噂の殺戮者に出会ったので死刑執行しますby死神

鬼崎

48 決闘

 そよ風とも言えない微風が、甲板に立つ二人の頬を撫でるように吹いている。壱月は既に【死雨】を構えているが、《最剣》はまだだ。それどころか、彼の腰や背に剣の類の獲物が見つからないことに困惑する壱月。一体どういうつもりなのだろうか。そんな風に壱月が思考していると、向こうから声が投げかけられる。

「どうした?かかってこないのか?」
「あんたこそ、剣抜かなくていいのか?」

質問に質問で返す壱月。それに対して《最剣》は不適な笑みだけで答え返す。

「フッ………」
「……」

 壱月は特に気にすることなく、牙突の構えをとる。だがそれでも《最剣》は動じない。まるで初撃は受けてやるよ、と言っているような感じだ。壱月は更に腰を落とし万全の状態になる。既に『ドレッドノート』は起動済みで、知覚1身体強化4無1の割合だ。これならかなりの威力が期待できるだろう。

「死神剣術式……牙突ー壱ノ型!」
「…!」

言う必要がない技名と共に繰り出された渾身の牙突。それは最早、目には留まらない一撃。だが、

「まだ…遅いな…」

そんな呟きとともに止められてしまった、それも人差し指と中指の二本だけで。これでは「平刺突」特有の横薙の攻撃に変換出来ないのでほぼ無力だ。そして幾ら致死概念が付与されていても傷つけることが出来なのではこちらも意味がない。
壱月は自身の得意技である牙突が止められたことに、絶句しつつもどうにか距離をとろうとする。

「フッ……」

後ろに跳んだとき、《最剣》に鼻で笑われた気がしたが、今はそんなことを気にしている場合ではないので無視し、再度牙突の構えをとる。すると、今度は《最剣》に動きがあった、

「制限解放!」
『承認…』

《最剣》がいきなりそんな事を叫び、どこからか静かに機械音声が響いてくる。機械越しだが、それは《最強》の声と判断できた。

「第一制限『剣聖』…解放!」

すると、《最剣》を中心にして突風が放射状に吹き荒れる。壱月が思わず、顔を手で庇うが視線は《最剣》から外さない。この状況で視線を外せば、間違いなく殺されるだろう。
そして《最剣》が何もないはずの虚空へと手を伸ばす。

「出でよ、『現象の活断』!」

突如、外に向かって吹いていた風が《最剣》の手元に集束し、その風はやがて剣を形作り、徐々に金属独特の光沢が現れ、それが空気中の塵により反射され周囲が眩く光り出す。それを警戒し続ける壱月。緊張感は既に限界を越えているはずだ。
そして遂に、剣が完成される。風はもう止み、今度は辺りを静寂が包み込む。

「さぁ、ここからが本番だ。気合い入れろよ?」
「……」

少し雰囲気が変わり、こちらに覚悟を問うてくる《最剣》に、沈黙で答える壱月。その顔からは緊張とともに覚悟が見て取れるだろう。それと同時に壱月の目は奴の剣を観察しているようでもある。たった数秒の観察でもわかることは十分にある。それも壱月が今まで戦ってきた中で学んできたことだ。現に奴の剣の正体がなんとなくだが、理解できる。

「あんたのその剣、『聖剣』だよな?」

壱月は、静かにされど確信を持って問い掛ける。それに対して《最剣》は意外そうな顔と共に、

「ほぉ、案外見る目があるようだな、死神。
 その通り、こいつは『聖剣』だ。だが、そこら辺の『疑似聖剣』と一緒にしてくれるなよ?
 舐めて掛かれば、幾ら死神といえども死ぬことになるぞ」
「残念だが、『聖剣』を見たのはこれで二度目だ。それに一回目は模造品だった。
 だから、それが本当の『聖剣』だというのなら、俺は死ぬんだろうな」

