勇者になれなかった俺は異世界で

倉田フラト

冷静になろう

 それから少しの時間が経過し、
 最後の捕虜達を連れて行ったヘリムが
 少しつまらなさそうな顔をしながら部屋に入ってきた。
 一体どうしたのだろうか、と気になるが、
 今はそれよりも大事な事が目の前にある。

 俺はヘリムの事を脳の端に置き、
 意識を改めて彼女から情報を聞き出す。

「じゃあ、知ってる限りの事で良いから話してくれ」

「分かったわ、
 だけど、その前に自己紹介をさせて欲しいのよ」

「ん、あぁ、そうだな」

 一体なんの為に自己紹介をするのだろうかと
 一瞬だけ疑問に思ったが、これから話をする際
 『お前』だと色々と不便で、
 名前を知って置くのは意外と必要な事だと判断した。

「私は、妖精王直属大精霊術師団長イシアですのよ」

「お、おぉ……」

 何やら胸を張り物凄くドヤ顔をして来ているが、
 その、妖精王直属大精霊術師団長と言うのがどれ程な位なのかが
 分からない為、どう反応したら良いのやら。
 だが、何となく凄い事は分かる。

「……」

 彼女、イシアが何やら言ってほしそうな表情で此方を見て来ている。
 妖精王直属大精霊術師団長について何か褒めて欲しいのだろうか。
 なんと褒めれば良いのか分からない為、
 苦し紛れにそれらしい事を捻り出す。

「直属なんてすごいじゃあないか……あれ」

 頑張って捻り出したつもりだったが、
 イシアは気に喰わなかったらしい。
 先ほどよりもジト目で此方の事を見つめてくる。

「……君の名前を聞きたいのよ」

「あっ、そういう事……」

 勘違いしていた自分が恥ずかしくなり、
 思わず下を向いてしまった。
 普通、自己紹介をされたら自分からも自己紹介すべきだ。
 そんな常識な事すら忘れていた自分が恥ずかしい。

「俺の名前はソラだ。首輪とか見て分かると思うが俺は奴隷だ。
 さっきまで一緒にいたあの小っちゃいご主人様のな」

 この場にエキサラは居ないので、言いたい放題だ。
 もし聞かれていたら物凄い事になるだろうが、
 下で捕虜達を監視しているから恐らく大丈夫だろう。
 たぶん……

「え、え、え……君って奴隷だったの!?」

 魚の様に目を丸くして口をパクパクとさせながら、
 イシアは驚きの声を上げた。
 首輪が付いている時点で奴隷だと分かるはずなんだが、
 最新のファッションか何かだと思われていたのか?

「見たら分からなかったのか?」

「てっきり、お洒落かと思ってたわ…」

 これがお洒落って……
 この世界のファッションセンスはどうなっているんだ。
 俺は自分の首に付いている首輪を触りながらそんな事を思った。

「本当に君って……いや――」

 何やらブツブツとそんな事を呟いていたが、
 一度エキサラにきつく言われている為、
 遠慮しているのだろう。
 俺の事をあまり詮索しようとはしなかった。

 軽めの咳払いをして、気持ちを切り替え、

「私の知ってる事を全て話すけどあまり期待はしないで欲しいわ」

「あぁ、頼んだ」

 情報がゼロよりも一ミリでも情報が得れるのならばそれでいい。
 欲を言えば詳しく知りたいが、
 情報を持っているのはイシアのたった一人の為
 この際、余り詳しい事が分からなくても仕方が無い。

「まず、私達妖精族が人獣と同盟を組んだ話から――」

 長時間話す為ずっと立っているのは辛い為、
 イシアは壁によしかかりながら話をしてくれた。
 彼女の説明は何と言うか丁寧で分かりやすいのだが、
 丁寧すぎて少々諄い箇所も幾つかあったが、
 欲しかった情報はある程度手に入れる事が出来た。

 同時に夥しい程の殺意が生まれた。

 同盟を組んだ理由は大して知りたくはなかったが、
 どうやら金目当てだったらしい。
 妖精族たちは何やら最近大きな城を建てたらしく金に困っていたのだ。
 どこの種族も金には目が無いのだなと改めて思った。

 人獣達がエルフ族を狙った理由は魔法の技術を得る為だったらしい、
 だが、これは表の目的であり本当の目的は自分たちの専用の奴隷にする事。
 エルフ達は見た目が物凄く美しい為、やはりそういった欲が出て来てしまうだとか。
 俺はそれを聞いた瞬間に人獣族を皆殺しにしては良いのではないか
 そんな事を思ってしまったが深呼吸をして心を落ち着かせる。

