選ばれし100年の最弱剣士~100年前まで最強でしたが今や最弱採取係です~
第28話 無遠慮な遠慮
窓の外を見ればまだ日は出ていないが、夜を覆っていた空の闇が仄かに明るくなっている。夜と朝の間、そんな時刻。
昔、詩を好んでいた友人が言っていた「夜明け前が一番暗い」というのはやはり詩的な言い回しなのだという感想が、外を眺めるイールの無意識を過る。
だが、意識として過るはやはりハルの言葉であり、
──貴方がしているその逃げこそが、貴方の本当の弱さなんです!
「じゃあ、どうしたらいいんだよ……」
その言葉を反芻して結局答えが出せないまま、イールは一睡もせずいつ来るか分からないレイの目覚めを待っていた。
自分は間違っているのだろうか。
力のない自分が他人と並ぶことを、なぜ彼女は肯定するのか。無力な人間が並べば、排斥されることなど自明なのに。
そもそも彼女たちが自分を見限らないのは何故なのか。
疑問が疑問を呼ぶ。解決しようと試みれば、また新たな壁にぶつかる。
そんな数時間を過ごしたイールの表情は、当然のように沈んでいて、
「イール、どうしたの?」
不意に透き通るような心地よい声がイールの耳に入る。
その主は、イールが自問を繰り返すなか、いつの間にか目を覚ましていたレイだった。
「……レイ、目が覚めたか。悪かったな、無理させたみたいで」
イールは先程までの疑問を払拭して目の前の少女の顔を見る。
心配させまいと表情を普段のように戻して言ったが、イールの陰りを見た少女は納得していない様子。
魔力枯渇で怠いだろう身体など気にすることもなく、その瞳はただイールを射ている。
「会話が成立してないよ……って言っても、仕方ないか。うん、私は大丈夫。予想よりハードだったけどね。そっちは?」
「こっちも大丈夫だったよ。俺は何もしてないけどな」
イールは冗談めかして自虐を言ってみせる。できるだけ表情を柔らかく、決して先の悩みなど見せないように。
その虚勢を知ってか知らでか、先程とは打って変わって、レイは「しめた」と言わんばかりににへらと笑った。
「そっかぁ。じゃあ、何の仕事もせずに女の子に仕事させたんだから、ご褒美の1つくらいあるよねぇ?」
その言葉にイールは視線を逸らして外を見る。
日の光が増して紺が淡くなり、青に変わりつつある。
「……も、もちろん考えてたよ。な、何がいい?なんでも一つ、好きなことしてやるよ」
咄嗟に出たのはそんな言葉。急な割りには上手く誤魔化せたのではと、イールは内心でガッツポーズを決める。
だが、それを聞いたレイの目が鋭い光を宿したのが、横目に入った。
嫌な予感がする。
レイは頬を微かに紅く染めて起き上がる。
そして両手を広げ、口角をやんわり上げて──
「──抱いて?」
「……は?」
「だーかーらー!抱いて!」
「……よーし、朝ご飯の支度しよっかなー」
「スルーするならなんで聞き返したの!?」
「もう朝だからだよ!」
「夜ならいいの!?……うっ!」
イールは可笑しなことを言い出したレイの頭にチョップを入れる。割りと強めに。
食らったレイは声にならない声を漏らして再び仰向けに倒れた。
「なんでもって言ったのにぃ……」
涙目になりながら頭を押さえるレイを見て、イールは長いため息を溢し立ち上がる。
レイの目覚めを確認したので、本当に朝の支度をしようと思ったのだ。
「今日は安静だからな、変な気は起こすなよ」
そう言い残し、イールは音を立てながらドアを閉めて部屋を出た。
「全く、世話が焼けるなぁ」
部屋に残されたレイは悲しそうな顔をしていた銀髪の青年を想いそう口にして、外を眺める。
既に顔を出した日が、一日の始まりを教えていた。
                                  ***
時は過ぎてお昼頃。
女子四人の昼食を準備したイールは、やることがあるからと、レイのことをハルに任せてある場所へ向かっていた。
その手に握られているのは漆黒に包まれた鋭利な物──剥ぎ取ったモンスターの爪である。
明らかに闇を内包しているその見た目に、皮肉にもイールは心を奪われた。
