選ばれし100年の最弱剣士~100年前まで最強でしたが今や最弱採取係です~
第29話 裏の裏は表
──頭が重い
イールは頭を覆う鈍痛で意識を取り戻した。
と言っても意識は朦朧としていて、思考は上手く回らない。
──重い
鈍い痛みを和らげるために眉間を皺がより、それ故目を開けるのは気が進まない。
自らの状況を把握できないまま、イールは今の姿勢では居心地が悪いと思い腕に力を入れる。
──しかし、動かないのだ。
腹の感触を考えれば、今はうつ伏せになっていることが分かる。腕は何故だか顔の横に置かれているようで、そこから動かそうとすると何かに引っ掛かってすぐに制限される。
渋々目を開けると、そこは見慣れた場所であり、暗さを考慮すると夜だと思われる。
その光景に疑問が浮かびそうになり、しかし鈍痛によって思考は上書きされる。
そんなイールの耳に微かに聞こえる声が、後方から発せられる。
「あの四人には『今夜は一緒に飲んでる』と伝えた。これで満足か…?」
何の事だか分からない。首も固定されているらしく、後ろを見ることさえ不可能なため、声の主も分からない。
唯一の手掛かりであるその言葉の意味を考えるが、それにつれて頭痛も酷さを増していく。
「イール、すまねぇ……」
そして答えが出ないまま、再びイールの意識は真っ暗になった。
                                     ***
次にイールの意識を呼び起こしたのは、聞くに堪えない騒がしい声だった。
声が多すぎて、何を言っているのか処理しきれない。
何事かと思い目を開くと、目の前にはイギアの中心広場に集まる大勢の人々の姿があった。
うつ伏せになっている自分とその人々の目線の高さが同じであることに気付き、今の状況を整理する。
──これは、
イールはこの光景を知っていた。大勢の人々の前で少し高い場所にうつ伏せにされ、それを見て人々が騒ぐ。
「処刑台、か」
「よく気付いたな、この人殺し野郎……!」
イールの出した結論を肯定する声が、イールの横から発せられた。
聞いたことのない声、慣れない弱々しい口調。それはその人物がイールと何の関わりもないことを示している。
「罪状はなんだ?」
「身に覚えがないとは言わせない!君が僕の妻を一回殺したってことをなぁ!」
声の方へ顔を向けると、やはりそこには知らない男が立っていた。とても人を処刑できるうには見えない体型のその男の手には、剣が握られている。
かつて存在した独立村落「ヤマト」を思わせるような片刃で反った剣だ。
珍しい物を持っているなと、イールは能天気に感心する。
だが、男の言葉からいくらかの想像はできた。
「一回……。あんた、昨日の女冒険者の旦那か?」
「君、謝罪の一つもないのかい…?」
「ってことはそうなのか。……なるほど、やっぱりイギアは平和だな」
イールは先日の発言を思い出し、自分は間違っていなかったのだと納得した。
その様子を見た男は顔を赤くして怒りを露にする。
「君は、自分の立場を分かっているのか!?殺すぞ!」
「殺すためにお前はそんなもん持ってんだろ?宣言とかいらねぇから、さっさと殺せよ」
そこまで言って、イールは一度息を吸う。そしていやらしい含み笑いを作り、
「──殺せるもんならな」
その言葉が、表情が、男を刺激するものだとイールは分かっていた。
傍から見たら、それは自殺行為だっただろう。しかし、イールは一切の感情の揺らぎを顔に出さない。
「いい度胸じゃないか……やってやるよ!」
男は両手で剣を持ち上げて勢いよく振りかぶる。だが頂点まで到達したその剣先は、プルプルと情けなく震えていた。
「だああぁぁぁぁぁあ!」
男は目を瞑って、力いっぱい剣を振り下ろした。
広場に集まっていた人々は、それと同時に歓声をあげる。
だが、
「ほーら殺せない」
鉄製の剣は光を反射して、イールの目を映している。
剣先はイールの顔の僅かに前に刺さっていた。
