選ばれし100年の最弱剣士~100年前まで最強でしたが今や最弱採取係です~

海野藻屑

第31話 見えざるものが見えてこそ

エイナは目の前の光景が信じられなかった。

先程までイールが立っていた場所で、ティナが剣を前に突き出している。高さからして狙いが完全に心臓だったと分かり、本気で殺そうとしていたのだと、驚愕する。
が、そんなことは一瞬にしてどうでもよくなった。


ティナの突き出した剣には血がついていない。
それどころか、その先には誰もいないのだ。

その理由は何かと考えれば、自然と視線は下にいく。

「……ゴフッ……ガハッ」

もう一人は体勢を低くしながら踏み込んで、両手をティナの腹に押し付けていた。
その足下に、赤黒い液体が散る。

男の手の辺りから血が溢れているのを確認し、エイナは目を見開く。
自分が見た光景は、間違っていなかった。そう確信し、あの男──イールの強さに圧倒された。

「レイ、治癒してやってくれ」

彼は何事もなかったように、そう淡々と言うのだ。
恐ろしかった。あの男がやってのけた動きも、人を傷付けることを厭わないその心も。

「はいはーい。ほらオスティン、コールして」

レイのその言葉があるまで、オスティンも固まっていた。
普段一重で鋭い目は珍しく見開かれており、それが彼の驚愕を表しているのだろう。

「……そ、そうだね。し、勝者、イール・ファート!」

そのコールを聞いて、レイは笑顔で歩き出す。そう、笑顔で。
理解不能だった。この状況で笑顔になれるその心が、分からなかった。

「……ハルさん、どういう事ですか?イールさん、まるで見えてたみたいな動きで」

エイナは浮かんだ疑問を、そのままハルにぶつける。
人間の目で追える筈もないあの高速移動スキルを、あの男はまるで見えているかのようにかわし、その上ティナの腹をナイフで刺したのだ。
疑問に思わずにはいられなかった。

訊かれたハルは一瞬訝しげな表情を見せたが、直ぐに戻って、

「そう。イールさんは見えていたんですよ、彼女の動きが」

                            ***

ハルの言葉を聞いたエイナは、全く意味が分からないと言いたげな表情を浮かべ、暫く黙っていた。

「意味が分からない、という感じですよね。ええ、普通はそうだと思います」

エイナの心情を察して、ハルはフォローの言葉を口にする。
それを言われて漸く頭の整理がいったのか、エイナは首を一度縦に振って、

「はい、正直混乱しています。どういう事ですか?」

「そうですね、お話した方がよいでしょう。ですがその前に、」

そこまで言って、ハルは聴衆の方を一瞥する。
予想通り、聴衆はざわつき始めていた。
確実にティナが勝つと思っていた彼らにとって、イールが立っていることは不安の種でしかない。
──そうなれば出てくるのは、

「おい!どういう事だ!?なんでアイツが生きてる!?」
「ティナさんが負けるはずがねえ!お前何しやがった!?」
「殺されるのはテメェだ!」
「「「死ね!!!」」」
「「「殺せ!!!」」」