 自分達の力だけでは到底、
 魔法に長けているエルフ達には勝つことは出来ない。
 かと言って自分達よりも上の種族に応援を求めるのも
 逆に利用される可能性がある為そう簡単には出来ず、
 そこで目を付けたのが丁度金に困っていた妖精族だったらしい。

 妖精族が一生遊んで暮らせるほどの金で契約し、
 前払い金に半分を渡し、あとは戦いが終わったら払う。
 そんな感じで妖精族が裏切れない様な契約結んだ。

 それからはあっと言う間で、
 妖精族は魔物を操りながら人獣達と共に
 片っ端からエルフ達を捕虜にしたり虐殺を開始した。
 幾ら魔法に長けているエルフ達でも
 大量の凶悪な魔物の前では成すすべ無く倒れていき、
 次々とエルフの村や国は占領されていった。

 エルフ達がいる巨大な国は全て占領して、
 残るは散らばっている村々だった。
 流石に無数にある村々を探し回るのは骨が折れる作業の為、
 妖精族の王はここら辺で終わりで良いのではないかと提案したが、
 人獣の王はそれを拒否し、
 此処で止めるなら契約は全てなかった事にすると脅しをかけた。

 妖精族は大量の金が手に入ると思い、
 全力を出して人獣達に協力していた為、
 ここで契約を破棄されては何もかもが滅茶苦茶になってしまう。
 妖精族は金の為に渋々従うしか無かった。

 それから、捕虜を数人選び魔物を寄生させ村に帰すと言う作戦を始めた。
 寄生した魔物は時間が経つにつれ徐々に肉体を破壊していき、
 村に着いた頃には肉体は崩れ魔物が外に飛び出し
 村々を占領していくという訳だ。
 頃合いを見て軍を出して生き残ってるエルフ達を捕虜にする。

 実に簡単で非人道的だ。

 そこで選ばれたのがあの人だったという話だ。

「私の知っているのは此処までよ――っ!!」

「ソラ君……」

 話を聞き終えた俺は抑えきれない程の殺意を目に宿らしていた。
 きつく握られた拳は爪が皮膚を抉り血が流れ、
 噛みしめた下唇からは少量の血が。
 だが、そんな痛みも感じず傷は何後も無かったかのように治る。

「……最後の質問だ、
 このペンダントに写ってる娘はどうなった?」

「……分からないわ、
 散々良い様に弄ばれ、運が良かったら生きてるかもしれないわ。
 人獣達は相手が子供だろうがそんなのは関係なしに――ひっ!」

「――っ」

 この感情をどうしたら良いのか。
 俺は近くの壁を力一杯殴りつけた。
 妖精族である彼女を殴れば少しは気が晴れるのだろうか。
 そんな事を思ってしまったが、
 申し訳なさそうに俯いているイシアの姿を認識し、
 その感情を壁にたたきつけたのだ。

「ソラ君……」

「なぁ、ヘリム、
 俺がもし滅ぼしたい種族がいるって言ったらどうする?」

 怒りと殺気が混じった震えた声でそう問いかける。

「それは勿論協力するよ――」

 いつも通りの肯定の答えだった。
 だが――

「でも、本当に良いのかい?」

「?」

「滅ぼすだけで良いのかい?
 僕ならもう二度とその種族が繁栄しない様に、
 塵一つ残るどころか、世界からそいつらの記憶すら消すね」

「っ……」

 ヘリムがいつも通りの事だがさらり恐ろしい事を口に出して、
 思わず殺意すら忘れて口を開け唖然としてしまった。

「あー」

 何だか一時の感情に流されていたが、
 ヘリムがとんでもない事を言い出した為、
 先ほどの様な感情は和らぎ冷静になることが出来た。

「やっぱ、いいや。
 訂正する、倒したい王がいるんだがどうする?」

 全ての人獣が悪いと言う訳でもない。
 滅ぼしなんてしたら他の種族から危険視され、
 戦争を吹っ掛けまくるかもしれない。

「うん、勿論、協力するさ!」

 何やら嬉しそうに頷き、そう言ってくれた。
 ヘリムは俺が間違った方向に進もうとしていたのを
 止めてくれたのだろうか……考えすぎかもしれないが、一応

「ありがとな」

「ふふふ」

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