ライには感謝しなければならない。
今日は、この爪を見たときに浮かんだ名案が実行可能なのかを確かめようと考えたのだ。
その名案とは何かと言えば、
「さて、着いた着いた」
イールの前には「鍛冶屋」と適当な──良く言えばシンプルなネーミングが書かれた暖簾がある。
ここはイールが信頼する人物、リウスが営む武器屋であり、この中に名案を相談するべき彼がいるはずだ。
「おっさん!入るぜー?」
返事が帰ってきた訳でもないのに、イールはずかずかと店内へ入っていく。
イールとリウスの関係では、この行為も特別なものではないのだが、今日はそうでもないようで。
「……いらっしゃいませ」
「れ、レオくん……?」
目も合わせることなく、客への挨拶をしたのは赤茶色をした短髪の青年──リウスの息子、レオナルド・フェールだった。
まだ若く、端正な顔立ちをしているが、その双眸には光が宿っていない。
まるで夢破れて全てを諦めてしまったかのよう。
あることがきっかけでその一端となったイールは、やはり居心地が悪い。
「今日はなんですか?」
「あ、うん。おっさんいるかな?」
全くなってない態度で客へ接する店員に、しかしイールが咎めることはない。
多少苛立ってはいるものの、これ以上の関係の悪化を避けようと、心のどこかで思っているからだ。
レオは奥にある工房を覗き、リウスへ呼び掛ける。
するとガランと音がして、リウスが顔を出した。
「おう、イールじゃねえか!どーした?」
「あ、作業中だったか、悪い」
「オメェのをな、今から始めようとしたところだ。オメェが頼んできたやつ、結構手間がかかっちまってよ。わりぃが完成はまだ先だ」
「いや、その事なんだが……。これ、使ってみてくれないか?」
そう言ってイールは持っていたモンスターの爪を差し出した。
それを見ると、リウスは訝しげな表情を浮かべて首を傾げる。
「なんだ、こりゃ?随分と綺麗な……アルマジラの爪か?」
「まぁ、半分は当たりだな。説明すると長くなるから言わないけど、これなら闇属性の魔法をかけやすくなるかと思って」
「闇属性にしちゃあ妙に黒い気ぃすっけど……まぁ分かった、預かるぜ。もしかしたら早く作れるようになるかもしれねぇが、多分闇属性特化の剣になる。いいのか?」
「ああ、それで頼む」
リウスは口元に生えた黒髭を弄りながら「了解した」と言って爪を受け取る。
様々な角度からそれを見て、それから踵を返して工房へ歩き出した。
「んじゃ、俺は行くよ」
イールも用を済ませたので出口へと向かう。
その時、意外な人物が口を開いた。
「あの、ファートさん……」
予想外の声に、イールの顔が強ばる。
振り返って見れば、そこにはレオしかいない。つまり、声をかけたのは彼である。
「えと、何かな?」
「なんて言うか……気をつけて……下さい」
「え?」
あまりにも理解を超えた発言にイールは聞き返すも、レオが答える様子はない。
それを見かねて、イールは拭いきれないむず痒さとともに店を後にした。
店の外に出れば、来るときに何となく感じていた人の少なさは、気のせいではなかったのだと気付く。
今日は特別な日ではないはずなのだが、この人通りの少なさを前にしては、その記憶も頼れるものではない。
人一人歩くのに十分すぎるほど広くなってしまった通りを、手がかりを探すようにキョロキョロと確認しながら歩く。
しかし数分そうしていても何も見つからず、気付けば家への近道の前まで来ていた。
通りの光景を見て妙な胸騒ぎを覚えたイールは、急いでいるわけでもないがこの道を使うことにした。
そう決断し、一歩踏み出して近道に突入し──
不意に鈍い音が響いた。
ある程度質量のあるものがぶつかるような、低く重い音。
それが耳に入ると同時に、イールは意識を失った。
4話のオートエンチャントウエポンの話です。
昔、詩を好んでいた友人が言っていた「夜明け前が一番暗い」というのはやはり詩的な言い回しなのだという感想が、外を眺めるイールの無意識を過る。
だが、意識として過るはやはりハルの言葉であり、
──貴方がしているその逃げこそが、貴方の本当の弱さなんです!
