勇者になれなかった俺は異世界で

倉田フラト

ヘリム=少女

 食事を終え、俺は動けないので
 ポチにフェンリルの姿になってもらい
 寝室まで連れて行ってもらった。

 エキサラとヘリムは片付けがあるため
 寝室には俺とポチの二人っきりだ。

『久しぶりに調理された物を食べれて幸せだ』

 久しぶりって事はやっぱり獣らしく
 今までは生肉ばかりだったのか。
 まぁ、野生ならそれが当然だよな。

『ああ、勿論ソラの肉も食べれて幸せだぞ』

 俺は何もいってなかったのだが、
 ポチは慌てた様子でそんな事を言ってきた。
 俺はどういった反応をすれば良いのか
 分からなかった為ポチの顔を見て苦笑いをした。

『そうだ、明日の事なんだが、
 ソラが辛いのならば明日は無しでも良いぞ』

「おお、それは助かる。
 正直にいって明日はずっと寝て居たい気分」

『その変わり明日も此処で夕飯を食べるからな』

「そっか、エキサラに言っておくな」

『ああ』

 ポチはそれから少しして、
 ちょっと言ってくると言って寝室から出て行った。

 暫くして二人が寝室にやってきた。
 そこには人型のポチの姿があり、
 聞くと折角なので今日は泊まっていくらしい。
 3人寝ても全然余裕があるベッドなので
 1増えた所でどうってことはない。

 皆がベッドに入り眠っていく中、
 俺はエキサラに何をされるのかとビクビクしていた。
 するとエキサラが

「やっぱ今日は何もしないのじゃ」

 と皆を起こさない様に小声で言ってきた。
 予想外の事に俺は理由を尋ねた。

「なんで?」

「流石に妾でも元気の無いソラをいじめたりはしないのじゃ」

「いじめって……」

 俺はいじめられてる何て意識したこと無いんだけどな、
 エキサラは俺の事をいじめてるつもりだったのか……
 つくづく恐ろしい子だ。

「でも元気になったらいじめるからのう、
 楽しみにしてるのじゃ」

 何を楽しみにしてろと言うんだか、
 俺はいじめられて快感を得る特殊な性癖は持ち合わせてないぞ。
 全く、エキサラは何を言ってるんだ。

「いやいや、いじめなくていいよ」

「くははは」

 エキサラは意地悪そうな笑いをしながら眠りについた。
 俺も苦笑いをしながら目を瞑り眠りについた。

 翌日、目を覚ますと既に皆起きたようで
 ベッドの上には誰もいなかった。
 朝の運動を兼ねて腕を回したりして体を解す。
 若干体が重いが回復したようで体が確りと動く。

「うおぉ……だる」

 なんとか体は復活してくれたみたいだが、
 疲れがドッと溜まっており物凄くだるい。
 今日はずっと寝て居たい衝動に襲われ、
 俺は再び体をベッドに沈めた。

 眠気は一切ない為、眠りにはつかないが
 横になっているだけでも結構楽になる。
 昨日ポチに今日の約束は無しにしてもらって助かったな。

「――あ?」

 ベッドの上で横になっていたハズだったが、
 気が付いた時には既に俺は見知らぬ場所にいた。
 草が生い茂っている自然豊かな草原。
 そんな草原には似合わなく場違いな物が目の前に建っていた。