 《最剣》は壱月が『聖剣』をたったの一回、しかも偽物を見ただけということに素直に驚いた。この死神はたった一回の経験でこいつを『聖剣』だと見破ったのだ、驚かない訳がないだろう。
 対する壱月も、冷静に判断しこのままでは死ぬことが理解できた。前回の錬金術師との喧嘩では、模造品故に救われたようなものだ、いくら【死雨】の致死概念が作用しようとも、物量差の前では歯が立たない、それは使い手である壱月が一番よくわかっている。おそらく前回のような広範囲斬撃が放たれれば、即座に死ぬだろう。だが、あれを放たれないように間合いを詰めていれば、勝機はあるはずだ。そしてなにより、壱月は零距離戦での戦い方も知っている。それが通用するかまではわからないが、そこは賭けて信じるしかないだろう。自分自身の技量と判断、そしてこれまでの経験に。

  それらを頭に入れて再度、牙突の構えをとり、使っていなかった『ドレッドノート』を身体強化で起動する。対する《最剣》は、これまでのように不適に笑っている、ただし今度は剣を構えて。

「行くぞ!」

甲板が割れるほどの踏み切りと共に、神速の刺突が繰り出される。速さと威力は先程の刺突よりも上がっているだろう。牙突ー弐ノ型ではないのは、後のことを考えての判断だ。
対するは余裕の笑みで待ち構える《最剣》。そこから静かに紡がれる、呪文のような言葉。

「【剣域】…」

瞬く間に、《最剣》を中心に風の刃が鎌鼬のように壱月に向かって放たれる。致死の刃が風に触れ、一部がかき消えるが、即座にその穴を埋めるように別の風が入り込み、風刃が【死雨】を通り抜け壱月と接触する。直後、壱月の身体がズタズタに切り裂かれる。

「アアアァァァァーーー」

壱月の短い絶叫が響き、その場に倒れる。だが倒れたままではいられないため、せき込みながらも前へと進む。後退しないのは、間合いを詰めておくためだ。
しかし逆にそれが仇となる。

「ほぉ、そんな身体でもまだ来るか…
 残念だがそこはもう拙者の【間合い】だ」

一見普通の呟きが、再度刃となって壱月に襲いかかる。先程とは違う箇所を、風刃に裂かれ血を流す壱月。その姿は既に赤く紅く染まっていた。それでもなお、進み続ける壱月。未だその目の輝きは失われておらず、勝機を信じ続けている。

「まだだ…まだ…」
「いつまでその根性が続くかな、【剣先】、【剣圧】」

またもや紡がれる、呪文のような言葉。その正体は《最剣》がこれまで極めてきた【剣理】だ。
曰わく、剣を極めた者が扱える真理。それが【剣理】。
その極められた真理は刃となって壱月を襲い続ける。剣先で肩を穿たれ、剣圧で跪かされる。しかし手はまだ地面についていない、諦めていない証拠だ。
その間も圧力は上がっていくが、耐え続ける壱月。膝には相当な負荷がかかっているようで、既に甲板を砕いている。

「ぁぁ…ぁぁ…まだ…だ…」
「そうか、ならチャンスをやろう。【剣気】!」

今まで下向きにかかっていた圧力が、一気に外に向かって放たれる。その流れに逆らうことなく、壱月は《最剣》の間合いの外まで吹き飛ばされる。双六で言えば、振り出しに戻るだ。

「ガハッ…ゴホッ…」

吐血しつつも、圧力から解放された壱月は立ち上がり、眼前の敵を見据える。まだ目は死んでいない。
三度、牙突の構えをとる。

「ハハハ、通用しないとわかっていながら、その技をまだ使うのか?
 さては、ただの馬鹿か…あるいは…」
「……」

だが、《最剣》は壱月の目を見て、考えを改め直す。「こいつはまだやる気だ」と。

「その目で判断する限り…何かしら考えがあるようだな。
 どっちにしろ、叩き潰すだけだが…」
「行くぞ…!」

ダンッっという激しい踏み切りで、繰り返される牙突。一度目は止められ、二度目は切り裂かれた刺突だが、三度目も狙いは正確で真っ直ぐに、相手の心臓を穿とうとしている。まさに命を懸けた一撃だ。
 神速の刺突が迫る中、《最剣》は左手に持った剣、『現象の活断』を上段に振りかぶる。こちらも本気で壱月の牙突に対抗するようだ。

「現象を断て、聖剣!」

すると剣が発光し、眩い光が辺りを包む。これこそが、壱月の恐れていた聖剣特有の広範囲斬撃だ。これを壱月が凌ぎきれば、壱月の勝利がか確定するだろう。そして凌げなかった場合は死ぬ。確実に。