聴衆はそんなことを言いながら騒いでいる。中には武器を手に取る者さえいて、

──ああ、忌々しい

一瞬、ハルは顔を小さく歪める。

「予想通りですね。私はこの騒ぎを止めるために来たので、それが終わったら話しましょう」

振り返ったハルは、出来るだけ感情を抑えてそうエイナに微笑んだ。

再び向き直ってみれば、レイが治癒魔法を始めているにも関わらず、何人かの男が武器を振り上げて走り出していた。

「死ねぇぇ!雑魚野郎ぉぉ!」
「罪人にゃ処刑がお似合いだぁぁ!」


──ああ、忌々しい

ハルは小さくため息をついて、腰の剣に右手を添える。
そして勢いよく引き抜いた瞬間、

業火の疾剣フラマ・エスぺリオ

耳を掻くような不協和音を立てながら、大きな炎の壁がイールたちを円く囲むように現れた。
直径は10mほどで、高さは3mはある。

突如現れたそれに驚き、数人の男たちは足を止めた。
理解できない、とでも言いたそうな顔をした彼らの目は、術者を探すために泳いでいる。

それを見て、ハルはゆっくりと歩き出した。

「勝てば無罪、そうなっていた筈です。あなた方もそれに賛成したのでしょう?約束は守るべきだと思いませんか?」

ハルの口から冷たい声が発される。怒りも悲しみも喜びも感じられない。
憎悪だけが籠った、そんな声だ。

男たちの目の前まで来て、ハルは剣先を彼らに向ける。

「それでもまだヤるというのなら、私が相手をしましょう」

その眼光は、普段の彼女にはない殺意をありありと写していた。
憎悪から湧いてくる殺意。それが膨らむのを、ハル自身もまじまじと感じていた。

「落ち着けハル。大丈夫だよ、そいつらは殺せない。殺す気なんてない」

不意に、炎の壁の内側から声が聞こえた。
ハルとは別の冷たさを孕んだ声である。

「その辺にしておけよ。お前が本気になってどうすんだ?」

イールの声だった。
冷たいはずのその声音は、ハルの冷えきった心を何故だかじんわりと溶かしていく。
そんな感覚がした。

「本気じゃないですよ、さすがに半殺しです」

「嘘こけ。止めなかったら本当に殺そうとしてたくせに」

そんな会話が冷たい声で交わされたからか、数人の男の脚は震えている。
情けない。殺される覚悟もなく、人を殺すと口走るのだから。

ハルは駄目押しで、向けている剣に炎の蜷局を巻かせる。
それを見ると、男らは数歩下がって武器を下ろした。
                           
                             ***

騒動は一件落着、野次馬も愚痴を溢しながらではあるが帰り始めていた。
ハルは野次馬の監視をオスティンに頼み、エイナの所へ行く。

「先程のやりとりで、少しは分かりましたか?」

「……いえ、正直全く分からないです。実は魔法が使える、とかですか?」

ハルは無茶な質問をしたと、苦笑いで少し反省する。
そして一呼吸ついてから口を開く。

「いえ。イールさんは、人が出す『殺気』や『殺意』というものを認識することができるんです。しかも五感で」

「……はぁ?」

いきなり予想の斜め上を言われたエイナは素っ頓狂な声を出す。
だが無理もない。
ハルでさえ、詳細は知らないのだから。

「詳しいことは私たちにも教えてたくれないんですけどね。ただ、あの人は殺気の形や音、匂い、味や触れた感覚などがわかるらしいんです。それ以上は私も知りません」

エイナの表情は変わらない。無理解を示したままだ。

「……えと、もしそうだとして、でもどうしてイールさんは高速移動を避けることができたんですか?」

「ああ。恐らくですが、それは『本能』ですね。あの人は五感で殺意や殺気を認識します。つまり、普通よりも情報量が多いわけです。結果、死にたくないという本能がより働くので身体能力の向上が見られるのでは、と」

ハルは自分なりの推測をエイナに伝える。
しかし、エイナはまだ合点がいってない様子。
それも仕方ないことではあるが。

不意に、ポケットに入れていたクリシュタルスに反応があった。
ユキからの任務遂行の合図だ。

「エイナ、ユキたちがフラートさんを見つけたようです。そちらへ行ってみましょう」

そう言われ、エイナは少し驚きながら返事をした。
なにやらぶつぶつと「高速移動」「視認して避ける」などと呟いていたようだった。

そこで、ハルは1つ引っ掛かる。

「エイナ?」

「はい?」

「……いえ、何でもありません。行きましょうか」

──高速移動の速さを超えたイールさんの動きを視認した貴女は、いったい何者なのですか……?




こんにちは、毛玉です。
受験勉強の気分転換として、3文ずつくらいで書いていたらかなり時間がかかりました笑
今回は出番が少なかったハルさんを怖さ強めで書いてみました。
謎はまだまだ解決しそうにありませんが、気長に待って頂けると嬉しいです。
では、良いお年を!

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く