勇者になれなかった俺は異世界で

倉田フラト

おはよう新しい自分

 意識が朦朧とする。
 本当にファルウエとか言う世界に転移したのだろうか。

「……」

 徐々に視界がぼやけが無くなって、
 同時に音も聞こえるようになってきた。
 環境音とかは特に聞こえなく、
 唯一聞こえてくるのは話声だった。

 若干聞こえ難かったが、
 暫くすると視界のぼけも無くなり鮮明に見えるようになり、
 音もハッキリと聞こえるようになった。

 目の前には見知らぬ天井が広がっていた。
 どうやら俺は寝転がっている様だ。

 取り敢えず、周りの状況を把握しようと起き上がろうとしたが、
 体が動かなかった。
 俺は、視界とかと同様に体も暫くすれば動くようになるだろうと考え、
 仕方がないから暫く寝転がっている事にした。

 ああ、暇だ。

 特にやる事も無いので、
 俺は先程から聞こえてくる話声に耳を傾けた。

「……それはそうと、
 あの子はどうするんですか?」

 女性の声だ。
 優しい感じだが、どこか厳しいようなそんな声だ。

「そうだな……後先考えないで行動しちまったからな……」

 こっちは、男の声だ。
 物凄く男の中の男って感じな声だ。

「はぁ、ヴェインさんは本当にそう言うとこはダメですよね。」

 男の名前はヴェインと言うらしい。

「仕方ないだろ、幾ら人間とはいえ見捨てる事は出来ない。
 それに、あいつはまだ赤子だ。
 そんな幼い子を見捨てるなんて騎士失格だ。」

「確かに赤子ですが、私達は人狼ですよ?
 もし、他の仲間にバレたら大変な事になってしますよ。」

 人狼だと?人狼ってあれだよな。
 狼だけど人の姿をしていて、
 俺が幼い時カッコいい!って思ってたあの人狼だよな?

 ……てか、赤子とか、見捨てるとか一体何の話をしているんだ?

「あー、その事なら問題無い。」

「へ?」

「団長にこの事を伝えたら、笑顔で
 『元気で逞しい子に育て上げてくれ、その内私にも紹介するんだぞ。』
 って言ってくれた。」

「えぇ!?何時の間に……でも、 
 あの団長さんがそう言うのであれば、確かに大丈夫そうですね。」

「ああ……元気で逞しい子か。
 団長の期待に添えるか心配だな。」

「ヴェインさんなら大丈夫ですよ!……たぶん。」

「たぶんかよ、そこは嘘でも断定してくれよ。」

「はは、所で赤子の名前って決めましたか?」

「いや、あいつには元から名前が付いていた。
 拾った時に一緒に名前が書いてある紙が置いてあってな
 『ソラ』って言うらしいぞ。」

 おお!俺と同じ名前だ!
 俺みたいに良い子に育つと良いな、
 ソラ君――いや、ソラちゃんかも知れないな。

「ソラですか、じゃあ、ソラ=マッルシュークって事になるんですね。」

「そうなるな。」

「……何だか可哀そうです。」

「あ?どういう事だ!!」

「あっ、ソラ君って今どこにいるんですか?」

「おい!無視するな……あそこで寝てる。」

「ちょっと顔を見てきますね~」

 足音が聞こえる。
 それもこっちに近づいて来ている。

 ……やばい!!やばい!!こっち来るぞ!
 くそっ!体が全然動かねえ、やばい――っ!!

「あっ」

「あ」

 目が合った。
 女性の顔はとても整っていて、
 色白く、青色の瞳をしていて髪は金髪のロングヘアだ。

 そんな女性が動けず寝転がっている俺の事を上から覗いてきた。
 長い髪の毛が顔に掛かってほんのりと良い香りがする。

 やばい、今は香りなんて楽しんでいる暇は無い。
 どうする?何て言い訳をすればいいんだ?
 つか、そもそも何で俺はこんな所にいるんだよ!

「おはよー」

 焦っている俺とは反対に、
 女性は優しい声であいさつをして来た。
 突然のあいさつに少し戸惑ったが、
 一応返すことにした。

「お、おあおう」

 っ!?何だ?
 今の声俺が出したのか?

 『おはよう』と言ったつもりだったが、
 俺の口から出たのは『おあおう』だった。
 これは紛れもない喃語だ。

 どうなっているんだ?
 何でちゃんと発音できないんだよ!