「「ゥオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーー!!!」」

気迫が重なり、壱月の刺突と《最剣》の斬撃がぶつかり合う。数瞬の間、互いの力は拮抗するが、やがて力は偏り始め、しばらくすると霧散し衝撃波と光が場を支配する……果たして立っているのは………




「……ぁぁ」
「……」

なんと、両者とも立っていた。《最剣》は余裕の笑みで、壱月は満身創痍。そんな中、その一瞬の隙を利用して、一気に《最剣》へと近づく壱月、この為に身体強化に『ドレッドノート』を使ったのだ。既に零距離、故に……

「牙突……零式………!」
「…なに!?」

かすれた声で呟かれた、壱月の奥の手。《最剣》は余裕からくる慢心の為、数瞬反応が遅れる。壱月にとってはそれで十分だった。上半身のバネのみを使った渾身の奥の手は、一直線に《最剣》へと突き進む。最早、剣理は発動しない。いくら《最剣》でも零距離での剣理は修得していないだろう。そして『聖剣』の技後硬直もあり、剣も動かせない。
【死雨】の切っ先が今まさに《最剣》に触れると誰もが思う瞬間、

『勝負あり!』

《最強》がスピーカー越しに、勝敗を決める。

『勝者…死神〈斎藤壱月〉!よって双方剣を納めよ!』

《最強》からの止めがかかり、壱月が【死雨】を寸止めし《最剣》が一歩後退する。互いに刀お納め、

「拙者の負けだ」
「…俺の勝ち…だな…」

壱月はニヤリと笑った後、ドサリと後ろへ倒れ意識を失う。満身創痍なので仕方がないだろう。
《最剣》もその場に座り込み、己の剣『現象の活断』を一見し傷がないかを確かめ、出現させた時のように、虚空にしまう。
 しばらくすると、巴音が甲板に駆けつけ、壱月を肩に背負い医務室まで連れて行った。同じく《最強》も甲板に出てきて《最剣》と喋り出す。

「まさかお前の剣聖モードに勝てるとはなぁ。正直驚いたぞ」
「あいつ、斎藤には最後まで勝つ意志があった、だから聖剣の広範囲斬撃にも耐えられた。
 間違いなく、斎藤壱月は本物の”覚悟”を持っているだろうな」
「…お前が偽りない賞賛を送るとは、珍しいな」
「もしこれからも戦闘を重ね斎藤の実力が伸びていくのなら、拙者に勝ち目はないだろう」

 そんな会話をしつつ、二人は壱月のいる医務室へと向かう。もう壱月の目は覚め、完全回復している頃だろう。
 ちなみに世界調停機関には凄腕の医者である《最医》がいるので、どんな怪我でも即座に治ってしまう。彼は蘇生式、再生術、医術などの魔術医療、一般医療のすべてを極めた者だ。曰わく、治せない怪我はなく、死んでいても死後間もないのなら蘇生できるそうだ。
 話を戻すが、二人が壱月のいる医務室に向かうのは、今後のことについて話すためである。《最剣》が医務室の扉をノックし、揃って部屋に入る。

「気分はどうだ?斎藤壱月」
「もう大丈夫ですよ。《最医》さんのおかげで一瞬で良くなりました」
 中に入るとそこには壱月、巴音、《最医》の他に《最弱》がいた。軽い挨拶と労いの言葉をかけ、本題に入る《最強》。
「斎藤、お前には約束通り、オレ達と共に働いてもらう。いいな?
 それと殺戮者の案件が来たら、優先的にお前に斡旋してやる」
「はい。ありがとうございます」
「まぁ、しばらくは何もないと思うk----------」

-緊急事態発生…緊急事態発生…調停官各員は直ちに、第一会議室へ集合してください!繰り返します-

突然艦内放送が流れ、調停官達に召集がかかる。この警報にいち早く、反応していた《最強》はもうこの部屋を出ていった後だ。残された《最剣》《最弱》もあとを追い始める。

「お前達も後から来い」

《最剣》がそれだけ言い残して足早に医務室から去っていった…




いつもお読みいただき誠にありがとうございます。

これで第一章が終わりました。次回は九重君の話を挟み、50話で人物紹介、51話から第二章といった流れで書く予定です。

これからもよろしくお願い致します。




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