!
 勢いでゴウルの名前をだしてしまったじゃないか!!
 ジブお姉ちゃんがさらりと流してくれて助かったぞ……
 でも、生きているんだなゴウル……良かった、良かった!

「そうか、良かった」

 自分でも驚くほど優しく清々しい声が出た。

 本当ならお義父さんの事も知りたいのだが、
 流石にそこまで聞いてしまうと俺がラソではなくソラだということが
 バレてしまうので自重する。
 ゴウルが生きているということを知り、
 今まで心の奥底にずっとあった突っかかりが外れ、
 俺は今絶好調で、最高に気分が良い。

「私も一つ聞いても良いか?」

「何だ?」

「あの子は元気だろうか」

 一体ジブお姉ちゃんはどういう意図で
 その言葉を投げかけてきたのだろうか。
 俺から言えることは一つしかない。

「ああ、元気だ、絶対に、な」

「ふっ、そうか――それを聞けて私は安心したよ。
 やっぱ、さっきの言葉は無しにしてくれ。
 君がどこまでやれるのか私は試してみたくなったよ」

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