 鎖が何重にも巻かさっている巨大な扉、
 そこからは何かは分からないが、
 異様な感じがビリビリと伝わって来て
 近づく事を本能的に拒否する。

 上を見上げるとそこには太陽は無く、
 代わりに黒い物体が浮いていた。
 黒い物体からは幾つもの腕の様なものが伸びており
 空を覆い隠している。

 赤黒く照らされている草原で俺は体を動かし、
 異変に気が付く。

「どうなっているんだ……」

 訳が分からない。
 体のだるさが消えており体が物凄く軽い。
 それに何故だか力が沸いてくる気がする。

「よぉ」

 突然後ろから声がして
 反応し振り向こうとしたのだが――

「――っ!」

 顔面をあり得ない力で殴られ、
 思いっきり吹き飛ばされ無気力に飛ぶ体は
 巨大な扉にぶつかり止まった。

 破損した部位は即座に回復する。

「何が……誰だお前」

 俺を殴り飛ばした犯人を睨み付けた。
 全身が包帯で包まれている謎の人物。

「あぁ?誰ってお前……いや、流石に意地悪か
 仕方ない、俺はお前だ。」

「は?」

 包帯男の言っている意味が良くわからない。

「まぁ、そうは言っても理解出来ないだろうな。
 俺も今のお前の立場だったら絶対に困惑するだろうからな」

 そう言いながら扉を背に尻もちをついている
 俺の下まで近づき手を差し伸ばしてきた。

「何のつもりだ?」

 いきなり殴り掛かってきたと思えば
 次は手を差し出してくるとか……一体何を考えているんだ

「もしかしなくても、さっき殴った事で怒ってるのか。
 ごめんって、ちょっと確かめたい事があっただけだから」

 もう片方の手を顔の前にやり
 軽い会釈をして謝ってきたが全然気持ちが籠っていない。
 本気で謝る気はないのだろう。

「そんなんで許せる訳ないだろ」

「そっか、残念だ。
 じゃあ俺の事を一発殴っても良いぞ」

「お、本当か?」

 思いっきり殴ってやる。
 それなら許してやってもいいな。

「ああ、ほらこいよ」

 俺は手を取らずに自分の力だけで立ち上がり、
 一度息を軽くはき、力強く拳を握り
 包帯男の右頬目掛けて思いっきり殴った。
 鈍い音がなり包帯男は後退った。

「弱くなったな」

「?なにを言っている――っ!!」

 突然頭の中に大量の情報が流れ込んできた。
 内容は様々だが、そのどれもが俺の知っている情報だった。
 頭が破裂しそうな程激しい情報の波が押し寄せてくる。

「ああぁああ!いてええ!
 おま、え何を――」

 激痛に耐えながら俺は包帯男に訴えた。

「ごめんな、でも俺達は不器用ながら仕方がないだろう?
 俺はお前だが、お前は俺では無い。
 未来に追い付く事はあっても過去に追い付く事はないからな。
 これはお前の無意識が生み出した結果だ。」

「な、にを――」

「お前には自覚は無いだろうな。
 まぁ仕方がない、無意識が起こした結果が俺なのだから。
 お前が望んだ事だ、恨むなら無意識の俺とお前を恨め」

 激痛で意識が朦朧としてきた。
 視界が徐々にぼやけていき――

「次会った時に詳しく説明してやるよ」

「――ぁ」

 そして俺の意識はブラックアウトした。

「――くん、ソ――ん、ソラ君!」

「う……」

 激痛に耐え切れずに闇に沈んだ意識が
 ヘリムによって呼び起され、
 闇に光が差し込んだ。

「ヘリム……おは、よ」

 先ほどの激痛ほど酷くはないが
 頭の中がガンガンと叩かれているような
 鈍い痛みが残っている。
 体の怠さは鈍痛と引き換えに消えている。 

 そんな痛みを耐えながら
 何やら心配そうな表情を浮かべているヘリムに
 挨拶した。

「大丈夫かい?随分と魘されていたけど……」

「そうなのか、大丈夫だ、何ともない」

 本当は先ほどの出来事をヘリムに相談したいが、
 そんな心配そうな顔をされたら
 意地でも兵平気を装いたくなるだろ。

「本当かい?何かあったら僕に言うんだよ?」

「ああ、大丈夫だ」

 激痛に魘されているときに掻いたのだろう、
 俺の体は汗びっちょりで凄く気持ちが悪い。

「汗掻いたから風呂入って来るな」

「うん、分かったよ。
 でも、大丈夫?一人で入れる?」

 一体何故ここまで心配されているのだろうか。

「大丈夫だ……少し心配しすぎじゃないか?
 そんなに調子悪そうに見えるのか?」

 ヘリムは一瞬目を逸らし、
 迷っている様な仕草を見せ
 再び目を此方に向けた。

「ソラ君は知らないと思うけど、
 魘されている時、ソラ君から凄い殺気が溢れだしていたんだよ」

「殺気だと?」

 確かにあの包帯野郎には殺気が沸いたが、
 ヘリムが心配するような強い殺気程では無かったハズだ。
 それに今の俺が殺気を出した所で気付くかどうかすら
 分からない程の弱弱しい殺気しか出せないはずだが。

「あの殺気は、そうだね……
 ソラ=バーゼルドの殺気にそっくり
 と言うかソラ=バーゼルドそのものだったよ」

「前の俺の殺気?どういう事だ……」

 リミッターを解除している状態なら
 別にその様な殺気が出ても不思議ではないが……
 もしかして魘されている間に無意識にリミッターを解除していたのか?
 それが事実なら結構危ないな。

「僕にも分からない……
 魂に残っているソラ=バーゼルドの力が
 何かの拍子に発動したのかもね。」

「そんな事あるのか?」

「あるも何もリミッター解除が
 これだと僕は考えているんだけどね」

「なるほど……」

 今初めて聞いたが俺の魂にはまだ力が残っているのか。
 それがリミッター解除によって呼び起されて発動し、
 一時的に力を取り戻せるって事か。
 じゃあ、やっぱり俺は寝ながらリミッターを解除していたのか?