「じゃあ、どうしたらいいんだよ……」
その言葉を反芻して結局答えが出せないまま、イールは一睡もせずいつ来るか分からないレイの目覚めを待っていた。
自分は間違っているのだろうか。
力のない自分が他人と並ぶことを、なぜ彼女は肯定するのか。無力な人間が並べば、排斥されることなど自明なのに。
そもそも彼女たちが自分を見限らないのは何故なのか。
疑問が疑問を呼ぶ。解決しようと試みれば、また新たな壁にぶつかる。
そんな数時間を過ごしたイールの表情は、当然のように沈んでいて、
「イール、どうしたの?」
不意に透き通るような心地よい声がイールの耳に入る。
その主は、イールが自問を繰り返すなか、いつの間にか目を覚ましていたレイだった。
「……レイ、目が覚めたか。悪かったな、無理させたみたいで」
イールは先程までの疑問を払拭して目の前の少女の顔を見る。
心配させまいと表情を普段のように戻して言ったが、イールの陰りを見た少女は納得していない様子。
魔力枯渇で怠いだろう身体など気にすることもなく、その瞳はただイールを射ている。
「会話が成立してないよ……って言っても、仕方ないか。うん、私は大丈夫。予想よりハードだったけどね。そっちは?」
「こっちも大丈夫だったよ。俺は何もしてないけどな」
イールは冗談めかして自虐を言ってみせる。できるだけ表情を柔らかく、決して先の悩みなど見せないように。
その虚勢を知ってか知らでか、先程とは打って変わって、レイは「しめた」と言わんばかりににへらと笑った。
「そっかぁ。じゃあ、何の仕事もせずに女の子に仕事させたんだから、ご褒美の1つくらいあるよねぇ?」
その言葉にイールは視線を逸らして外を見る。
日の光が増して紺が淡くなり、青に変わりつつある。
「……も、もちろん考えてたよ。な、何がいい?なんでも一つ、好きなことしてやるよ」
咄嗟に出たのはそんな言葉。急な割りには上手く誤魔化せたのではと、イールは内心でガッツポーズを決める。
だが、それを聞いたレイの目が鋭い光を宿したのが、横目に入った。
嫌な予感がする。
レイは頬を微かに紅く染めて起き上がる。
そして両手を広げ、口角をやんわり上げて──
「──抱いて?」
「……は?」
「だーかーらー!抱いて!」
「……よーし、朝ご飯の支度しよっかなー」
「スルーするならなんで聞き返したの!?」
「もう朝だからだよ!」
「夜ならいいの!?……うっ!」
イールは可笑しなことを言い出したレイの頭にチョップを入れる。割りと強めに。
食らったレイは声にならない声を漏らして再び仰向けに倒れた。
「なんでもって言ったのにぃ……」
涙目になりながら頭を押さえるレイを見て、イールは長いため息を溢し立ち上がる。
レイの目覚めを確認したので、本当に朝の支度をしようと思ったのだ。
「今日は安静だからな、変な気は起こすなよ」
そう言い残し、イールは音を立てながらドアを閉めて部屋を出た。
「全く、世話が焼けるなぁ」
部屋に残されたレイは悲しそうな顔をしていた銀髪の青年を想いそう口にして、外を眺める。
既に顔を出した日が、一日の始まりを教えていた。
                                  ***
時は過ぎてお昼頃。
女子四人の昼食を準備したイールは、やることがあるからと、レイのことをハルに任せてある場所へ向かっていた。
その手に握られているのは漆黒に包まれた鋭利な物──剥ぎ取ったモンスターの爪である。
明らかに闇を内包しているその見た目に、皮肉にもイールは心を奪われた。
ライには感謝しなければならない。
今日は、この爪を見たときに浮かんだ名案が実行可能なのかを確かめようと考えたのだ。
その名案とは何かと言えば、
「さて、着いた着いた」