それを見た聴衆は、歓声をたちまちブーイングに変える。
「おい!しっかりやれ!」
「殺すって言ったから見に来たんだ!」
「意気地無しが!」
好き放題言う人々の声を聞き、男は涙を流しながら踞る。
処刑台に寝かされた男と、泣きながら踞る男。なんとも滑稽な姿だと、イールは自分のことながら思う。
そんな時、聴衆の中から一人の女が出てきた。
桃色の長い髪を揺らしながら、その女は処刑台へ上がってくる。
「その役目、私が変わるわ」
そう言って女は落ちた剣を片手で軽々と持ち上げる。
それもそのはずだ。
今の上がってきたのは、今年のグラディオのチャンピオン、ティナなのだから。
「さて、死ぬ準備はできているかしら、罪人さん?」
その問いに、イールは先程のような軽口を叩くことができない。
察したのだ。この女は人を殺せる、躊躇うことなく一振りで終わらせられる、と。
この女から出るおぞましいほどの殺気が、そう語っている。
イールは覚悟を決めた。
目を瞑って、質問に対する肯定を示すために小さく頷く。
そして、
ザクッと音がした。
そう、音がしたのだ。
死んだら感じないはずの五感が機能したことに違和感を覚え、イールは目を開ける。
正面では変わらず聴衆が騒いでいた。
その視線の先は、イールの顔からは少しずれている。
視線を追っていくと、イールの顔は左を向いた。
すると自分の目──光を反射した鉄製の剣が見えた。
「私、生憎無抵抗の人間を殺す趣味はないのよ」
そう言って、ティナは刺さった剣をゆっくりと抜く。
「そうね、貴方にチャンスをあげるわ罪人さん!」
ティナは、名案を思い付いたと言うように人差し指を立てる。
「私と殺しあいをするの!貴方が勝ったら、罪を見逃すわ!」
そう言いきった彼女の目には、先程よりも強烈な殺意を感じた。
だがイールはそんな状況にも関わらず、心底ワクワクしていた。
6話に一瞬出てきたティナさんが登場です。
イールは頭を覆う鈍痛で意識を取り戻した。
と言っても意識は朦朧としていて、思考は上手く回らない。
──重い
鈍い痛みを和らげるために眉間を皺がより、それ故目を開けるのは気が進まない。
自らの状況を把握できないまま、イールは今の姿勢では居心地が悪いと思い腕に力を入れる。
──しかし、動かないのだ。
腹の感触を考えれば、今はうつ伏せになっていることが分かる。腕は何故だか顔の横に置かれているようで、そこから動かそうとすると何かに引っ掛かってすぐに制限される。
渋々目を開けると、そこは見慣れた場所であり、暗さを考慮すると夜だと思われる。
その光景に疑問が浮かびそうになり、しかし鈍痛によって思考は上書きされる。
そんなイールの耳に微かに聞こえる声が、後方から発せられる。
「あの四人には『今夜は一緒に飲んでる』と伝えた。これで満足か…?」
何の事だか分からない。首も固定されているらしく、後ろを見ることさえ不可能なため、声の主も分からない。
唯一の手掛かりであるその言葉の意味を考えるが、それにつれて頭痛も酷さを増していく。
「イール、すまねぇ……」
そして答えが出ないまま、再びイールの意識は真っ暗になった。
                                     ***
次にイールの意識を呼び起こしたのは、聞くに堪えない騒がしい声だった。
声が多すぎて、何を言っているのか処理しきれない。
何事かと思い目を開くと、目の前にはイギアの中心広場に集まる大勢の人々の姿があった。
うつ伏せになっている自分とその人々の目線の高さが同じであることに気付き、今の状況を整理する。
──これは、
イールはこの光景を知っていた。大勢の人々の前で少し高い場所にうつ伏せにされ、それを見て人々が騒ぐ。
「処刑台、か」
「よく気付いたな、この人殺し野郎……!」
イールの出した結論を肯定する声が、イールの横から発せられた。