「おああう、おあうあ!おああう!!おうあ――」

 何度やっても意味のある言葉にはならなかった。
 そんな俺を見かねて何を思ったのか女性はニッコリと笑って
 俺の体を両手で掴んだ。
 そして――

「あうあっ!?」

「よし、よし。」

 女性はいとも簡単に俺の体をひょいと持ち上げ、
 胸の近くまで持っていき、
 まるで赤ちゃんを慰める様に揺らしてきた。 

 なんだこいつ!?
 俺の事をいとも簡単に……どうなってるんだ?
 この世界の住人はこんなに力が在るのか――なっ!

 女性によしよしされながら焦っていると、
 ふと、俺の目に鏡が映った。
 そして、その鏡を見た俺は言葉を失った。

 な、何だよこれ。どうなっていやがる……

 そこには、女性に抱かれた一人の赤子の姿が映っていた。

 そして、俺は鏡に映った自分を見つつ、
 ヘリムの顔を思い浮かべながら力一杯叫んだ――

「あうあうあああああああああああああ!!
 (転生するなんて聞いてないぞおおお!!)」

・・・・

 衝撃的な出来事から何日経っただろうか。
 下手すれば年を越しているかもしれない――いや、確実に何年かは経った。

 気が付けばしっかりと言葉を話せる様になり、
 まだ、上手く歩ける訳ではないが、
 自分の力だけで立ち歩く事が出来る様になっていた。

 じゃあ、その間俺は一体何をしていたかって?
 それは――

 ずっと寝てた。
 それと、ハイハイ

 後たまにおっさ――お父さんに連れられて人狼達の宴とかに行って
 ……寝てた――寝てただけじゃねえかっ!
 と自分自身でもツッコミたい。
 だが、これだけは言わせてくれ。

――仕方ねぇじゃん!

 だってさ、俺、気が付いたら赤子になってたしっ!
 赤子だから何も出来ないしぃ?
 一応お父さんのヴェインは、何時も酒臭いし、
 宴に連れて行かれても何もすること無いし、
 ヘリムの野郎に文句を言おうとしてもどこにもいないし……

 行動の選択肢が『寝る』しか選択出来ないクソゲーみたいな人生だった。
 だがしかし、それも今日でおしまいだ。
 何と、俺は昨日遂に、遂に“しっかり”と歩けるようになったのだ。

 自分的にはかなり早い成長だと思う、他の赤子はどうかは知らない。

 歩けるようになった。つまり自由になったという事だ。
 今まではあの酒臭いお父さんに抱っこされながら移動したり、
 たまに、あの女性が抱っこしてくた。
 その瞬間だけは幸せだなぁ。と思ってしまっていた……

 少し残念だが、それももう終わりだ。

・・・・

「よいしょっと」

 目が覚めた俺はベッドからおりた。
 ちなみに、俺が言葉を喋れるようになった頃から部屋を与えられ、
 今俺はその部屋で寝たりしている。自
 分の部屋と言っても、
 殆どお父さんが部屋の中に居るので完全に一人部屋とは言い難い。

「あれ、今日は居ないのか。」

 今日はお父さんは部屋には居ない。
 恐らく下の階で朝ご飯でも作ってくれているのだろう。

「一人で下まで行って驚かしてやろうか。」

 そんな事を呟き俺は下へと向かった。
 部屋を出て階段まで向い、ゆっくりと降り始めた。

 歩ける様になったとは言え、俺の体はまだ幼い。
 あまり調子に乗ると直ぐに転んでしまうだろう。
 しかも階段で転んだりしたら……おぉ、怖い怖い。

「ゆっくり、ゆっくり。」

 階段にある手すり的な所を使って慎重に階段を一段一段降りて行った。

「よし。」

 無事階段を降り終った俺はさっそくお父さんが居ると思われる
 台所へ向かった。

「忍び足、忍び足……」

 膝を柔らかく使って余り音を立てないように歩いた。
 と言っても、体がまだ幼いせいか、
 普段やらない事をやっているからか、
 余り音を消す事が出来て居なった。

 台所があるリビングのドアを少しだけ開けて中を覗くと、
 予想通りお父さんが鼻歌を歌いながら
 得意げにフライパンらしき物を振るい料理を作っていた。

 うわぁ、似合わねえ……

 お父さんことヴェインは、
 赤毛で鋭い眼つきをしており、瞳の色も髪と同じく赤く、
 がたいは服越しからでもハッキリと分かるぐらいムキムキだ。
 それと物凄くモテる。

 見た目はあんなんだが、料理は滅茶苦茶旨い。
 凄いよなぁ、料理も出来てその上副団長だしな
 ……そりゃモテモテだろうな。

 宴の時にチラッと聞こえただけだが、お父さんは副団長らしい。
 かなり強いとか
 ……実際に戦っている所を見たことが無いから良く分からないが。

 強くて料理も出来てモテて……あぁ、何だか虚しくなってきた。
 お腹も空いたしそろそろ驚かしてやるか。

――ドンッ!