「神様なのに分からない事ばかりでごめんね」

「え、いや……いきなりどうしたんだ?」

「ソラ君を転生させてから
 僕の予想外の事ばかり起きて対処しきれなくて
 ソラ君には迷惑ばかり掛けてるから
 申し訳なくなってさ」

 確かに転生してから色々な事が起きたな、
 別にヘリムが悪いとか思ってもいないけど。
 嫌なことも沢山起きたけどそれ以上に良いことも起きた。
 これはこれで良い人生だと思ってる。

「気にするな、神様だから何でも出来るって訳でもないだろう。
 俺はヘリムの事は神と言うより一人の少女として見てる、
 だから別に分からない事があろうが間違ったことをしようが
 俺は軽蔑したりしないぞ、寧ろ出来ない事があって安心する」

 どっかのショタ神も何でも出来るって訳じゃなかったしな。

「ソラ君……」

「おっと、そんじゃ風呂入って来る」

 俺は今にも泣き崩れそうなヘリムから逃げるように
 風呂に向かった。

「ふぃいー」

 風呂に浸かり思わず変な声を漏らし、
 肩までしっかりと浸かり疲れを癒す。
 一日風呂に入ってないだけだったが、
 物凄く久しぶりの風呂に感じる。

『もう大丈夫なのか?』

「うお!?」

 誰もいないと思っていたのだが、
 お湯の中からポチが浮き出てきた。
 しかもフェンリルの姿でお湯に浸かっている為、
 もふもふの毛がペシャリとなっていてポチが別人の様に見える。

「びっくりしたな……まだ頭痛がするけど大丈夫だ」

『そうか、では明日から再開するか
 まぁ、頭痛が辛かったのならば休んでも良いが』

「いや、明日は何が何でもやる――って泳ぐな!」

 ポチは手足を水中でばたつかせ
 スイスイーと犬泳ぎで気持ちよさそうに
 お湯の上を移動している。

『いいじゃないか、いいじゃないか』

「いやマナーとしてだな……
 って此処は別に公共の施設じゃないから
 別に良いのか……何でもない別に泳いでても良いぞ」

 余りにも広い風呂だから公共の物だと思ってしまったが、
 冷静に考えれば此処は城にある只の風呂だもんな、
 別に此処で泳ごうが騒ごうが誰の迷惑になるわけでもないし
 何しても良いよな。

『ソラも泳いでみるが良いぞ』

「いや、遠慮しておく」

 流石に頭痛がしてるなか泳ごうなんて
 気は起きないぞ。
 まぁ、頭痛が無くても泳ごうと何て思わないだろうが。

「そういえば、もう夕食終わった?」

『いや、これからだぞ
 我も先ほど来たばかりだからな』

「そっか、なら良かった。
 朝も昼も食べてなかったからお腹ペコペコだ」

 幾ら寝ていて動いてないからと言っても
 お腹は空くのだ。
 寧ろ動いて無い時と動いてる時に比べたら
 動いてない時の方がお腹空くのだが、
 これは俺が特殊なのだろうか。

「なぁ、ポチ」

『ん』

「動いてる時と動いてない時だと
 何方の方がお腹が空きやすい?」

『そうだな、我は動いてない時かな、
 動いている時は必ずと言っていいほど
 肉を喰らってるからな』

「はは、物騒だな」

 ポチに聞いたのは間違いだったかもしれない。
 ポチは野生なのだから獲物を捕らえて喰らう。

『我はそろそろ上がるが、ソラはまだ浸かってるのか?』

 ポチが泳ぎながら上手いこと俺の前で
 止まり此方を見てそう言ってきた。

「んー、そうだな、俺も一緒に上がるとするよ」

『そうか、では行くぞ』

 風呂から上がりタオルで体を拭く。
 体をある程度拭き終わり、
 着替えようとしたのだが、

「うぉおい!」

 ポチがブルブルと体を左右に震わせて
 水を切り、その水が拭きたての俺の体にかかり、
 再び濡れてしまった。

『おっと、すまない』

「ポチ……こっちに来い」

『ん?』

「俺がもう二度とブルブルしない様に拭き取ってやる」

 俺はポチの濡れた毛をタオルで優しく拭くと同時に
 毛の感触を楽しむ。

「よし、良いだろう」

『誰かに拭かれるのは初めてだったが
 悪くは無いな次も頼んだぞ』

「おう、任せとけ」

 確りと拭き終わり着替え、
 俺は何となくポチの上に乗って
 部屋に向かった。

 既に部屋には料理がたくさん並んでおり、
 ヘリムとエキサラが席に座って待っていてくれた。
 俺はポチから降りてポチは人の姿になり
 急いで席に着いて夕食を頂いた。
 

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