イールの前には「鍛冶屋」と適当な──良く言えばシンプルなネーミングが書かれた暖簾がある。
ここはイールが信頼する人物、リウスが営む武器屋であり、この中に名案を相談するべき彼がいるはずだ。
「おっさん!入るぜー?」
返事が帰ってきた訳でもないのに、イールはずかずかと店内へ入っていく。
イールとリウスの関係では、この行為も特別なものではないのだが、今日はそうでもないようで。
「……いらっしゃいませ」
「れ、レオくん……?」
目も合わせることなく、客への挨拶をしたのは赤茶色をした短髪の青年──リウスの息子、レオナルド・フェールだった。
まだ若く、端正な顔立ちをしているが、その双眸には光が宿っていない。
まるで夢破れて全てを諦めてしまったかのよう。
あることがきっかけでその一端となったイールは、やはり居心地が悪い。
「今日はなんですか?」
「あ、うん。おっさんいるかな?」
全くなってない態度で客へ接する店員に、しかしイールが咎めることはない。
多少苛立ってはいるものの、これ以上の関係の悪化を避けようと、心のどこかで思っているからだ。
レオは奥にある工房を覗き、リウスへ呼び掛ける。
するとガランと音がして、リウスが顔を出した。
「おう、イールじゃねえか!どーした?」
「あ、作業中だったか、悪い」
「オメェのをな、今から始めようとしたところだ。オメェが頼んできたやつ、結構手間がかかっちまってよ。わりぃが完成はまだ先だ」
「いや、その事なんだが……。これ、使ってみてくれないか?」
そう言ってイールは持っていたモンスターの爪を差し出した。
それを見ると、リウスは訝しげな表情を浮かべて首を傾げる。
「なんだ、こりゃ?随分と綺麗な……アルマジラの爪か?」
「まぁ、半分は当たりだな。説明すると長くなるから言わないけど、これなら闇属性の魔法をかけやすくなるかと思って」
「闇属性にしちゃあ妙に黒い気ぃすっけど……まぁ分かった、預かるぜ。もしかしたら早く作れるようになるかもしれねぇが、多分闇属性特化の剣になる。いいのか?」
「ああ、それで頼む」
リウスは口元に生えた黒髭を弄りながら「了解した」と言って爪を受け取る。
様々な角度からそれを見て、それから踵を返して工房へ歩き出した。
「んじゃ、俺は行くよ」
イールも用を済ませたので出口へと向かう。
その時、意外な人物が口を開いた。
「あの、ファートさん……」
予想外の声に、イールの顔が強ばる。
振り返って見れば、そこにはレオしかいない。つまり、声をかけたのは彼である。
「えと、何かな?」
「なんて言うか……気をつけて……下さい」
「え?」
あまりにも理解を超えた発言にイールは聞き返すも、レオが答える様子はない。
それを見かねて、イールは拭いきれないむず痒さとともに店を後にした。
店の外に出れば、来るときに何となく感じていた人の少なさは、気のせいではなかったのだと気付く。
今日は特別な日ではないはずなのだが、この人通りの少なさを前にしては、その記憶も頼れるものではない。
人一人歩くのに十分すぎるほど広くなってしまった通りを、手がかりを探すようにキョロキョロと確認しながら歩く。
しかし数分そうしていても何も見つからず、気付けば家への近道の前まで来ていた。
通りの光景を見て妙な胸騒ぎを覚えたイールは、急いでいるわけでもないがこの道を使うことにした。
そう決断し、一歩踏み出して近道に突入し──
不意に鈍い音が響いた。
ある程度質量のあるものがぶつかるような、低く重い音。
それが耳に入ると同時に、イールは意識を失った。
4話のオートエンチャントウエポンの話です。
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