「おはよう!お父さん!」

 ドアを勢い良く開けて俺はそう言った。
 子供らしく、そう言ったが自分で言ってて正直気持ち悪い……

「おう?!ソ、ソソソラッ?
 お、お前?あ、歩ける――歩いてるぅ!?」

 予想以上の反応を見られて満足だ。
 つか、驚きすぎだろ……

「ゆ、夢じゃないよな?」

「夢じゃないよ、それより料理大丈夫?」

「お?おあああああっ!!」

・・

「……苦い。」

「すまねぇ……」

 俺が驚かせたせいで料理が焦げてしまった。
 面白かったが、少し後悔だ。
 美味しい料理が台無しだ。

「にしても驚いたなぁ、
 お前何時からそんなに上手く歩ける様になったんだ?」

「昨日かな?」

「昨日か、なんで教えてくれなかったんだ?
 お父さんは悲しいぞ。」

 お父さんは悲しいのか。
 そりゃあ、悪い事をした。

「ごめんなさい……驚かせたくて……」

 こういう時は素直に子供らしく謝るのが一番。

「いやいや、謝ることは無いぞ!寧ろ――」

――ドンッ!

「おい、ヴェイン!腹減ったぞ、飯食わせろ。」

 お父さんの言葉を遮り、帽子をカッコよりかぶり、
 黒髪で真っ赤な瞳をしてすらっとした女性が家の中に勢いよく入ってきた。

 団長、宴で何度かあっただけだが、
 物凄く俺の事を抱っこしてくれる良い人だ。

 名前は知らない。強さも知らない。キレると怖いらしい。
 それくらいしか分からない。

「って、何だそれはう○こか?」

「おい、○んこって言うな!!
 全く食事中だぞ。
 マナーがなってないな、これだから団長はモテないんだよ。」

 お父さんと団長はとても仲が良い。
 いっそ結婚してしまえば良いのに。

「おいおい、二人の時はジブと呼べって言っただろ。」

 ジブと言うのか。

「ふっ!残念だが今回は二人じゃないぞ――」

 お父さんはそう言って苦い朝食を頑張って食べている
 俺の事をひょいと持ち上げた。

「じゃ、じゃーん。なんとソラも一緒だっ!」

「おお!!愛しのソラたんじゃないかっ!
 久しぶりだな~ちょっと貸してくれ。」

 ジブはお父さんの許可を得ずに俺の事を無理やり奪い取った。

「おい!優しくしろ!ソラは人狼……」

 人狼ではない。
 そんな事位知ってる。
 お父さんはその事を隠すつもりなのか。
 俺がもう少し大人になったら言うつもりなのか。

「分かってるよ。
 よし、よし。怖くないですよ~」

 うわ、顔近い……
 あぁ、何か良い匂いがする……幸せかも。

「おいおい、ジブ。ソラはもうそんな年じゃないぞ。
 何とな、ソラはもう一人で歩くことが出来るんだぞ!」

「何だと!!私と合っていない間にそんなに成長したのか
 ……だが、関係無い!」

 ジブはそう言って赤子の時みたいによしよしと揺らしてきた。

「よし、よし、お姉さんが可愛がってあげますよ~」

 うわぁい、やったー。
 意外と転生ってありかも……

「あとな、ソラはもう喋れるからな。」

「なっ、そうなのか!
 と言う事はもう言葉の意味も理解しているのか
 ……だが、関係無い!!
 じゃあ、ソラたん、ジブお姉さんって呼んでみて!」

「ジブお姉ちゃん」

 うわぁ、気持ち悪い。
 自分で言ってて吐き気が……でもまぁ、見た目はまだ幼いし、
 これ位やって丁度いいんじゃないかな。

「きゃああ!聞いた?ヴェイン!ジブお姉ちゃんだって、可愛い!!」

「ふっ、俺はお父さんだぞ?」

「お姉ちゃんの方が良いに決まってる!」

「いや、お父さんだ。」

 ……本当にこの世界はファルウエなのだろうか。
 聞いていた世界とは全くと言っていいほど違うぞ……



 結局、暫く俺を抱っこしてジブお姉ちゃんはご飯を食べないで何処かへ行ってしまった。
 

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