聞いたことのない声、慣れない弱々しい口調。それはその人物がイールと何の関わりもないことを示している。
「罪状はなんだ?」
「身に覚えがないとは言わせない!君が僕の妻を一回殺したってことをなぁ!」
声の方へ顔を向けると、やはりそこには知らない男が立っていた。とても人を処刑できるうには見えない体型のその男の手には、剣が握られている。
かつて存在した独立村落「ヤマト」を思わせるような片刃で反った剣だ。
珍しい物を持っているなと、イールは能天気に感心する。
だが、男の言葉からいくらかの想像はできた。
「一回……。あんた、昨日の女冒険者の旦那か?」
「君、謝罪の一つもないのかい…?」
「ってことはそうなのか。……なるほど、やっぱりイギアは平和だな」
イールは先日の発言を思い出し、自分は間違っていなかったのだと納得した。
その様子を見た男は顔を赤くして怒りを露にする。
「君は、自分の立場を分かっているのか!?殺すぞ!」
「殺すためにお前はそんなもん持ってんだろ?宣言とかいらねぇから、さっさと殺せよ」
そこまで言って、イールは一度息を吸う。そしていやらしい含み笑いを作り、
「──殺せるもんならな」
その言葉が、表情が、男を刺激するものだとイールは分かっていた。
傍から見たら、それは自殺行為だっただろう。しかし、イールは一切の感情の揺らぎを顔に出さない。
「いい度胸じゃないか……やってやるよ!」
男は両手で剣を持ち上げて勢いよく振りかぶる。だが頂点まで到達したその剣先は、プルプルと情けなく震えていた。
「だああぁぁぁぁぁあ!」
男は目を瞑って、力いっぱい剣を振り下ろした。
広場に集まっていた人々は、それと同時に歓声をあげる。
だが、
「ほーら殺せない」
鉄製の剣は光を反射して、イールの目を映している。
剣先はイールの顔の僅かに前に刺さっていた。
それを見た聴衆は、歓声をたちまちブーイングに変える。
「おい!しっかりやれ!」
「殺すって言ったから見に来たんだ!」
「意気地無しが!」
好き放題言う人々の声を聞き、男は涙を流しながら踞る。
処刑台に寝かされた男と、泣きながら踞る男。なんとも滑稽な姿だと、イールは自分のことながら思う。
そんな時、聴衆の中から一人の女が出てきた。
桃色の長い髪を揺らしながら、その女は処刑台へ上がってくる。
「その役目、私が変わるわ」
そう言って女は落ちた剣を片手で軽々と持ち上げる。
それもそのはずだ。
今の上がってきたのは、今年のグラディオのチャンピオン、ティナなのだから。
「さて、死ぬ準備はできているかしら、罪人さん?」
その問いに、イールは先程のような軽口を叩くことができない。
察したのだ。この女は人を殺せる、躊躇うことなく一振りで終わらせられる、と。
この女から出るおぞましいほどの殺気が、そう語っている。
イールは覚悟を決めた。
目を瞑って、質問に対する肯定を示すために小さく頷く。
そして、
ザクッと音がした。
そう、音がしたのだ。
死んだら感じないはずの五感が機能したことに違和感を覚え、イールは目を開ける。
正面では変わらず聴衆が騒いでいた。
その視線の先は、イールの顔からは少しずれている。
視線を追っていくと、イールの顔は左を向いた。
すると自分の目──光を反射した鉄製の剣が見えた。
「私、生憎無抵抗の人間を殺す趣味はないのよ」
そう言って、ティナは刺さった剣をゆっくりと抜く。
「そうね、貴方にチャンスをあげるわ罪人さん!」
ティナは、名案を思い付いたと言うように人差し指を立てる。
「私と殺しあいをするの!貴方が勝ったら、罪を見逃すわ!」
そう言いきった彼女の目には、先程よりも強烈な殺意を感じた。
だがイールはそんな状況にも関わらず、心底ワクワクしていた。
6話に一瞬出てきたティナさんが登場です。
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